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韓国と北朝鮮の“分断”をテーマに描く、
鬼才キム・ギドク監督が原案・製作総指揮を務めた
社会社会派ドラマ『プンサンケ』チョン・ジェホン監督会見レポート

 絶大な人気を誇る鬼才キム・ギドク監督が原案・製作総指揮を務めた社会派ドラマ『プンサンケ』が、シネマート心斎橋にて上映中、9月29日(土)より元町映画館にて、その後京都シネマにて公開される。国籍不明で言葉も名前も持たず、北と南を行き来する運び屋の男・プンサンケが歩む過酷な運命を映し出す。『絶対の愛』(2006)と『ブレス』(2007)でキム・ギドク監督の助監督を務め、初の長編映画『ビューティフル』(日本未公開)がベルリン国際映画祭に招聘された新鋭、チョン・ジェホンが監督を務め、スピーディで緊張感のあるドラマを演出している。本作の公開にあたり、チョン・ジェホン監督が来阪した。

 

 まずは、キム・ギドク監督との関係性について聞いてみるとー

 

チョン・ジェホン監督(以下、監督):私は、キム・ギドク監督の『うつせみ』(2004)に感銘を受けて、カンヌ国際映画祭の時に監督をアポなしで訪ねていきました。そうすると、考えようによってはストーカーだと思われても仕方ないのに、監督はすごく優しく話してくださって、「韓国に戻ったら連絡をくれるように」とおっしゃっていただいて、『絶対の愛』と『ブレス』で助監督の補佐を務めさせていただきました。

 

 そのような熱烈なチョン監督からのラブコールによって、キム・ギドク監督と一緒に仕事をすることになった監督だが、本作を撮るにあたってキム・ギドク監督からはどのような話があったのだろうか。

 

監督:キム・ギドク監督とは、『ビューティフル』という映画でご一緒させていただいたのに続いて、今回が2度目になります。2年前の秋にキム・ギドク監督から「映画のシナリオがある」と電話をいただいたのですが、嬉しい反面、自分ができるのかどうか不安もあったので、「1日時間を下さい」と返事したのですが、2時間後にまた電話がありまして、「やらせていただきます」とお返事させていただきました(笑)。

 

 本作は、北と南の“分断”というテーマを、エンタテインメントとして昇華させて描いたことが何よりの魅力となっている。“分断”というテーマの本作を作るにあたって、苦労はあったのだろうか。

 

監督:“分断”というテーマにどうアプローチするのか、“分断”という言葉だけでも十分重いものがありますし、そういうテーマの映画を負担なく観客に訴えることが難しいと思いました。また、キム・ギドク監督の考える“分断”と私の考える“分断”の違いを埋めることが難しかったです。キム・ギドク監督のお父さんは、朝鮮戦争に兵隊として参加されていましたし、監督自身も海兵隊に所属されていた軍人出身の方なんです。一方、私の父親は外交官として国連で仕事をしていましたし、私は10代にアメリカに移住し、2000年から2004年までオーストリアで過ごしていました。その背景を考えても明らかに、監督と私では“分断”を捉える視点が違うと思いました。だから、一番の悩みはどのような視点でこの映画を作らなければいけないのかということでしたが、私が監督である以上、私の視点で作らなければいけないと思いました。私は朝鮮戦争を見ていませんし、個人的には戦争は無意味だと思っています。この時代に、隣の国であるにも関わらず手紙1通でさえ往来させることができないことは悲劇だと思いますし、ブラックコメディでもあると思いました。

 

 監督は、10代のほとんどをアメリカで、そして20代前半はオーストリアで過ごしていたわけだが、そのような環境の中でも、“分断”されたもうひとつの国である北朝鮮への興味は持っていたのだろうか。

 

監督:父親が外交官として働いていたこともあって、私自身も小さい頃から北朝鮮には感心を持っていましたし、その頃は、北朝鮮は勝たなければいけない敵だと思っていました。でも、オーストリアにいた20代の頃に初めて北朝鮮の方に街中で出会ったのですが、その方たちが冗談を言いながら歩いていたんです。私は、北朝鮮の人が冗談を言うなんて信じられないと思って驚きました。また、オーストリアで音楽を専攻している北朝鮮の方とも出会ったのですが、中立国であるオーストリアでもお茶を飲んだり、言葉を交わすことも出来なかったこともショックでした。私も彼らを警戒していましたし、彼らも私のことを警戒していました。それが私にとっての“分断”でしたし、戦争でした。その経験から、対話や意思疎通がいかに大切なのかということを学びました。

 

 「北朝鮮への関心は持っていたし、オーストリアでの体験から対話がいかに大切なのかを学んだ」と語る監督だが、いざ映画の撮影を始めると、韓国と北朝鮮がいまだ戦争状態にあることを実感させられる事件があったそうだ。

 

監督:映画を撮っていた頃がちょうど、ヨンピョン島砲撃事件(2010年11月23日に延坪島近海で起きた朝鮮人民軍と韓国軍による砲撃戦のこと)の最中で、撮影場所がそこからあまり離れていない場所だったので、非常に戸惑いましたし、韓国と北朝鮮はまだ戦争中なんだと実感しました。ひとつ間違えれば、私たちの撮影現場にもミサイルが飛んでくることが有り得るんだと感じたことで、どこかで別の国の話だと考えていたことが、自分の国の話なんだと実感しましたし、60年が過ぎても戦争は続いていることに私は驚きました。また、私自身が“分断”や戦争について知らなかったことを反省しました。

 

 その一方で、今まで韓国では日本でも大ヒットを記録した『シュリ』などの戦争映画やスパイ映画、また“分断”をテーマにした映画は多数作られている。しかし、本作はそのような映画とは一線を画している。

 

監督:朝鮮戦争や“分断”を扱った大部分の韓国映画は、主人公がほとんど軍人か工作員だったと思いますし、過去の戦争を描いたものであって、私は現実性がないと感じていました。戦争によって愛する人を亡くしてしまったり、全てを失うこともありますし、それは決して派手な英雄の物語ではなく、悲しいことだと思うんです。今回、私がこの映画を手掛けたいと思ったのは、主人公であるプンサンケが軍人ではなかったからです。苦しみの中にある家族のメッセンジャーという役割を担っている主人公の姿が、私の胸に訴えるものがあったんです。今まで作られてきた“分断”の映画は、私にとっては普通の人々の悲しみを描いたものではなく、かっこいいアクション映画というように受け止めています。

 

 たしかに本作に登場する韓国の情報員や北朝鮮の工作員も、かっこいいというよりは、だいぶコミカルに描かれており、そこには監督が込めた皮肉も感じられる。

 

監督:韓国の戦争映画だと、情報員たちはいつも完璧なんです。すごい技術を持っていますし、身体能力も優れているし、正義感も強い。一方、北朝鮮の工作員たちは血も涙もないような殺人兵器として描かれています。私は、人間は決して完璧ではないと思うので、彼らを人間的に描きたかったんです。

 

 また、主人公のプンサンケは、ひと言も台詞はなく韓国出身なのか、北朝鮮出身なのかは最後までわからないまま描かれていく。そこにも監督は思いを込めたようでー

 

監督:主人公は、北朝鮮側なのか韓国側なのかわからない人物にしたかったんです。どちらの国にも方言があるので、言葉を話せばどちらの国の人間なのかわかってしまうんです。劇中、北の工作員からも南の情報員からも「お前はどっちの人間だ?」と聞かれるシーンがありますが、それは無意味なことなんだということを伝えたかったんです。21世紀という時代で、お互い話し合える状況なのに、話し合わない現状が、私にとってはすごく不可解ですし、お互いについて理解しようとしない姿勢が、いつも問題を生んでしまうんだと思います。

 

 最後に、この映画の観客に望むことを聞いた。

 

監督:観客の方にはとにかく楽しんでほしいと思います。『プンサンケ』は、すごく重いテーマを扱っているんですが、アクションもコメディもロマンスもありますし、観客の皆さんに身近に感じて観てもらえる作品だと思っています。“分断”という非常に重いテーマを扱っていますが、あくまでも、楽しい、面白い映画を観てほしいということと、観終わった後で“分断”について少しでも考えてくださったら、私はそれで満足です。




(2012年9月 7日更新)


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チョン・ジェホン監督

Movie Data




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『プンサンケ』

●シネマート心斎橋にて上映中
●9月29日(土)より、元町映画館にて公開
●順次、京都シネマにて公開

【公式サイト】
http://www.u-picc.com/poongsan/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/159496/