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毎年約3万人もの自殺者を出している現代の日本が
抱える問題に、真っ向から向き合った意欲作
『希望のシグナル-自殺防止最前線からの提言-』
都鳥伸也監督インタビュー

 岩手県北上市出身、在住の双子の映画プロデューサー・都鳥拓也、伸也が制作したドキュメンタリー『希望のシグナル-自殺防止最前線からの提言-』が9月28日(金)まで第七藝術劇場にて上映中だ。日本一自殺率の高い秋田県で、地域に根付き、自殺防止のための活動を続けるNPO団体に密着し、人と人のつながりや未来への希望を見つめる。震災を経て、毎年約3万人もの自殺者を出している現代の日本が抱える問題に、真っ向から向き合った意欲作だ。本作の公開にあたり、都鳥伸也監督が来阪した。

 

 年間で約3万人もの人が自ら命を絶ってしまう日本で、人々とつながり、暮らしやすい地域社会を作り出そうとしている人たちが存在する。その中のひとりである袴田さんは、過疎化が進む秋田県の藤里町で人々の交流やコミュニティを活発化させたいと1杯100円のコーヒーサロンを始め、自分自身も会社が倒産し、自殺を考えたこともあった佐藤さんは、NPO法人「蜘蛛の糸」を立ち上げた。まずは、都鳥監督に映画化に至るまでの経緯を聞いてみるとー

 

都鳥伸也監督(以下、都鳥):『希望のシグナル』サポーターズクラブの打田内さんという方が、僕たちがプロデューサーを務めた『葦牙-あしかび- こどもが拓く未来』を応援してくださって、盛岡での上映会などを手掛けてくださっていたんです。彼女が『葦牙』を秋田にも広めるべく秋田に行った時に、秋田で「蜘蛛の糸」の佐藤さんと知り合われて、その後で僕も佐藤さんの本を読ませていただいたんです。自殺について書かれた本だと大体、自殺する心理や自殺を決意するまでの社会的要因など、苦しい部分を書き連ねているものが多いんです。でも、佐藤さんの本はそういうものとは全く違って、ご自身の経験の中で考えられたことが書かれてあって、苦しんでいる人が気が付かない部分をアドバイスしてあげるだけで、自然治癒力を復活させて、もう1度生きる力を出してもらうという活動にも共感することができました。自殺問題というだけで捉えると難しくなってしまいますが、佐藤さんのような軸になってくださる方がいれば、作品として成立すると思いました。

 

 本作には、佐藤さんや袴田さんをはじめ、秋田で自殺防止のための活動を行っている方がたくさん登場するが、その中でもやはり佐藤さんと袴田さんの活動が作品の軸となっている。ふたりの魅力について監督に聞いてみるとー

 

都鳥:佐藤さんも袴田さんも努めて明るいんですよね。おふたりとも非常にいいオーラを放ってらっしゃると思うんです。よく佐藤さんが、今死にたいぐらい苦しんでいる人を支えるためには、支える側に明るいパワーがなければ支えられないとおっしゃるんです。そういうおふたりの姿勢は、今の世の中に訴えるものが大きいと思ったので、これだけ他人に寄り添ってくれる人たちがいるということだけでも救われる人がいるんじゃないかと思って映画にしました。だからお会いした時には、おふたりの魅力で映画が成立するんじゃないかと思っていました。

 

 その一方で、派手なアクションがあるわけでもなく、佐藤さんや袴田さんが参加するシンポジウムやおふたりのインタビューのシーンが多い本作は、映画にすることも難しかったのではないだろうか。

 

都鳥:(身内の方を亡くした)当事者の方をなかなか撮ることができなかったので、撮れない悩みはありました。普通のドキュメンタリーだとたくさん映像があって、その編集で悩むことの方が多いので、僕自身も撮れないことで悩んだのは初めてでしたし、撮ったものだけで映画になるのかどうかという悩み方をしたのも、今回が初めてでした。それともうひとつの苦労は、アクションがないことでした。作っていても、自殺対策の映像にアクションがないことは痛感していましたし、映像として描きづらいものをあえて選んだんだと思っていました。

 

 そんな佐藤さんと袴田さんの行動を見ていると、人が自殺を考えだす前に助けようとする “セーフティ・ネットの必要性”を感じ取ることができる。

 

都鳥:富士の樹海に入ろうとする人を止めたり、崖から飛び降りようとする人を止めたりする“セーフティ・ネット”も重要だと思うんですが、死のうという気持ちになる前の最初の“セーフティ・ネット”として機能しているのは、佐藤さんや袴田さんの活動なので、そういうものを描きたいと思いました。おふたりの活動を見てみると、直前回避ではなく、ともすると自殺対策と呼べるのかどうかもわからない支援が自殺対策として重要なんだと感じたので、それを伝えたいと思ってこういう描き方になりました。でも、映しているのは会議とフォーラムと相談とインタビューのシーンだけなので、途中でこれは映画にならないからやめたいと思ったこともありましたし、すごく悩みました。

 

 監督が語ってくれたように、ふたりの行動は、自殺防止というよりは、地域社会での繋がりの重要性を考えての行動のような気がしてくる。それは監督が狙っていたことなのだろうか。

 

都鳥:実は、僕はそこまで北上に愛着を感じていたわけじゃなかったんです。でも袴田さんと知り合って、袴田さんが「自殺対策で藤里の人たちと接するようになって、地元のことをよく見てなかったことに気が付いたし、今は地元の魅力をすごく感じるようになった」と話してらっしゃるのを聞いて、すごく共感を覚えて、意気投合したんです。だから、地域の繋がりの大切さを描きたいと思いましたし、自殺対策を描くと言いながらも、僕の中でのテーマは、いかに自殺対策から外れていくかということもありました。それに加えて、普通の人でも自殺を防止するために出来ることへの興味もあったので、普通の人でも身近な人を支えることが自殺対策になっていて、さらにはそういうことの大切さを描きたいと思いました。

 

 地域社会の繋がりの大切さに加え、さらに本作には、都会と地方の格差問題も裏テーマとして描かれているように感じられた。

 

都鳥:僕は、岩手県という地方に住んでいますが、確実に都会と地方の格差は広がっていると思います。都会がどんどん増幅して、まるで人を吸収する化け物のように大きくなっていますし、成長する社会であり続けることが本当にいいことなのか、地方に住んでいると経済成長だけではなく、そこそこで満足できる社会でもいいんじゃないかと思うんです。今まで考えられてきた論点とは違う価値観を作ることが必要なんじゃないでしょうか。そういうメッセージも込めて映画を作ったつもりです。




(2012年9月25日更新)


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都鳥伸也監督

Movie Data

『希望のシグナル-自殺防止最前線からの提言-』

●9月28日(金)まで、第七藝術劇場にて上映中

【公式サイト】
http://ksignal-cinema.main.jp/index.html

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/159079/