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「繊細なことを積み上げて、映画でしか表現出来ないことに
挑戦していきたい」未来の映画界を担う新鋭・伊月肇が手がけた
『- X - マイナス・カケル・マイナス』伊月肇監督インタビュー

 山下敦弘監督や熊切和嘉監督らを輩出した大阪芸大映像学科出身で、ローマ国際映画祭など、海外映画祭で高い評価を得た新鋭・伊月肇監督による人間ドラマ『- X - マイナス・カケル・マイナス』が第七藝術劇場にて上映中、その後京都シネマでも公開される。イラク戦争開戦が迫った日々の中、北大阪で暮らす、それぞれに痛みを抱えた3人の人生が交差する様子を描く。昨年公開された大人気アニメ『けいおん!』や声優ユニット・スフィアで活躍する寿美菜子や、個性派監督からの支持を受ける長宗我部陽子、伊月肇監督と同じ大阪芸術大学出身の熊切和嘉監督による伝説のカルト作『鬼畜大宴会』の澤田俊輔らが放つ確かな存在感に注目だ。本作の公開にあたり、伊月肇監督が来阪した。

 

 1980年生まれで、32歳の伊月肇監督。大学卒業後、映像制作会社に入社するものの、映画監督への思いを諦めることはなく、塚本晋也監督らの助監督という経験を経て、本作は生まれたそうだ。まずは、その経緯について聞いてみるとー

 

伊月肇監督(以下、伊月) :2008年にこの映画を自主映画の最後の作品にしようと思って、140分バージョンで完成させて、いくつかの映画祭に出品したんですが、反応がいまいちだったんです。そこからは、映画監督への道を半ば諦めて、助監督などをしていました。そうしたら、2010年に大阪芸大の1年後輩の板倉善之監督(『にくめ、ハレルヤ!』)が、東京のアップリンクで《関西0年代映画祭》という特集上映を企画していて、僕の作品を上映したいと言ってくれたんです。それで、2年ぶりぐらいに120分に編集しなおして上映して、上映することの大切さに直面したというか、“観てもらってなんぼ”だということに気付いたんです。そこで、この映画を試しに海外の映画祭に出品してみたら、1回目で入選して、今まで自分で世界を閉ざしていたことに気付いて、上映できるかわからなくても自分でやってみようと思ったんです。

 

 そんな紆余曲折を経て完成した本作は、イラク戦争開戦間近の時代を舞台に、北大阪のある町で無為な日常を送るタクシードライバーの貴治が、不思議な雰囲気の客・京子と出会ったことから始まる物語と、同じ町に住む、両親の離婚により新生活を始めることになった中学生・凛の物語が交錯して描かれる。本作の冒頭シーンには、まさに北大阪を象徴する建造物である、万博公園の太陽の塔が登場する。監督が、どうしても太陽の塔を入れたかった理由とはー

 

伊月:実は、この映画は2007年に撮影したものなんですが、撮影当時は大阪の茨木市に住んでいたので、太陽の塔は自分の原風景であることはもちろん、物語の舞台の象徴として存在させたかったということがひとつと、元々岡本太郎さんが好きだったので、身近にあった素晴らしいものとして入れさせていただきました。今回の映画で僕は、北大阪のひとつの町で痛みや葛藤を抱えた色んな人が右往左往している姿を描きたかったので、その象徴として太陽の塔を入れました。

 

 「北大阪のひとつの町で痛みや葛藤を抱えた色んな人が右往左往している姿」を描きたかったと語る監督だが、タクシードライバーの貴治と中学生の凛は、同じ町ですれ違いながらも出会うことはない。そして、テレビからはイラク戦争開戦間近のニュースが声高に叫ばれているものの、ふたりの生活に影響を与えることはない。監督は、そのような違和感を幼い頃から感じていたようで、本作ではその“違和感”を描きたかったそうだ。

 

伊月:まだ実家に住んでいた頃に、実家の近くでおじいさんが孤独死していたことがあったんですが、そこって子どもたちの通学路のすぐ近くで、いつも子どもたちが騒いでるんですよね。その頃の僕はアルバイトをしながら映画のシナリオをもやもやしながら書いていて、一方でおじいさんは孤独死している。その感覚と、イラク戦争の時に、僕はパンツ1枚でカップラーメンを食べながらテレビを見て、ハリウッド映画を見ているみたいだと思っていた感覚をすごく覚えているんです。結局、僕たちが思っている以上に世界って残酷だし、騒いでいるのは最初だけで、言い方は悪いですが、天気予報と変わらないぐらいの感覚になっていっちゃうんですよね。想像すれば、色んなことを考えられるのに、自分は日常に追われていて、それなりに一生懸命生きている、そういう感覚を映画にしたいと思ったんです。

 

 しかし、一方でタクシードライバーの貴治は、興味を覚えた不思議な雰囲気の客・京子とは繋がりを深めていき、中学生の凛も親友の智美と過ごす時間には、くつろぎを感じている。そう考えると、世界は残酷なばかりではないようにも思える。

 

伊月:自分が行動して関係を持ちたいと思えば、人と人は繋がることができると思うんですが、いくら物理的な距離が近くても、そういう意識がなければ、人と人って繋がることはないですよね。人と人の関係ってきっとそんなものだし、思っている以上に残酷だと思うんです。ただ、僕はこの映画の中でちゃんと向き合おうと思ったふたりの関係からは何かが生まれていくということは描きたかったんです。それで、ちょっと抽象的かもしれませんが、短所や欠落を抱えた人と人が向き合った時にどうなるのかという意味を込めて『- X - マイナス・カケル・マイナス』というタイトルにしたんです。

 

 そして、本作で一際輝きを放っているのが、中学生の凛を瑞々しく演じた寿美菜子だ。思春期の多感な少女が両親の離婚に傷つく姿を、言葉を多用することなく見事に表現してみせている。特に、親友の智美とのシーンは、間や空気感からふたりの関係性が伝わってくるとともに、台詞もアドリブでは?と思ってしまうほど、自然なシーンとなっている。

 

伊月:台詞はほぼ全て脚本どおりです。というのも、僕はリアリズムがすごく大切だと思ってるので、今回は寿美菜子にあて書きして脚本を書いたこともあって、相手役は関西で中学生の女の子が所属している事務所に連絡して100人ぐらいを呼んでオーディションをしました。それで選んだ大島正華と寿美菜子にふたりで遊びにいったりして、仲良くなってもらって、関係性を作ってからクランクインしたんです。それは、ふたりの空気感とか間を映したかったので、長回しで撮ろうと思っていたからです。

 

 ここまでの話を聞いていると、伊月監督は映画館のスクリーンに映し出される映像をとても大事にしているように思える。監督に、映画を作るうえで意識していることを聞いてみるとー

 

伊月:風景と人物をどう撮るのかということはすごく大事にしています。映画は、やはり大きいスクリーンで観るものなので、風景をどう映すのかによって、すごく影響されると思うんです。だからこそ、劇場で観てもらいたいと思いますし、僕は光と影を描くことや、観客の視線をどう誘導していくのかなど、繊細なことを積み上げて、映画でしか表現出来ないことに挑戦していきたいと思います。

 

 今後の意気込みまで熱く語ってくれた伊月監督。監督は、本作『- X - マイナス・カケル・マイナス』を上映するだけでなく、5月12日(土)より同じく第七藝術劇場で上映される、若手映画監督を育成する目的で作られた、若手監督10人による短編オムニバス映画《NO NAME FILMS》の宣伝・配給も手がけている。

 

伊月:元々はユニジャパンさんが短編企画を公募して、若手映画監督を育成する企画で集められた作品なんです。2011年の3月に完成お披露目上映会があったんですが、本当はそこで終わりだったんです。でも、僕は15分の10本の作品を観てすごくいいと感じたので、どうしてこれを映画館で上映しないのか、すごく疑問に思って、絶対に上映した方がいいと思ったんです。それから10人の映画監督全員に電話して、皆でお金を出し合って、皆で宣伝・配給をすることにしたんです。それで『- X - マイナス・カケル・マイナス』と同時に公開すれば、お互いに相乗効果が期待できるんじゃないかと思って東京のユーロスペースで上映させてもらって、今回の大阪での上映にも繋がりました。

 

 若手映画監督にとって厳しい現状が続く現状に甘んじることなく、自分で出来ることは何でもどんどん行動に移していく伊月監督。そんな監督をはじめとする若手映画監督が結集した《NO NAME FILMS》には、山川公平監督や片岡翔監督ら《ぴあフィルムフェスティバル》の受賞監督も名を連ねている。まずは、『- X - マイナス・カケル・マイナス』と《NO NAME FILMS》で未来の映画界を担っていくであろう若手監督たちの息吹を体感してほしい。




(2012年5月 8日更新)


Check
伊月肇監督

Movie Data



『- X - マイナス・カケル・マイナス』

●第七藝術劇場にて5月11日(金)まで上映中
●京都シネマにて上映予定

【公式サイト】
http://www.mainasu-kakeru-mainasu.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/158016/


《NO NAME FILMS》

●5月12日(土)~18日(金)、
第七藝術劇場にてレイトショー公開

【公式サイト】
http://nonamefilms2011.com/