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日本と北朝鮮に別れて暮らしていた兄弟の
25年ぶりの再会を描いた、たった7日間の物語に
普遍的な家族の姿が見えてくる
『かぞくのくに』ヤン・ヨンヒ監督インタビュー

 『ディア・ピョンヤン』や『愛しきソナ』など自身の家族を映した秀作ドキュメンタリーを発表してきた在日コリアン2世のヤン・ヨンヒ監督が、自らの体験を下敷きに描いた初の劇映画『かぞくのくに』が8月11日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開される。1970年代に行われた帰国事業によって北朝鮮で暮らし、病気療養のために25年ぶりに日本へ戻ってきた兄ソンホと日本で暮らす妹リエの姿をとおして家族や国家のあり方を問いかける人間ドラマだ。第62回ベルリン国際映画祭で国際アートシアター連盟賞を受賞したことでも話題を呼んでいる。

 

 本作で、妹リエを安藤サクラも、兄ソンホを演じた井浦新も、ふたりとも演技派俳優として知られる役者であり、個性的な佇まいを醸し出す演技で見るものを魅了する役者として評価が高い。また、ソンホを監視する北朝鮮の監視人を映画監督でもあるヤン・イクチュン、さらにはソンホの旧友ホンギをこちらも映画監督でもある大森立嗣が演じるなど、映画ファンなら「おっ」と思ってしまうような俳優が名を連ねている。監督がキャストを選んだ基準について聞いてみるとー

 

ヤン・ヨンヒ監督(以下、監督):全員、私の第一希望の役者さんでした。仮にサクラちゃんや井浦さんがダメだったらとか考えても次の方が思いつかなかったですね。特に主役のふたりに関しては、作品に興味がなくても映画を観ていたぐらい好きな役者さんでしたし。今回の映画は、大前提として監督は初心者ですから(笑)、台詞がない時に演技が出来る人で、台詞のない“間”がけっこうあるシーンも多いので、仕草や視線などでしっかり演技が出来る方を選びました。

 

 安藤が演じたリエは、いわば監督自身の分身のようなキャラクターだ。監督が安藤に託した思いとはー

 

監督:今だに、私はサクラちゃんを見ると分身みたいに見えるんです(笑)。安藤さんは、けっこうグレたような役が多かったので、その安藤さんを毅然としたところのある女の子にしてみたかったんです。自分が経験したことのない在日の人間を演じるうえで、今までの私の作品を観て下準備はされたと思うんですが、この方の出すリアリティはすごいので、そういう知識ではなく感情の部分で演じてほしかったんです。それは、彼女ひとりだけがこの映画の中で怒るキャラクターだからだし、私が彼女に、私の怒りを託したかったからです。

 

 一方、自身の兄への思いを投影させたと思われるソンホ役に井浦をキャスティングした理由はー

 

監督:井浦さんに演じていただいた兄ソンホは、思春期を日本で過ごしていますし、日本にいる母親からの仕送りで立派に育った背の高い人。また、日本からの帰国者は北朝鮮では差別を受けるマイノリティに属すんですが、その中でもましな方で、そして日本人が持っている、いかにも北朝鮮の人というイメージからかけ離れた人というのが大前提でした。14歳から自分を押し殺して、この国ではエリートにならないと人間扱いしてもらえないんだというぐらいまで腹をくくった、感情を押し殺したポーカーフェイスが自然にできる方にお願いしたかったので、井浦さんの何を考えているのかわからないような雰囲気がぴったりだと思いました。

 

 そんなふたりが演じた兄弟の姿は、まるで本当の兄弟に思えるほど、お互いを気づかい合う気持ちがリアルに伝わってくる。

 

監督:サクラちゃんと井浦さんには台本にはない、実際の私と兄の話をして、役作りの肥やしにしてもらって、ふたりに兄弟になってもらおうとしていました。だから、他の人は知らなくても、このふたりだけは私と兄の話を共有してくれていたので、それが良かったのかもしれません。逆に、私ができることはそれぐらいしかないと思っていました。特に、撮影の休憩時間にサクラちゃんと新さんがふたりでお弁当を食べていたりしているのを見ると、私は兄と本当に限られた時間しか過ごせなかったので、ふたりが休憩時間も一緒にいるのを見るだけですごく嬉しかったです。自分の代わりに分身がお兄ちゃんと一緒にいるような感覚でした。また、新さんの雰囲気が兄によく似てるんです。一方で映像を見ると、兄と別れるシーンや自分の部屋で話すシーンなどは絵日記を動画で見ているような不思議な感覚でした。

 

 「ふたりには実際の自分と兄の話をして兄弟になってもらおうとした」と語る監督だが、具体的にふたりには、どのように演出していたのだろうか。

 

監督:細かい演出はそんなにしていません。役者さんにまず私が言ったことは、韓国人や朝鮮人を演じようとする心構えはいらないし、韓流は絶対に参考にしないでほしいということぐらいです。この家族は日本生まれで、限りなく日本人に近い感性を持っているので、日本人の感性で演じてくださいと私が言ったら、皆さん安心してらっしゃいました(笑)。もうひとつは、この家族はずっと理不尽な目にあっていて、北朝鮮に息子がいる時点で半ば人質に取られているようなものですから、言いたいことも抑えて、感情を抑えて生きているので、そういうものが重くのしかかった雰囲気を出したい、というような大まかな話をしたぐらいです。

 

 俳優たちには「大まかな話をしたぐらい」と語る監督だが、本作は少ない言葉と仕草を厳選したシーンを積み重ねることで、観客の心に多くのものを残す作品となっている。

 

監督:役者さんたちが持っているものを出してもらって伸び伸び演じてほしいと思っていました。それに、カットをたくさん割ってぶつ切りにするのではなく、ワンカットで長く撮りたかったんです。俳優さんたちは嫌がると思いますが、ワンカットで長く撮った感情を引きずって演じたものを編集でぶつ切りにしてもいいわけですよね。それに、カットを割って、話している人と聞いている人の両方の顔を見せることって、観客の方の想像力を削ぎ落とすし、眠くなると思うんです。映画が静かだから眠くなるんじゃなくて、頭を使わなくていい説明過多な映画だから眠くなるような気がするんです。そこは観客の方の想像力を信じたいと思いました。

 

 たしかに、本作では話している人と聞いている人両方を映したシーンはほとんどなく、これを聞いている人はどのように考えているのだろうかと、自然に考えてしまうシーンが多い。特に、台詞は少ないからこそ、ひと言ひと言の重みが増しているように思えた。脚本を書くにあたって苦労したことも多かったのではないだろうか。

 

監督:最初の段階ではもっと台詞は多かったんです。でも、途中でバサバサ切っていきました。会話劇になると、帰国事業のことや一般の観客の方には馴染みのない話が出てきますし、説明的な台詞の多い会話劇はつまらないと思ったので、とにかく説明的にならないようにしました。ドキュメンタリーを作っている時に感じたんですが、最初はたくさん説明しないと在日のことや北朝鮮のことなんかわかってもらえないと思っていたんです。でも、たくさん話すほど耳にも頭にも残らないんですよね。だから、ひとつでもいいから忘れられない言葉やシーンが残る作品にしたかったので、帰国事業も総連も在日も何もわからなくても、お兄ちゃんが監視人付きで帰ってきて、突然帰ることになって妹が怒っている話だと認識してもらってもいいんです。よくわからないけど超腹が立ったとか、悔しかったという感情が残ってくれたら嬉しいですし、できるだけ「勉強になりました」っていう感想を聞きたくなかったんです。

 

 そんな中でも、安藤演じるリエの言う「あなたもあの国も大嫌い」という台詞や、井浦扮する兄ソンホの言う「お前は色んな国を見て、自由に生きろ」という台詞など、様々な印象的な台詞が本作には登場する。そのどれもが胸に深く刻まれるのだ。

 

監督:サクラちゃん演じるリエの言う「あなたもあの国も大嫌い」という台詞も重いけど、「その大嫌いな国にあなたの大好きな人が住んでるんですよ」っていうヤン・イクチュンの台詞はもっと聞かせたかったんです。だから、その台詞を際立たせて聞かせるために、台詞を少なくしたんです。たくさん説明するよりも、ひとつのことを突き詰めていく方が普遍性に近づけることができるというのが、ドキュメンタリーを撮っていく中で学んだことでしたし、自分もそういう映画の方が好きなんですよね。

 

 本作が初の劇映画となったヤン監督。実際、ここまで新聞や雑誌、テレビなど様々な取材を受けてきたはずで、それは至るところで『かぞくのくに』にまつわるインタビューなどを見かけることからもわかるが、公開を前にした今の心境はどのようなものなのだろうか。

 

監督:正直、ここまで取材依頼があると思いませんでした。1959年に帰国事業があった後、新聞やファッション雑誌に至るまで、ここまでたくさん「帰国事業」という文字が載っているのは初めてだし、歴史的なことだと思うんです。はっきり言って、超気持ちいいですし、それぐらい隠そうとされてきた歴史なんです。当時、韓国もすごく貧しくて軍事政権で政情も不安定でしたし、北朝鮮を地上の楽園だと思ったことは仕方がなかったかもしれないです。だけど、すごい数の人間が帰国事業に翻弄されてるんです。北朝鮮に渡った移民の人たちの不幸なことは、行った後に出られないこと。行った後に、「思っていたことと違う」と感じることって人間誰でもあると思うんです。そういう時に軌道修正が出来る選択肢がないといけないのに、命掛けの脱北しか北朝鮮を出る手段はないんです。働く場所も住む場所も自分では選べないですし、それは最大の悲劇ですよね。やっぱり、9万何千人という移民が帰国事業で渡ったわけですから、蓋をされちゃいけない歴史だと思うんです。当事者は北朝鮮に家族がいるから、迷惑をかけちゃいけないと思って黙ってしまう。私は、もうそういうことは終わりにしたいと思ったので、すごく迷いながらも工作員の話までを出したのは、こういうことに巻き込まれたくないし、なくすためにはオープンにしていくしかないと思ったんです。ひとつの家庭やひとりの人生に、本人が望んでなくてもここまで入ってくるんですよ、政治って。日本で暮らしている日本人も翻弄されてるんですよ、政治に。政治に翻弄されるってよく使われますが、政治は自然災害じゃないですから。

 

 最後に、たくさんの思いを感じる『かぞくのくに』というタイトルについて聞いてみるとー

 

監督:会えるけど会わないのと、会えないから会わないというのは雲泥の差があると思うんです。この家族は家族だけど自由に会えないんですよね。タイトルの“くに”は、どこかの国を指しているのではなくて、場所を指しているんです。この家族が家族として自由でいられる場所や、家族のひとりひとりにとっての居場所を指しているんです。家族って消えないし、面倒くさいし憎たらしいんだけど、愛しいし憎みきれないし、切れないんですよね。私も今でもこの家族にとっての居場所なんてあるのかわかりませんが、結局、家族って何だろうとか国って何だろうとか、答えが見つからないことを考え続けることってとても大事だと思うんです。今の時代って、みんなすぐに正解を欲しがってしまうんですが、そういうことをふわっとでもいいので、感じてもらえれば嬉しいです。




(2012年8月10日更新)


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ヤン・ヨンヒ監督

Profile

●1964年、大阪府生まれ。在日コリアン2世。1971年秋から1972年春にかけて3人の兄が帰国事業で北朝鮮に渡っている。1995年からドキュメンタリーを主体とした映像作家として数々の作品を発表、NHKなどで放映された。また、テレビ朝日「ニュース・ステーション」などで、ニュースの取材や出演など、報道番組でも活躍する。2005年に初の長編ドキュメンタリー『ディア・ピョンヤン』を発表、ベルリン国際映画祭フォ-ラム部門に公式出品されNETPAC賞を受賞するなど、国内外の映画祭で数々の賞を受賞。2009年には『愛しきソナ』を発表。本作の原作本「兄~かぞくのくに」(ヤン・ヨンヒ著 小学館刊)も発売中。

Movie Data




(C)2011『かぞくのくに』製作委員会

『かぞくのくに』

●8月11日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開

【公式サイト】
http://kazokunokuni.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/159268/