インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 「手話や言葉や筆談など、伝える方法は色々ある中で、 一番大事なことは伝えたい気持ちなんです」 紙とエンピツから生まれる人と人との繋がりを映し出す 『珈琲とエンピツ』今村彩子監督インタビュー

「手話や言葉や筆談など、伝える方法は色々ある中で、
一番大事なことは伝えたい気持ちなんです」
紙とエンピツから生まれる人と人との繋がりを映し出す
『珈琲とエンピツ』今村彩子監督インタビュー

 ろう者である今村彩子監督が、静岡のサーフショップ&ハワイアン雑貨店で出会った、同じくろう者の店長・太田辰郎さんの人柄や魅力を捉えたドキュメンタリー映画『珈琲とエンピツ』が、6月1日(金)までシアター7にて上映中だ。太田さんと彼のもとを訪れる客との間で交わされる筆談や身振りなど“言葉を超えたコミュニケーション”の様子を、2年間に渡る取材を通じてじっくりと描いた心温まる1作だ。本作の公開にあたり、今村彩子監督が来阪した。

 

 サーフショップ&ハワイアンの店長・太田辰郎さんは、サーファーとして30年以上のキャリアを持つサーフボード職人。本作では、ろう者の彼が、愛飲するハワイの珈琲をサービスし、手話とは縁のなさそうな客たちと紙と鉛筆で会話をしている姿が映し出されている。そのやりとりは本当に終始楽しげで、言葉を超えたコミュニケーションに圧倒される。まずは、太田さんと監督の出会いについて聞いてみるとー

 

今村彩子監督(以下、今村):太田さんとは3年前に知り合いました。愛知県の豊橋市の手話サークルの会の方でサーフィンをしている方がいらっしゃって、その方が太田さんの店の常連だったことがきっかけで、太田さんを紹介していただいて店に行きました。太田さんと出会ってすぐに人柄に惹かれて、太田さんを撮りたいと思いました。私が初めてお店に行った時にも、太田さんはハワイのコーヒーを出してくれて、映画と同じように迎えてくれました。映画の中に登場する男子中学生と太田さんが仲良くなっていく様子も、いつも店で起きている日常なので、そういうシーンを映画の中で紹介したいと思いました。

 

 その後、2年間に渡って太田さんへの取材を続けることになる今村監督。監督自身が太田さんと出会って変化していく様子が映画の中からも伝わってくるが、監督自身はどのような変化を感じていたのだろうか?

 

今村:太田さんの、誰に対しても壁を作らず、楽しく話すコミュニケーションの取り方は、私にはない部分だったので、羨ましいと思いましたし、自分もあんな風になりたいと思いました。実際に自分も、筆談や声や色んな方法でコミュニケーションを取ってみたら、意外と皆さん書いてくださるので、びっくりして、その時に、自分が壁を作っていたことに気付きました。それまでは、手話の出来ない人と筆談で話すことは、自分が書くのはよくても、相手は書くのが面倒なんじゃないかと思って、始めから距離を置いていたんです。だから、太田さんとの出会いは私にとって衝撃的でしたし、聴こえる人も私たちと話したいと思ってくれていて、会話を楽しんでくれていることに驚きました。

 

 そのように、監督は聴こえる人に対して距離を置きながら、ろう者の方の現実を伝えるドキュメンタリー映画を撮り続けていたそう。しかし、太田さんに出会う前は行き詰まりを感じていたようでー

 

今村:今まで私はドキュメンタリー映画を撮って、この社会には聴こえる人だけじゃなくて聴こえない人もいるということを伝えたいと思ってきました。でも、実際に自分自身のことを振り返ってみると、自分で壁を作って、自分がコミュニケーションを取れていなかったことに気付いたんです。自分がそうだから、映画を作っていてもだんだん窮屈になってきていて、作っても作っても伝わらないことに行き詰まりを感じていて、太田さんを見て、自分に足りなかったことはこういうことだと気付いたんです。

 

 太田さんの人柄や魅力だけでなく、そんな、監督の変化をも映し出した本作は、先に公開されている愛知や東京で、ロングランヒットを記録したり、上映が延長されたりと大きな反応が見られている。具体的に、監督の元には映画を観た方の反応はどのように届いているのだろうかー

 

今村:ろう者の方からは、「勇気をもらった」「私も職場で筆談で会話をしてみようと思った」という声を多くいただいて、すごく嬉しいです。他には、何回も観たい映画だと言ってくださった方もいて、そういう反応を想像していなかったので、驚きました。太田さんの生き方を中心に観たり、コミュニケーションを中心に観たり、ろう者の立場から観たり、聴こえる方の立場から観たり、色んな観方のできる作品なのかもしれないと今は思います。太田さんの人柄に惹かれたという意見もすごく多かったですし、ナレーションも良かったとおっしゃってくださる方が多くて、ほっとしました。東京での上映では、口コミで映画が広がっていることを実感しましたし、手話に興味のない方でも、映画の魅力で広がっていくのは、私にとっても初めてのことですし、映画の力もすごいですし、太田さんの魅力もすごいと思いました。

 

 その一方で、監督は上映時間68分という短編とも言える時間に収めるために撮影中に色々と悩んだこともあったそうだ。

 

今村:まず、一番悩んだのは映画の構成でした。どんな流れで映画を作っていけば、お客さんが最後まで寝ずに観てくださるのかをすごく考えました。太田さんの存在だけでも、観ていて楽しいとは思うのですが、どう組み立てればいいのかはすごく悩みました。最初の取材は、見ることも知ることも初めてのことばかりで、夢中になって取材をしていたのですが、1年が過ぎるとある程度わかってくるので、新鮮な気持ちがなくなって、当たり前になっていきますよね。そうすると、映画を初めて観る人の立場になって構成を考えるのが難しくなってきて、太田さんのいつもの仲良く温かい会話を常に見ているので、それをどこから説明すればいいのか悩みました。70時間も撮影していたので、そこから絞り込んでいくのは本当に大変でした。

 

 監督が「ナレーションも良かったとおっしゃってくださる方が多くてほっとした」と語っているナレーションは、本当に心がこもった、作品の雰囲気にあったものになっている。しかし、ここでも監督は葛藤を抱えていたようでー

 

今村:最初は、自分でナレーションを担当するつもりは全くありませんでした。作品を作っていく中で、プロデューサーと話をしていて、この映画の中では私の心の変化も描いているので、聴こえる人の綺麗な声では私の気持ちが伝わらないんじゃないかと、逆に私の声で伝えた方が私の気持ちも伝わるんじゃないかと言われたんです。そう言われても、自信もないですし、私がナレーションをやることで映画の質が落ちたら嫌だと思ったんですが、色んな方に勧めてもらったことと、太田さんが色んなツールでコミュニケーションを取られている姿を見て、自分がナレーションを務める覚悟を決めました。色んな批判があるかもしれないと不安もありましたが、私がこの映画で伝えたかったことは、手話も言葉ですが、言葉や筆談など、伝える方法は色々やり方があって、一番大事なことは伝えたい気持ちなので、それを伝えたいと思って自分の声でナレーションをやりました。

 

 表情豊かで誰にでも屈託なく接する太田さんの笑顔に癒され、心ほぐされていく人々の表情や、ろう者の方とも健聴者とも訳隔てなく身振り手振りや言葉でコミュニケーションをとる太田さんの姿に、いつしか観ているこちらも癒されている。中でも、太田さんの知り合いの方が落ち込んでいる時に、太田さんが何も言わず傍に寄り添っている姿からは、言葉の有無は関係なく、本当に伝えたいという気持ちさえあれば、気持ちは通じるんだということが伝わってくる、言葉を超えたコミュニケーションを体感することができる秀作ドキュメンタリーだ。




(2012年5月14日更新)


Check
今村彩子監督

Movie Data


(C)COFFEE TO ENPITSU.STUDIO AYA

『珈琲とエンピツ』

●6月1日(金)まで、シアターセブンにて上映中

【公式サイト】
http://coffee-to-enpitsu.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/158240/