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ホーム > インタビュー&レポート > 鬼才・若松孝二監督が描く三島由紀夫が 自決にいたるまでの日々と葛藤する姿 『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』で 三島由紀夫を演じた井浦新インタビュー


鬼才・若松孝二監督が描く三島由紀夫が
自決にいたるまでの日々と葛藤する姿
『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』で
三島由紀夫を演じた井浦新インタビュー

 『キャタピラー』や『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程〈みち〉』など、メッセージ性の強い社会派作品を撮ってきた若松孝二監督が、三島由紀夫が自決にいたるまでの日々とその心中の葛藤を描き出す『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』が、6月2日(土)よりテアトル梅田ほかにて公開される。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程〈みち〉』から若松組の作品に出演し続ける演技派俳優井浦新(旧芸名はARATA)が三島由紀夫に、そして寺島しのぶがその妻をそれぞれ熱演している。また、三島を信奉していた政治活動家・森田必勝を演じた満島ひかりの弟・満島真之介にも期待してほしい。本作の公開にあたり、三島由紀夫を演じた井浦新が来阪した。

 

 仮面の告白』や『金閣寺』など次々と話題作を発表し、文壇の寵児となった三島由紀夫は、文筆活動のほかに左翼革命勢力への対抗を目的とする“楯の会”を結成し、決起の時を待っていた。しかし、なかなかその時が訪れず苛立ちを募らせ、遂に自ら行動をおこし、防衛庁内で衝撃的な自決を遂げた三島由紀夫。昭和史を語るうえでも、日本文学史を語るうえでも、外すことのできない偉大な大作家を描いた本作で、三島由紀夫を演じたのが、井浦新だ。日本の文化や風習を愛し、日本画などにも造詣の深い井浦は、若松監督から三島役のオファーをもらう前から三島に興味は持っていたのだろうか。

 

arata_photo1.jpg井浦新(以下、井浦):僕は、ラッキーなことに幼少期から父の影響で日本の歴史や文化、風習や風土といったものに身近で接する機会が多かったんです。特に歴史には、その時代だからこそ生まれたひとつの文化として、三島由紀夫さんはもちろんですし、連合赤軍のあさま山荘事件に関しても早い段階で興味を持っていました。三島さんについては大学を出てから興味を持ちだしたので、三島文学を全部読んだわけではありませんし、どちらかというと、三島文学よりも三島由紀夫さん自身に興味を持っていました。

 

 そのように、「三島文学よりも三島由紀夫自身に興味を持っていた」と語る井浦だが、日本の歴史の中で名前を知らない人はほぼいないであろう、三島由紀夫を演じるうえで井浦が大切にしたかったことは何だったのだろうか。

 

井浦:今お話したように、僕は歴史好きだったせいで、既に三島さんについての情報が僕の頭の中に入ってしまっていたんです。だから、言ってみれば僕は役をいただいてから、役についての情報を付け足す作業ではなく、三島さんについて知ってしまった概念を削ぎ落とす作業が必要でした。そんな中で三島さんを演じるにあたって、僕が大切にしたかったのは三島さん自身が持っていた純粋さのみでした。作品を作ることへの純粋な思いや、思想や政治、自衛隊に対する純粋さ、美意識もそうですし、美術・芸術に対しても、僕は、三島さんはとんでもなく純粋な心を持っていた方だと思うんです。

 

 では、実際に三島由紀夫を演じてみた印象はどのようなものだったのだろうか。

 

井浦:この作品の前の作品で、僕は足を怪我してしまったんですが、そこから撮影までの準備期間の2ヵ月間の中で、怪我を治さないといけないという気持ちも含めて全てにおいて、自分が今まで経験したことのないような集中力が生まれたんだと思うんです。というのも、正直、準備期間から撮影の頃の記憶があまりないんです。もちろん撮影中は、共演者たちと毎日会って、毎日話していたはずなんですけど、記憶がぼんやりしているんです。骨折していた足もびっくりするぐらいのスピードで完治しましたし、その頃は作品と監督のことしか考えていませんでしたし、こんなことが自分にできたことに驚きました。

 

 「撮影中の記憶がぼんやりしている」と語るほど、脅威の集中力で撮影に挑んでいた井浦。それを物語るシーンが、リハーサルなしで、1発で撮影したという防衛庁での演説シーンだ。実際の映像も残っているが、撮影には映像を見て臨んだのだろうか。

 

井浦:全教徒との討論会と防衛庁での演説の映像は見ました。ただ、それをなぞっていくのは嫌でしたし、監督は何回も見ていたと思うので、監督に常に新鮮な印象で見てもらって、「あらた、こんなことやったのか」と思ってもらいたかったですし、映像に引きずられないように、ある程度のところで映像を見るのはやめました。後は、焼き付けた記憶に自分の言葉と感情をのせて、その時に感じたことをその瞬間に出していければいいと思ってやった撮影でした。あの演説のシーンはワンカットで7分ぐらい撮ったんですが、僕は、そこまで集中して演技ができる役者じゃないので、完成した映画を観ても、僕も正直信じられないんです。

 

 それに加えて、クライマックスの切腹シーンで井浦が魅せた、迫真の演技も圧倒されるものがある。井浦は、その切腹シーンはどのようなモチベーションで挑んでいたのだろうか。

 

井浦:若松監督は、切腹して臓物がどろっと出てきて、血だらけになっているところを映像で撮りたいわけではなくて、「切腹していく男の視線の先が撮りたい」とおっしゃっていたので、映画の中で切腹してから流れる映像は、三島さんが見つめた日本の風景を描いたんだと思うんです。監督は、普段演出はほとんどされないんですが、切腹のシーンだけは「出来ればでいいから、切腹している時にどこかで笑ってくれ。どこかで幸せだと思えるような笑顔を見せてほしい」と言われたんです。僕はそこまで考えられていなかったので、驚きました。それに加えて、切腹のシーンを撮る日がクランクアップの日だったので、全てがそこに集約されていたような、今まで積み上げてきたものをその日に全部出してしまう感覚で、気合も入っていましたし、あれは難しい演技でしたね。

 

 と、ここまで井浦の作品についての思いを聞いてきたが、本作への思いを語るうえで外すことができないのが、若松監督作品への思いだろう。井浦が若松組へ初めて参加したのは、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程〈みち〉』からで、以降『キャタピラー』『海燕ホテル・ブルー』そして本作へと続いている。そして、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程〈みち〉』以降は、井浦の俳優としての活動が変化したように感じられる。

 

arata_photo2.jpg井浦:僕は、若松組への思いが強いというよりは、先ほどの三島さんの話とも共通するんですが、若松監督の現場って、ものすごく純粋でものすごく自由で、役者としてはそういう現場にはなかなか出会えないから大事にしたいんです。日本の映画界全体はそうではなくて、若松組はインディペンデントでやるからこその良さを最大限に活かしている現場でもあるんですよね。監督が知らなかっただけで、すごく有名な役者さんが監督の映画に出ることもあるし、その人よりも上のポジションに無名の役者がいることもある、それでも映画はちゃんと作れるというのは、当たり前のことですよね。若松組には、そういうキャストの“政治”みたいな部分が一切なくて、スタッフにしても役者にしても若松監督の作品に参加したいという純粋な思いを持った人たちしか集まらないんです。だから、なぜ若松組が特別かというと、本当に当たり前のことを当たり前にやってるからなんです。例えば、お金がないから監督自らが運転して役者を迎えに行ったり、お金がない中でどう作品を撮るのか模索したり、当たり前のことを当たり前にやっているそういう現場が今はなかなかないんです。それが思いっきり純粋に自由にできているのが若松組で、だから、僕も楽しくなるんです。

 

 やはり、井浦にとって若松組は特別なものとして存在しているよう。『ワンダフルライフ』で俳優デビューを果たし、現在も日本映画界には欠かせない役者として存在する井浦だが、同時にデザイナーや物作りを続ける一面も持っている。役者・井浦新について自分ではどのように考えているのだろうか。

 

井浦:デビュー当初は、役者と物作りという風に自分のやることをはっきり分けていました。でも、だんだん分けることに無理が生じてきた時に、結局物を作ることにしても、役者として人間を演じることにしても、ひとつの身体から生まれてくるものなので、使う筋肉は違っても、表現することの根本は同じだと冷静に見えてきてからは分けて考えることはなくなりました。頭の中や心の中にあるものを、自分の身体を使って作っていくことに変わりはないですから。だから、僕は今をどう生きるのかという、自分が昔から大切にしてきた価値観を大事にしながら、そこに自分が思う豊かさをどう見出せるかということに重きをおいています。でも、自分が芝居に対して面白さが見出せていなかったデビュー当初から若松組に出会って、やっと芝居って楽しいんだと思えるようになるまでは、「あんな役がやりたい」などと考えていたかもしれません。今は、それよりはどう生きるのかということだけを大切にしていけば、自分が純粋に好きなことに時間を費やしていけるんじゃないかと思っています。

 

 「若松組に出会って、やっと芝居って楽しいんだと思えるようになった」と語る井浦だが、具体的にはどのように変化したのだろうか。

 

井浦:何でもやりたくなりました。それ以降、出演する作品の数が増えたのもそうですし、今までは表現の場についてもこだわりを持っていたんです。でも、それは自分にとってわかりやすいこだわりでした。好きなものだけを追求しすぎたこだわりだったと思います。でも、若松組に参加して、全く何もこだわらないというこだわり方をすることが一番難しいけれども、そうすることでむき出しになってやりたいことができるんじゃないかと感じたんです。そうすると、表現する場所も関係なくなったんです。それで、今までは自分ができることをやっていたのが、若松組に出会ってからは、自分が全く持っていない感覚や人物像でさえも表現していくことが楽しくなりました。

 

 確かに、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程〈みち〉』以降、出演映画の幅は広がり、テレビドラマや舞台、現在は大河ドラマにも出演するなど、活躍の幅を広げ続けている井浦。2012年より本名の井浦新で活動を始めた理由も、本作の「エンドロールで流れる、三島由紀夫を演じた役者の名前がアルファベット表記はおかしいと思った」からということからも、やはりホームグラウンドとも言うべき若松組で、三島由紀夫に扮した井浦の姿をその目に焼き付けてほしい。




(2012年5月31日更新)


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Profile

井浦新

いうら・あらた●1974年、東京都生まれ。旧芸名はARATA。2012年より本名・井浦新で活動。1999年に是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』で映画初出演にして初主演を務める。その後、曽利文彦監督による『ピンポン』(2002)のスマイル役で注目を集め、『青い車』(2004)や『真夜中の弥次さん喜多さん』(2005)などに出演。2008年には若松孝ニ監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程〈みち〉』に坂口弘役で出演して以降、『キャタピラー』(2010)、『海燕ホテル・ブルー』(2011)など、若松組への参加が多く見られる。その他にも、蜷川幸雄監督による『蛇にピアス』(2008)や、是枝裕和監督の『空気人形』(2009)など日本映画界には欠かせない、日本を代表する俳優。待機作に、ヤン・ヨンヒ監督作『かぞくのくに』(8月11日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開)がある。

Movie Data




(C)若松プロダクション

『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』

●6月2日(土)より、テアトル梅田ほかにて公開

【公式サイト】
http://www.wakamatsukoji.org/11.25/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/157985/


Event Data

若松孝ニ監督&井浦新が来場する舞台挨拶が大阪&京都で!

【日時】6月3日(日) 
16:45の回上映後/19:05の回上映前
【劇場】第七藝術劇場
【登壇者】若松孝ニ監督/井浦新(予定)

【日時】6月3日(日) 18:30の回上映後
【劇場】京都シネマ
【登壇者】若松孝ニ監督/井浦新(予定)

【第七藝術劇場公式サイト】
http://www.nanagei.com/

【京都シネマ公式サイト】
http://www.kyotocinema.jp/