ホーム > インタビュー&レポート > 「この映画は、アルツハイマーになった母が私にくれた プレゼントだと思っています」 YouTubeで注目を集めた異色ドキュメンタリー 『毎日がアルツハイマー』関口祐加監督インタビュー
人口の22%が65歳以上という前代未聞の超高齢社会に突入しているにも関わらず、あまり語られることのない認知症の介護。そんな中、関口祐加監督が、認知症と診断された自らの母親との2年半にわたる日常を映し出し、YouTubeで注目を集めたドキュメンタリー『毎日がアルツハイマー』が、10月12日(金)まで第七藝術劇場にて上映中、10月6日(土)~19日(金)まで神戸アートビレッジセンターにて公開される。母親や親族との日常での何気ないやり取りを通して、アルツハイマーの実態や介護、果ては家族のあり方にまで迫っていく。本作の公開にあたり、関口祐加監督が来阪した。
映画の中で映し出される関口監督の母親は、喜怒哀楽がはっきりし、性格も変わっていく。カメラは、そんなアルツハイマー病の母親の姿を映し出していく。しかし、映画の中にはアルツハイマー病を映した映画にありがちなお涙頂戴的な表現は一切登場せず、常にユーモアに溢れた日常が綴られている。それは、監督が介護する姿勢を意識しているからなのだろうか。
関口祐加監督(以下、関口):母を見ていると、アルツハイマーの人は記憶障害はもちろん、心が不安定になるそうなんです。アルツハイマーの初期段階だと、自分に何が起こっているのかわかるみたいで。だから、実はアルツハイマーは初期が一番大変なんですが、本人も大変なうえに家族も戸惑ってしまうので、ぐちゃぐちゃになってしまうんです。私は母と暮らしてみて、介護問題の真実は、介護される側の問題ではなくて、介護する側の問題なんだと思ったんです。介護する側がどう対応するかによって、すごく変わると思うんです。介護のやり方はたくさんあると思うんですが、一番辛い人は誰なのかということが大切なことだし、私も母の介護をとおして色々なことに気付かせてもらいました。
今でこそ、あっけらかんと笑いながら話す関口監督だが、そもそもはシドニーで子どもと暮らす生活を送っていたはず。どんなきっかけで監督は、帰国したのだろうか。
関口:シドニーで暮らしている時に母親から同じものが送られてきたり、国際電話をかけることができなくなったり、今思えば前触れでしたね。その時は軽く考えていたんですが、決定的だったのは、母が家にチェーンをかけて、上に住んでいる妹ですら家に入れないようにしたことですね。それから2年半経って、謎が解けました。実はこの5年間、固定資産税を払ってなかったんです。それで税務署の方から電話があったり、家に来るようになって、それでチェーンをかけるようになったみたいです。だから、アルツハイマーになっていても、本人の行動には何か理由があるんです。後は、本人とガチンコでぶつからずに、本人を尊重してあげることが大切で、それによって本人の不安な心も安定して、人として解放されて、どんどん面白くなっていくんです(笑)。母親は、すごく真面目な人で若い頃は私も苦手だったので、今の母の方が好きですし、介護も、日常の積み重ねなので、“笑う”ことがすごく大切なんです。辛い時こそ笑わなきゃいけないんです。最近は、母の方が色々なしがらみから解放されているので、母に笑わせてもらうことがたくさんあるんです。
様々なことが重なりあって帰国を決意した監督だが、シドニーでの生活から一変、日本で母親と一緒に暮らすという決断に至るまでに、悩んだ時期などはあったのだろうか。
関口:若い頃は夢に向かって一生懸命だったんですが、中年になって29年間好きなようにさせてもらったことがわかったし、そのことをすごく有難いと思えたので、母が一番必要な時に帰ってあげたいと素直に思えました。でも、仮にこの29年がなくて、自分のやりたいことができてなかったら、どうかはわからないです。それが介護の難しいところだと思うんです。親と向き合う時に、後悔せずに生きてきたかどうかで変わるだろうし、自分はやりたいことがあるのに、犠牲にして親を見なきゃいけないと思ってしまうのは最悪のパターンかもしれませんね。一番大切なのは自分に正直であることだと思うんです。それが後々に後悔しない秘訣だと思います。自分と向き合って正直に生きて、結果はわからないですが、その時のベストの決断を出せるかどうかですよね。そのことによって後悔しなくなると思うんです。その時は精一杯考えたわけですから。だから、母のところに帰ってこようと思った時も、息子は1人息子だしすごく可愛いですが、やっぱり母が大事だと思えたんです。
そのように、「素直に決意できた」と語ってくれた監督だが、若い頃は母親のことが苦手だったそう。では、母親とはどのように折り合いをつけたのだろうか。
関口:前作の撮影で日本に来た時に、それまでは撮られることを嫌がっていた母が初めて撮らせてくれたんです。その時に「あなたが帰ってくることを切望している」と母に言われたんです。母は、私が映画監督になったことに対してすごく反対していたんですが、その時に初めて私が映画監督になったことを受け入れてくれたんだと思うんです。それを踏まえたうえで「帰ってくることを切望している」と言われたので、そこで心が動きました。それが伏線としてあったから、今でもカメラを向けると嫌がることもありますが、私からすると母に撮らせてもらっているという感覚なんです。私の職業を忌み嫌っていた母が、今では史上最高の被写体ですから。こんなに本能的に振舞ってくれる被写体なんていないですし、今ではアルツハイマーになった母が私にプレゼントをくれたんだと思っています。
「アルツハイマーになった母がプレゼントをくれたんだと思っている」とまで前向きに語ってくれた監督だが、劇中に登場する“認知症患者の脳の95%以上は正常である”という専門家の意見には驚かされるとともに、常に前向きに考える監督の姿勢とだぶって見えた。
関口:日本の文化って、ダメになっていくところにばかり目が行ってしまうんですよね。そうではなくて、残って正常に動いている機能を認めてあげることで良くなっていくんです。子どもの教育でも、いいところを見つけて誉めてあげることって大切じゃないですか。介護も同じなんです。介護は、頑張らなくていいし、100点を目指さなくていいんです。それに、肉親がアルツハイマーであることを隠す人も多いですが、オープンにしてカミングアウトしないと助けてくれる人なんていないんですよ。介護保険も専門家もたくさんいますし、今は助けなんていっぱいありますから。結局、介護される側ではなくて介護する側の問題なんです。本人に楽しい時間を過ごしてもらうことが一番大切だという発想が大事だと思うんです。
監督の話を聞いていると、「本人に楽しい時間を過ごしてもらうことが一番大切」だということや、目から鱗のような発想がとても多い。さらに監督は、アルツハイマーの母親と暮らしていて学ぶことがとても多いと話してくれた。
関口:アルツハイマーは、母が見たいものを母に見せてくれているんです。だから、脳は裏切らないんです。子どもは裏切るし、ペットは先に死んでしまっても、脳は自分を守ってくれるんです。例えば、5日間私がシドニーに帰っていても、母の中では、私は5日間家に居たことになっているんです。私たちはそれを幻影だと言ったりしますが、母の脳は母が傷つくことから守ってくれているんです。映画にも登場してくださった新井先生は、アルツハイマーは神様からのプレゼントだとおっしゃっていますから。アルツハイマーになることによって死の恐怖から解放されて、究極の自分中心の世界で生きていくことができるんです。
(2012年9月21日更新)
●10月12日(金)まで、第七藝術劇場にて上映中
●10月6日(土)~19日(金)、
神戸アートビレッジセンターにて公開
【公式サイト】
http://www.maiaru.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/159845/