ホーム > インタビュー&レポート > 「映画は自然の力を借りて情感を創出するもの。 その中でも俺は、雪が降ることによって生まれる情感が好きなんだ」 日本で一番有名な映画キャメラマン木村大作が語る 『北のカナリアたち』撮影秘話
いま、日本で一番有名な映画キャメラマンといえば木村大作だ。1973年に『野獣狩り』でデビューして以来、『八甲田山』(77年)、『駅 STATION』(81年)、『鉄道員(ぽっぽや)』(99年)など代表作は枚挙にいとまがない。09年には『劔岳 点の記』で監督デビューも果たした。11月3日(土)から公開の『北のカナリアたち』では、骨太の演出で定評のある阪本順治監督と初タッグを組み、主演の吉永小百合が演じる教師と6人の教え子たちが織りなすドラマをがっつりと支える。来阪した木村キャメラマンに話を訊いた。
――初めから失礼な質問かもしれませんが、木村さんは前作『劔岳 点の記』で映画監督デビューされたわけで、今回、撮影だけの仕事に戻られることに抵抗はなかったですか?
木村大作(以下、木村):それは全然なかったね。だって『劔岳…』やってるときも監督をやってるつもりなんてなかったもの。じゃあ何をやってたかといえば、映画を作ってただけなんだよ。映画というのはいろいろな職分からできているわけで、演出だから偉いとか撮影だから偉いとかあんまりないと思うんだ。『劔岳…』のときはたまたま撮影と演出をしただけで、気持ちはただ映画を作っているんだっていうことしかなかった。それは、それまでの仕事でもずっとそう。だから『劔岳…』で特別なことをしたっていう気持ちがないから、撮影だけの仕事に戻ってもなんの引っ掛かりもなかったよ。
――なるほど。では、一人で撮影と演出を兼任されたのはどんな経験でした?
木村:楽だったよー(笑)。監督がいたら、キャメラマンとしては口説かなきゃならないことがあるからさ、「ここはこう撮ったほうがいいんじゃないの」とか。それが自分で演出してたら、木村大作キャメラマンが「ここはこうしましょうか」って訊けば、木村大作監督が「おぉ、いいんじゃないの」って言うだけだからさ(笑)。好きにやれたよね。でも今回は、阪本(順冶)監督の話は聞いたよ。監督も、「監督という仕事も経験された木村キャメラマンがどんな仕事をされるのか興味があります」なんて言うからね。だから監督に言ったんだ。「監督が撮れという画は全部撮ります。でも、自分が撮りたい画も全部撮りますよ」って。監督も笑ってたよ。監督は初め少し警戒してたんじゃないかな、おれのことを。いろいろな噂があるから。
――どういう噂ですか?
木村:知ってるだろ(笑)。あのキャメラマンは監督の言うことを全然聞かないとか、OKやNGは全部木村キャメラマンが決めるとかね。そんなことあるわけないじゃない。でも、何故かそんなことを言われるんだよな。そこで監督に訊いたよ「監督は、深作欣二監督や降旗康男監督のことをどう思っていますか?」って。そしたら「尊敬しています」と言うから、「おれは深作さんと5本、降旗さんと十数本やってます。噂通りのそんなキャメラマンをあの人たちが使いますか」って。そうしたら監督も「わかりました、そうですよね。でも、噂も少しはホントなんでしょ」って言うから、「ちょびっとだけね」て言っといた(笑)。まあ、それは冗談だけど。この前の記者会見では監督が、「皆さんは面白い話が聴けなくて残念でしょうけど、木村キャメラマンとの仕事はすごくうまくいきました」って言ってくれたからな。あれは嬉しかったよ。
――改めて、阪本監督にはどういった印象をお持ちですか?
木村:一生懸命な人だよな。デビュー作の『どついたるねん』(1989)のときからそれは変わってない。勉強熱心だし。おれより19歳も年下なんだけど、やっぱり一生懸命な人にはこっちも協力しようという気になるよね。おれはこれがいいと思ったら「よし、これだ。これでいこう!」ってダーっといっちゃう方だけど、阪本監督は違うな。一撮って、二撮って、三撮って…、その中からどれがいいかと考えるタイプ。そのあたりはおれと違う。でも、違っていいんだよ。違うからこそ見えてくるものもあるし。悩んでいるのも、一生懸命やっているからのことだしな。だから、監督のそういう姿を見ると、どうしたら助けられるかな、と思うんだ。そこでおれは監督の防波堤になることにした。監督が悩むのは、周囲からいろいろなことを言われるためっていうのがあるから、おれはそういう周りの意見から監督を守る防波堤になろうとしたわけ。ほんとにねー、おれに言わせれば、おれくらい一緒に働く監督のことを思ってるキャメラマンはいないよ(笑)。阪本監督は、これまで組んだ監督のなかで、そのことを一番早くわかってくれた監督じゃないかな。
――だからうまくいったんですね。すると、今度また阪本監督から一緒にっていう話がきたら…。
木村:この前そう言われたよ。そのときは「笠松(則通キャメラマン)でいいんじゃないの」って言ったけどね(笑)。ずっとコンビ組んでたわけだからさ、二人。おれは笠松の仕事を取りたくないし(笑)。まあ、でもやるだろうね。声掛けてもらって、企画見てこれならと思ったら、阪本監督とだったらね。
――主演の吉永小百合さんについては、今度の現場ではどういった印象を持たれましたか?。木村さんにとって、小百合さんとの6本目の映画になるわけですが。
木村:そう6本目。今回の映画での小百合さんの芝居は、これまでと違って“受け”の芝居だからどうかなと思っていたんだけど、良かったよ。6人の小さな子どもたちと6人の若い俳優さんたちを相手に、向こうを前に出させて自分は“受け”に回る。これは今までしたことのない演技だからね。小百合さんはずっと主演でやってきて、それも自分が前に出なきゃいけない芝居ばかりやってきたわけだから。今回ももちろん主演だけど、“受け”に回らなきゃいけない。でも、しっかりできてたね。お客さんは小百合さんを見に来るわけだよね、スターなんだから。でも、ちゃんと子どもたちや若い俳優さんたちを立たせていた。お客さんが、子どもたちや若い俳優さんと小百合さんの芝居を観て皆な泣いてるんだもの、すごいよね。
――ほんとにそうですね。また、資料を読むと、真冬の海辺での撮影といった厳しい現場でも、耳あてなどの防寒具はつけずにお芝居されてたようですね。
木村:そうなんだよ。でもね、実は小百合さんは厳しい現場での撮影に燃えるタイプなんだ。これはおれも一緒だからわかるんだけど。プロデューサーとか周囲の人間はハラハラしてるけどね、大スターにあんな撮影をさせてって。でも、小百合さんはむしろ厳しいほうが好きなんだよ。そう思っていたら小百合さんに言われたよ。「木村さんは現場が厳しければ厳しいほど目がギラギラしてきますよね」って。おれに言わせれば、それはあなたも一緒です、なんだけどな。
――芯の強い人なんですね。小百合さんの相手役を演じた6人の若い俳優さんについてはどう思われました?
木村:これが皆な良かった。(松田)龍平と(宮崎)あおいちゃんは『劔岳…』に出てもらってるからいいのはわかってた。龍平は黙ってる横顔がいいよな。黙ってるけど、あの顔は語るんだ、いろいろなことを。だんだんオヤジ(松田優作)に似てきたしな。テストはヘらへらやってるんだけど本番になると一発で決める、そういう役者だな、あいつは。あおいちゃんは『劔岳…』の頃に比べると、人間的に成長してたな。森山未來はうまい。あとはそのうまさに溺れないように気をつけなきゃな。勝地(涼)は真面目だよな。この映画での役は彼の真面目な気質がそのままハマってた。
――小池栄子さんと満島ひかりさんは?
木村:小池栄子は堂々としてる。小百合さんを相手にしても気持ちが引けてないんだ。感心したよ。満島は面白い。ほとんどの役者さんはキャメラがあるとどうしてもキャメラを意識した芝居をするけど、彼女はそれをしない。キャメラがあっても気にしない芝居ができるんだ。度胸がいいんだろうな。彼女とは衣装合わせのときが初対面だったけど、一発カマしてやろうと思って「あなたはなかなか自己主張の強い女優さんですね」っておれが言ったんだ。そうしたら「木村さんほどじゃないです」って返されたよ。初対面でだよ、やるよなー(笑)。
――皆さん、ほぼ同世代の役者さんたちですよね。
木村:そう。だから仲が良かったよ、休憩時間とかも。ある時、おれが勝地の真似をしたんだ。あいつ振り向くときになぜか顎が先に回るんだよな。それで、おれがそれを真似してみせたら全員に大受けだったよ(笑)。
――目に浮かびます(笑)。あと、今度の撮影で、木村さんがこだわられたことがあれば教えてください。
木村:まず、季節だな。実はこの映画、スケジュールの関係で最初は秋に撮影する予定だったんだ。これにおれは反対した。だって北海道だよ、礼文島に利尻島だよ。そりゃあ大変だけど、冬に行かないでどうするのって言ったんだ。あの厳しい大自然のなかでこそ人間の存在が光るんだよ。中途半端な時季に行ってもだめだよ。おれなんかもう雪を撮らなきゃ映画撮ってる気にならないもの(笑)。そう言ってたら、またスケジュールの調整で結局冬の撮影になった。でも、良かったと思うよ。やっぱり雪が降らなきゃ。
――そうですね。観ている僕らも、木村さんの撮影で雪が降ってないとなんだかさびしいですよ。
木村:映画は情感だからね。雨が降っても、風が吹いても情感は生まれる。映画は自然の力を借りて情感を創出する仕事なんだ。そのなかでもおれは雪が降ることによって生まれる情感が好きなんだな。雪が降る学校の校庭で、小百合さんが教え子の森山未来の体をさすったり抱きしめたりするシーンがあるけど、あそこで小百合さんは素手なんだよ。冬の屋外なんだから手袋してるほうがリアルなんだけど、やっぱりあの先生と教え子の関係を考えたら、雪の中、素手でさすっているからこそいいんだ。
――わかるような気がします。
木村:こだわりといえば、あとはスタッフ・クレジットの一枚看板(一人だけの記名で映されること)かな。おれは『八甲田山』のときから一枚看板だからね。広告とか特報(公開前の宣伝として露出する予告編的映像)に、撮影:木村大作って入っているかどうかにはこだわりがないんだ。でも、本編には一枚看板で出たい。それはこの作品でどれだけの仕事をしたかの証しだから。
――最近は広告でも特報でも、撮影:木村大作と明記されて、それも作品のセールス・ポイントになっています。
木村:今度の映画の広告にも初めは入ってなかったんだよ。それが後のものには入っている。それは、その間に宣伝部とかが何度も映像を観て、これはやはり入れたほうがいいだろうと判断してくれてるんだよね。それはつまり映像がいいって認められたことなんだよな。映像の力なんだよ。
――なるほど。最後に、いま映画界はアナログからデジタルへ移行するという変革期にあるわけですが、それについてはどのようにお考えですか?
木村:もうここまできちゃったら後戻りできないよね。わずか3年だよ、全国の映画館でフィルム映写機がデジタル投影機に替わるまで。デジタルに替わることで利点もあるんだろうけど、そのことで映画の大事なものがいくつも失われた気もするけどね。ただ、こうなったことで、映画館で映画を観てくれる人たちはもっともっと映画館の装備に対して声をあげるべきだと思う。例えばスクリーン。デジタル3Dにはシルバーという種類のスクリーンが向いているけど、これで他の映画を映したら反射率が高すぎて白いところが飛んじゃうんだ。『北のカナリアたち』をシルバーのスクリーンで映されたらたまらないよ、雪なんか見えなくなっちゃうんだから。本来、映画にはホワイトという種類のスクリーンがいいんだ。撮影所とか現像所にはこのホワイトしかなくて、そこで一番いい状態で映るようにやってるわけだから。それを他の種類のスクリーンで映したらだめだよ。あとスクリーンの位置と客席の幅の関係とか、映写機の設置されてる高さとか。お客さんたちも観やすい映画館と観にくい映画館とをチェックして、声をあげたらいい。それができるだけいい状態で映画を観ることにつながっていくから。大阪の梅田の映画館、梅田ブルク7では『北のカナリアたち』の公開に合わせて、スクリーンを新しいものに張り替えてくれる。おれがそうしてくれって言ったからね(笑)。もちろんホワイトだよ。最高の上映状態で観てもらえるとうれしいよね。
(取材・文:春岡勇二)
(2012年11月 2日更新)
●11月3日(土)より、梅田ブルク7ほかにて公開
【公式サイト】
http://www.kitanocanaria.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/157627/