ホーム > インタビュー&レポート > 井上靖による自叙伝的小説を映画化した家族の絆に涙する感動作 『わが母の記』役所広司、樹木希林、原田眞人監督来場会見レポート
昭和の文豪・井上靖が綴った自叙伝的小説『わが母の記~花の下・月の光・雪の面~』を、『突入せよ!「あさま山荘」事件』『クライマーズ・ハイ』の原田眞人監督が映画化した『わが母の記』が4月28日(土)より大阪ステーションシティシネマほかにて公開される。消えつつある記憶の中で、疎遠だった息子への愛を必死に確かめようとする母と、距離を置いていた母を理解して受け入れようとする息子の葛藤を普遍的な家族の問題として描く。昨年の第35回モントリオール世界映画祭で審査員特別賞を受賞するなど、様々な映画祭に出品され話題を呼んでいる。本作の公開に先立ち、主人公の伊上洪作を演じた役所広司、伊上洪作の母・八重に扮した樹木希林、そして原田眞人監督が来阪し、会見を行った。
本作で母と息子として共演を果たした役所と樹木。映画での共演はほぼ初めてにも関わらず、少し距離を感じる母と息子の微妙な距離感を会話や動作などで見事に演じている。まずは、共演した感想を聞いてみるとー
樹木希林(以下、樹木):監督が原田さんで、相手役が役所さんなら私がどのように居てもうまくいくと思いましたので、特に意識せずに演じていました。今回は、本物の井上邸で撮影することが出来ましたので、そこに役所さんが座っていて、そこから庭を見ている感じなど、そういうものが全て本物だったので、役所さん自身が自然にそこに存在しているという、非常にいい空間と時間をいただいて撮影することができました。
役所広司(以下、役所):希林さんもおっしゃっていましたが、本物の井上邸をお借りできたことは僕にとってすごく大きかったです。井上さんが実際に座った椅子や、井上さんが見ていたであろう庭がそこにあることで、俳優として力を頂けました。本当にすごくいい空間で撮影ができました。
ふたりが口を揃えて語ってくれたように、本作では実際に原作者の井上靖が家族とともに過ごした東京・世田谷の自宅で撮影が行われ、数々の名作を生み出した実際の書斎も撮影に使用されるなど、井上の面影が随所に感じられる。その他にも、軽井沢の別荘や母・八重の住む伊豆の湯ヶ島など、井上靖の生きた昭和の雰囲気が随所に感じられる。
原田眞人監督(以下、原田):特に、光と影にはこだわっていたので、ロケハンの時には必ず何時にどのアングルから光が来るのかを撮影部と照明部とチェックしていました。ただ、雨が降ったり雪が降ったりするとダメになりますし、そこが賭けになってしまう部分は否めなかったです。でも、かえってそれがプラスになったのが軽井沢の山荘のシーンでした。夏のシーンなのに前日から雪が降っていて雪が消えていないうえに、撮影期間は2日間しかないので、現地の方とスタッフで雪かきをして1日目に夏のシーンを撮って、その続きを次の日に撮ろうと思っていたら、夜中から雪が降ったんです。そうしたらその雪がすごく綺麗だったので、季節が変わったことにしてそのまま撮影しました。たった2日間のタイトなスケジュールで全く違う季節を撮ることなんて不可能なんですが、今回は神の恵みだと思いました。
樹木:恵まれているのではなくて、そういう諸条件を全部自分の中に取り入れて、組み込んで、ねじ伏せてしまうのが監督の手腕ですし、すごいところだと思います。そこに監督の職人の良さみたいなものを感じましたし、私は傍にいて気持ち良かったです。脚本も全部自分でお書きになっていますし、その力量は映画の中に結果として出ていると思います。
監督も、突然樹木に誉められ、驚くと同時に恐縮した様子で「ありがとうございます!」と返事をし、会場内からは笑いが起こっていた。一方、本作で5度目の出演となる原田監督の演出法について役所はどのように感じているのだろうか。
役所:監督の撮影スタイルは、ドキュメンタリータッチが基本で、その中で僕たち俳優は、台本の中にある余白の部分を自分たちで考えて、余白を埋める作業が必要とされているんです。監督は、そうしたところを切り取って、登場人物がイキイキとするように演出するセンスが素晴らしいと思います。監督の演出法は、俳優たちを自由にするところは自由にして、締めるところは締めるという緩急があるので、すごく安心して任せられる監督です。
と、役所からも絶賛され、さらに恐縮しきりだった監督。最後に、本作を映画化するにあたり、監督は原作のどの部分に最も惹かれたのか、役所にはどのように伊上洪作を理解していたのかを聞いてみるとー
原田:僕が井上先生の自叙伝でもある原作「わが母の記」を面白いと感じた理由は、並行して「しろばんば」を読んでいたからだと思います。その中で、(曽祖父の妾である)おぬいばあちゃんに育てられた少年時代、それからお母さんが取り戻しに来たことなどが描かれているんですが、井上先生はその頃を回想して「おぬいばあちゃんが、5、6歳の頃の自分にとっての愛人だった」という言い方をしているんです。この母親とおぬいばあちゃんと伊上洪作少年の三角関係が面白いと思って、その部分を大事に「わが母の記」の向こうにある「しろばんば」を意識しながら脚本を書きました。最終的には『わが母の記』にはおぬいばあちゃんは登場していませんが、50回忌の法要のシーンの写真はご本人の写真なんです。それと、最後のシーンで彼女の写真がどこに飾られているかをよく見ていただくと、伊上洪作と彼女との関係とお母さんの思いを僕なりに表現したことをわかっていただけると思います。
役所:僕は伊上洪作は拗ねているんだと解釈していました。それを物書きとしてのエネルギーにしているわけですが、やはり書いたことについて母親に誉めてもらいたいんですよね。でもそれは、親からすれば子どもが拗ねて考えていることなんて、百も承知なんですよ。僕なんかも、伯母さんに可愛がられていて一緒に寝ていたんですが、母親はすぐ上の兄貴と寝ていたので、小さい頃はすごく焼きもちを焼いていましたから(笑)。だから、なんとなく伊上洪作の気持ちを理解しながら演じていました。
自身の思い出も含めて息子の母への思いを語ってくれた役所。本作は、家族だからこそ話せない、許せない、しかし、家族だからこそわかりあえると信じたい思い、そして樹木演じる母親が記憶を失いつつある中で、最後まで残っていた息子への思いの強さや老いや死を迎えても心に残る家族の結びつきの強さを感じられる感涙の物語だ。
(2012年4月27日更新)
●4月28日(土)より、大阪ステーションシティシネマほかにて公開
【公式サイト】
http://www.wagahaha.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/156240/