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「心も体もボロボロになるくらい懸命に、
ひたすら兄を思う妹を演じました」
ヤン・ヨンヒ監督初の劇映画『かぞくのくに』
主演・安藤サクラインタビュー

 『かぞくのくに』が8月11日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開される。数々の国際映画祭で受賞を果たしたドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』(2005)のヤン・ヨンヒ監督が、自身の実体験を基にオリジナル脚本を執筆、初の劇映画として撮り上げた注目作だ。1950年代から始まった北朝鮮への帰国事業を背景に、違う社会で生きる兄と妹の25年ぶりの再会を通して浮き彫りになってくるものとは…。主演の安藤サクラに話を訊いた。

 

――出演のお話がきたときの感想からうかがわせてもらいますか?

 

安藤サクラ(以下、安藤):お話を頂いて、まず、ヤン・ヨンヒ監督が以前、ご自身の家族を題材に撮られていたドキュメンタリー『ディア・ピョンヤン』を観たんです。実はそれまで私、恥ずかしながら「帰国事業」というものをまるで理解していなくて、難しい映画なのかと思いながら観てみたら、政治的なことや北朝鮮という国にも興味は持てたのですが、そういう大きなことよりも、ヤン監督のご家族の魅力がずっと強く心に残ったんです。

 

――お父さんとかチャーミングですものね(笑)。

 

安藤:そうなんです。それで、このご家族に会ってみたい、もっと知りたいと思ったし、映ってはいないけれどヤン監督はきっと美人だろうなという気がして、監督にもお会いしたかった。また、『かぞくのくに』は監督の初めての劇映画で、それが『ディア・ピョンヤン』で描いた家族の真似っこではつまらないから、監督はきっと違う家族の描き方をするだろう、それはどんな家族のカタチになるんだろうという興味もありました。それで脚本を読ませていただいたら、感情的なシーンもたくさん書かれていたのですが、印象はシンプルで、作っていくときに余白があるなという気がして、現場が楽しみに思えたんです。あとプロデューサーの越川さんとはこれまでにも何本か一緒に仕事をさせてもらっていて、越川さんのプロデュースする作品の仕事はいつも有意義なものになるという信頼もありました。

 

――なるほど。初めて監督に会われたときの印象はどうでした?

 

安藤:やっぱり美人だったなって思いました(笑)。それと「あー、あのナレーションの声だ!」という、ちょぴりミーハーな反応でしたね(笑)。

 

――『かぞくのくに』は劇映画ではあるけれども、描かれているのはやはり監督のご家族のお話であり、安藤さんが演じられた「リエ」は、いわば監督自身なわけで、それを演じることに抵抗とかはなかったですか?

 

安藤:問題は、監督とリエの距離感だと思っていたので、監督がどれだけ自分をリエに投影したいのかということに多少の不安はありました。私自身は、この映画のリエは、監督とはまた別の存在でなければ面白くないと思っていましたから。

 

――かつての監督を演じるわけではない、と考えていたわけですね。

 

安藤:そうです。ただ結果として、監督からすると「なんで、知ってるの?」みたいな、すごく自分と重なるところはあったみたいです。

 

――面白いですね。映画ってそういうことがありますね。それは、俳優の意図とか脚本の意図とかを越えて生まれる結果、という気がしますね。

 

安藤:まさしくそういう作品だし、そうなる作り方をしていた現場だったと思います。

 

――現場はどんな感じだったのですか?

 

安藤:この作品は、監督の強い思いに皆が寄っていたので、監督自身すごく正直だし、リエも正直な娘だから、例えば私や兄役の新(井浦新)さんのお芝居に嘘があったら、たとえ脚本通りでも監督も私も納得いかないだろうし、腑に落ちないと思うんです。監督にとってはご自分のことが元になっているお話でもありますし。だから、特に兄妹のシーンはもう何回も芝居を重ねて、いろいろなかたちでやってみて、とにかく嘘をつかないようにする、そんな現場でしたね。

 

――それをうかがうと、兄妹の別れのシーンについて訊かなくてはいけないと思います。プレスシート(マスコミ用資料)に書いてあるのですが、あのシーンでのリエの行動は、かつて現実であったときに監督が実際に行ったことではなく、やりたかったのにできなかったことをリエにさせたという。つまり、ほんとうに行われたことではないけれど、あれこそが真実の心情だったということですよね。

 

かぞく_sakura1.jpg安藤:最終日に撮ったんですが、あのシーンだけで丸一日かかりました。あそこは、…辛かったですね。1テイク目は現実に行われたことに沿った芝居をやり、それもOKだったのですが、監督から「2テイク目は、私にはできなかったけれど、兄を行かせたくないと抵抗するリエをやってみて」と言われたんです。私は「わかりました」と言い、冷静ではいたのですが、一方ではひどく混乱していて。腹立たしさとか悔しさとかいろいろな感情が渦巻きました。なぜか変な力も生まれて、あそこで兄を乗せた車が突然走り出すのですが、あのときは走っている車なんて平気で手で止められる、という気になっていたんです。

 

――確かに、あのシーンのリエの表情からはいろいろな感情とともに絶対に納得できないという気持ちがもたらす強い力が感じられます。

 

安藤:理解できない理由で帰ってしまう兄に対してすごく腹立たしさを感じていて、引き留めるために腕を摑んだ私の手を兄が握り返そうとしてきたときには「やめてよ!」という感じで私が拒絶したりしている。芝居の流れとしてはなんだか矛盾している動きなのですが、あのときの感情に従ったらそうなったんです。また、車の走り出しがほんとに突然だったので、撮影部もあわてた感じになって役者の表情や車の動きが撮りきれていない。でも、そういうきちんとした芝居や映像でないところにも真実があるというか、ともかくあのシーンはあそこで起きた事実が映っているんです。

 

――正直な演技が、脚本だとか段取りだとかを凌駕して映画に強い思いを残している。

 

安藤:そうですね。それはやはり監督自身が正直だったからだと思います。実は完成した映画を観て少し驚いたことがあるんです。それは、撮影しているときには、なんだか妙にドラマチックだなあと思っていたシーンがばっさり切られていたこと。登場人物が泣いたり笑ったりするシーンがけっこうあって、ひょっとしてクライマックスの連続みたいな作品になるのかなと思っていたのですが、そういうシーンがなくなっていた。そういう潔い編集がかっこいいなぁと思いましたね。

 

――初めての劇映画でもあり、ついつい過剰にドラマチックなシーンを残してしまいがちなのにそうなっていない。確かにかっこいいですね。

 

安藤:こういうことができるのって、ある意味、贅沢ですよね。結局、作品そのものを支えているのが監督自身の強い思いだからこそできたことなんです。

 

――安藤さんご自身は、リエというのはどういう女性だと思われていたわけですか?

 

安藤:素直に考えて正直に行動できる娘ですよね。それも自分を中心に考えているのではなくて、「家族」という関係のバランスのなかで動く女の子という印象でしたね。あと、私自身は姉妹の妹で、お姉ちゃんのことが大好きなんですが、監督を見ているとほんとにお兄さんのことが大好きなんだってことがわかるし、女きょうだいの私とはどこか違う感覚だなというのがあって、そんな、監督がお兄さんをとても大切に思っている気持ちというものは大事にしたいなと思いました。

 

――お兄さんを演じられた井浦新さんとの共演はいかがでした。

 

安藤:これはとてもラッキーだったと思うのですが、兄妹としての相性がすごく良かったんです。この『かぞくのくに』という作品は、まず兄妹の関係があって、それから家族全体の関係が築いていけたらいいなと思っていたので。最終的に、この映画はオッパ(兄)が引っ張っていく物語なので、ともかくオッパを見つめていけばいいと考えていました。それはもちろん、オッパを新さんが演じていらっしゃったからのことです。

 

――休憩時間も一緒におられて、ほんとうの兄妹のように見えたというスタッフの証言が多いのですが、そういうところも意識していたのですか。

 

安藤:全然、意識してないです。普通に休憩していました(笑)。でも、そう見えたのはやはり兄役が新さんだったからだと思います。個人的にもとっても居心地が良くて、大好きな方です。そういう事は本当にお芝居に作用しますよね。

 

 

――他の共演者の方で印象に残った方はいましたか?

 

かぞくのくに_photo2.jpg安藤:映画を観てから思ったことなんですけど、この映画、男の俳優さんたちがかっこいいんですよね。新さんもそうだけど、北朝鮮からの随行員を演じているヤン・イクチュンさん、彼はキネマ旬報ベストテンで一昨年の外国映画第1位になった『息もできない』の監督であり主演もしていた方。お父さん役の津嘉山正種さんも叔父さん役の諏訪太朗さんも、それにお兄さんの同級生でお父さんの部下役の大森立嗣さん、私の出た『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』や昨年の『まほろ駅前多田便利軒』などの監督ですが、皆さん本当に素敵で、この映画には男性の魅力がバンバン映っていると思います。

 

――大森立嗣さんは困った顔がキュートでしたね。

 

安藤:最高でした!!

 

――男の俳優さんたちがかっこいいのは、監督が女性だからかな。

 

安藤:そうかもしれないですね。監督の男を見る目が確かなんでしょう(笑)。

 

――ヤン・イクチュンさんはどうでした?

 

かぞくのくに_photo1.jpg安藤:映画を観てすごい存在感にびっくりしました。現場では、本当にチャーミングなお兄さんだったので(笑)。気さくないい人って感じの。撮影は暑い時期だったので、どこへ行っても「ハァ~、暑いね。あなたは大丈夫?」なんて言っていて。また「ハハハ…」っていう笑い声が高いんですよ。撮影中はいろいろな場所からこの声が聞こえてきて。あ、またヤン・イクチュンが笑ってると思っていました(笑)。現場のムードメーカーでしたね。

 

――『息もできない』から受ける印象とは大違いですね。あと、この映画のリエという役は、これまでちょっと変わった女の子を演じられることが多かった安藤さんにしては普通の女の子の役だと思うのですが、なにかその点で注意されたようなことはありますか?

 

安藤:全然ないです。これまでと同じです。これまでの役も変わった女の子を演じたなんていう気持ちもまったくないですし。どの役も同じように取り組んできましたから。私自身もごく普通というか、誰よりもよく笑う女の子だと思うんですけど。よく、誤解されてるんですよね、なんか“岩”みたいな女の子みたいに(笑)。ただ、心身ともにキツかったということでは、今回の現場は特別でした。撮影が終わってからも、例えば別れのシーンで握りしめた新さんの腕の感覚が、私自身の手や心にずっと残っているような。映画を通して入り込んできた監督の深い思いが私の中にも刻まれて、いまだに消えないといった感じです。

 

――映画のなかで描かれた家族、つまりは監督のご家族なわけですが、この家族がおかれた状況とか、国際政治に翻弄される様子であるとか、そういったものについてはなにか考えられたことはありますか?

 

安藤:それもないです。どう考えてもピンとくるものがあるとは思えなかったし。逆になにか考えながら演じるのは不遜というかおこがましいような気もして。ただ、言えることは、ひたすら兄を思う妹を、それこそ心も体もボロボロになるくらい懸命に演じたということです。これは胸を張って言えます。それから、私が通りを歩いていくラストシーンですが、あそこもなにも考えずにただ歩いています。でも、それでいいと思うんです。あの姿にドラマを被せようとしたらいろいろできるのに、監督もそうしていない。それがかっこいい。ヤン・ヨンヒ監督の潔さ、ですよね。

 

(取材・文:春岡勇二)




(2012年8月 3日更新)


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Profile

安藤サクラ

あんどう・さくら●1986年、東京都生まれ。父は俳優・映画監督の奥田瑛ニ、母はエッセイストの安藤和津、姉は映画監督・作家の安藤モモ子。2007年、学習院大学在学中に奥田瑛ニ監督作『風の外側』で本格俳優デビュー。2008年には、園子温監督作『愛のむきだし』に出演し、ヨコハマ映画祭助演女優賞などを受賞。その他にも、タナダユキ監督作『俺たちに明日はないッス』、田口トモロヲ監督作『色即ぜねれいしょん』など、話題作に出演。2009年には、山崎裕監督作『トルソ』、大森立嗣監督作『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』、入江悠監督作『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』の3作品で、キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞などを受賞。映画以外でも舞台やテレビドラマなど出演が相次いでいるのはもちろん、今年も本作以外に三池崇監督作『愛と誠』、赤堀雅秋監督作『その夜の侍』(11月17日(土)公開)、石川寛監督作『ペタルダンス』(来春公開予定)が控えるなど、日本映画界に欠かすことのできない若手実力派女優。

Movie Data


(C)2011『かぞくのくに』製作委員会

『かぞくのくに』

●8月11日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開

【公式サイト】
http://kazokunokuni.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/159268/


Event Data

安藤サクラも来場する舞台挨拶が関西3劇場で実施!

【日時】8月11日(土)  
10:00の回上映後/12:15の回上映前
【劇場】テアトル梅田
【登壇者】安藤サクラ/井浦新/ヤン・ヨンヒ監督(予定)
【料金】指定席券-1800円 立見券-1800円
【Pコード】550-162

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【日時】8月11日(土)  12:40の回上映後
【劇場】シネマート心斎橋
【登壇者】安藤サクラ/井浦新/ヤン・ヨンヒ監督(予定)
【料金】指定席券-1800円 立見券-1800円
【Pコード】550-163

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【日時】8月11日(土)  
16:30の回上映後/18:50の回上映前
【劇場】京都シネマ
【登壇者】安藤サクラ/井浦新/ヤン・ヨンヒ監督(予定)
【料金】座席券-1800円 立見券-1800円
【Pコード】550-164

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