ホーム > インタビュー&レポート > 人気ゲームを成宮寛貴主演で映画化した『逆転裁判』 映画に込められた、監督ならではの日本映画界への思いも飛び出した 三池崇史監督インタビュー
シリーズ累計売上げが420万本以上に達する人気ゲーム『逆転裁判』を三池崇史監督が映画化した『逆転裁判』が、TOHOシネマズ梅田ほかにて公開中だ。主人公の弁護士、成歩堂龍一に成宮寛貴が扮し、そのライバルである検事、御剣怜侍を斎藤工が演じる。東映京都撮影所に大がかりな法廷のセットを建造して撮影されたダイナミックな映像は圧巻。ゲーム版でおなじみのセリフ「異議あり!」を盛り込みつつ、熱き法廷バトルが展開される。本作の公開にあたり、三池崇史監督が来阪した。
「異議あり!」という名台詞でおなじみの人気ゲームの映画化というデジタル感のあるイメージや、デジタルデータが空中に浮かぶという演出と、大がかりな法廷セットや大阪府庁でのロケ、成歩堂の弁護士事務所などというアナログ感溢れる場所や物が、見事に調和されているのが印象的な本作。近未来という設定ながら、アナログ的なものを数多く取り入れた意図はどこにあったのだろうか。
三池崇史監督(以下、三池):設定は近未来ですが、僕の中では古いものを大事に使っている世界というイメージでした。昭和っぽい感覚というか。この映画は、登場人物がこういう特殊な服装をしているので、それに合うものを考えたということと、もっと文明が進めば、きっと古いものを大切にしているんじゃないかと思ったんですよね。本当は異次元というか、同じ時代であっても少し違う、例えば、東京と青森だと同じ日本でも少し違いますよね、よく似てるけど。それぐらいの違いだと思うんですよ。でも、それって説明しにくいから近未来になっちゃうんじゃないですか(笑)。今じゃないらしい、みたいな(笑)。
そんな“今じゃないらしい”近未来の設定で作られた本作だが、ゲームの映画化という、さすがの三池監督も今回はあまり経験のない体験だったと思われるが、映像化のイマジネーションはどこから沸いてきたのだろうか。
三池:イマジネーションというよりも、ゲームに忠実に、ゲームをやっている時のプレイヤーの頭の中を映像化したイメージですね。ゲームだと「意義あり!」という台詞が字幕で出たり、スーパーインポーズされるんですよね。だから、視覚的に強烈に飛び込んでくるんです。それを映画でやってしまうと、漫画みたいになってしまうので、照明やデジタルデータの使い方にこだわるために広い法廷が必要だったんです。
その大法廷のセットは、出演者が口を揃えて「あのセットは圧巻だった」と話すように、法廷全体(壁4面)をセットとして作ってしまったそう。そこまで大がかりなセットを組むことは近年では極めて稀なことだが、監督はセットには、撮影で使用する以外にも、役者の心理状態などにもいい影響があると語る。
三池:役者たちがセットにどう入るのかって、けっこう重要なんです。東京だと、撮影する場所がビルの中なので、ビルに入って、エレベーターで上がって、メイクルームに入る。そこからスタジオに呼ばれて、廊下を歩いて重い扉を開けるとそこにセットがあるんです。撮影所だと、ホテルから車で来て門をくぐるのが、まるで遊園地に入るような感覚になるんですよ。そして、撮影所のメイクルームに行くと、大昔から色んな役者たちが座っていた場所でメイクをして、古い控え室で待って、呼ばれて、セットの間を歩いて移動してセットに入るんです。今回は、特にセットの構造上、法廷の扉を開けて入るしかなかったので、自分の衣装に扮装して扉を開けると、もう法廷の中でエキストラが中にいるんです。その法廷の1角が抜けてしまうと、そこから役者の気持ちが抜けてしまって、そこを自分で塞がなきゃいけなくなって、塞ぐためには嘘をついてしまうので、芝居に無理が出てくるんです。だから、法廷のセットに行くと成歩堂は、映画に協力する必要が何もなくなって、成歩堂だけを演じていればよくなるんです。そういう環境が『逆転裁判』という題材には必要だったんです。
撮影所での撮影とテレビ局のスタジオなどでの撮影では、そのような違いがあることに驚いたが、それは三池監督にとっても、役者と同じ感覚なのだろうか?
三池:そうですね。ただ、僕らは客観的に見る側なので、セットに出たり入ったりしていますが、そういう風に少し効率の悪いことをしている方が心地いいんですよ。それに、4面作ると(撮れない場所がなくなるので)役者がどこにでも動けるようになるんです。そうなった瞬間、余計な動きをする必要がなくなって、余計な芝居をしなくなるんです。美術というのは、そういう面でとても大切なものなんです。ここまでの大きいセットはなかなかないですが、僕はけっこうセット好きなので、無茶をして作ってますね(笑)。
そのように、セットに関しては三池監督の持論のもとに、凝りに凝ったものが毎回作られているようだが、逆にロケーションやキャスティングについてはほとんどが直感だそう。
三池:ロケーションの場合は色々探しても、結局直感です。そこに“あった”という感覚なので、考えて決めることはまずないですね。キャスティングも、オーディションでドアを開けて部屋に入ってきた瞬間に大体決まっています。キャスティングも“いた”という感覚なんです。今回の『逆転裁判』にしても、映画化が決まった時に成歩堂を成宮が演じることは決まっていたんですよ。直感を信じてないと、映画を撮ることを楽しめなくなっちゃうんですよね。
確かに、本作で成宮寛貴が演じた主人公・成歩堂はもちろん、斎藤工扮する天才検事・御剣や桐谷美玲演じる、成歩堂の上司・千尋の妹で、霊媒師の卵である綾里真宵など、ぴったりどころか、ゲームが出来た時から決まっていたかのようにはまったキャスティングとなっている。そんな中でひとりだけ博多弁で異彩を放っているのが、ロックバンド「シーナ&ザ・ロケッツ」のリーダーで、2008年に公開された『ジャージの二人』でも独特の存在感を放っていた鮎川誠だ。監督は、特に鮎川には並々ならぬ思い入れがあったようだ。
三池:いつか鮎川誠を映画に出したいと思って、3、4回は鮎川誠の名前をキャスティングに上げていたんですが、大体色んな事情で却下されてきたんですよ。もったいないですよね。何十年もかけてああいう独特のキャラクターを作り上げている人がいるのに、売れてるタレントばっかり使って(笑)。役者としての“もの”が違うし、ああいう時代にああいう生き方をしてきた人たちは独特に光ってますよね。自然な時の鮎川誠は特にいいので、編集上、本人が意図的に芝居をしているところを全部切ってるんです。だから、どんな職業の人でも演出家がちゃんとした人で、編集さえ間違わなければ誰でも名優になれるんです。そういうことを実験として僕らがやっておかないと、いつまでも売れてる人や人気のある人でしか映画が作れなくなる。そうすると映画は閉じていく産業になりますよね(笑)。だから、他のキャラクターはみんなゲームを踏襲しているんですが、鮎川さんだけが唯一ゲームと違うキャラクターなんです。言わば、鮎川さんは映画が送り込んだ刺客なんです(笑)。そうすることによって、他の役者たちが際立ってくるんです。
鮎川を起用した背景に、監督の日本映画界への懸念が隠されていたことに驚きながら、本作でしばしば見られる、逆光の中での撮影や成歩堂と御剣が面会室で向かい合うシーンでの横からの撮影、表情をアップにするカットの少なさなど、役者たちの表情から感情を読み取ることが容易ではない演出にも監督ならではの考え方が隠されていた。
三池:確かに、丁寧じゃないですよね。今は、わかりやすい映像ばかりを繋いでいる映画が多いから、日本の観客が映画から楽しみを引き出す能力が極端に落ちてきているんですよ。どんどん能力が落ちていく人に対して、映画もどんどんわかりやすくするから、そういう映画が増えていくんです。そんなの作っても面白くないじゃないですか。ヨーロッパで映画を上映すると何が面白いかって、観客が映画から何かをひき出そうとするパワーがすごいんですよ。それだけに面白くないものを作ると手厳しいんですが(笑)。向こうの人たちは、この映画が何を表現しているのかを読み取りに来ているんです。だから、どんなに控えめにやってもそれを敏感に感じて嗅ぎ取る。要するに、映画館は何かを盗みに行くところなんです。今の日本だと、映画館はお金を払ってぼんやりできて、誰かと共感できる場所なんです。本来、文化やアート、芸術であれば、意見が分かれるはずなのに、映画は、全国でたくさんのお客さんに入ってもらわないといけないので、宿命なのかもしれないですが、映画だけが流行っているから観に行って、同じところで共感して、他人と同じだということを証明する、自分はひとりじゃないんだという錯覚を起こさせるものになっているんです。本当は、私はここは好きだけどここは嫌いだとか、なんでここで泣くの、と思う人もいれば泣く人もいる、人と私は違うということを感じ取りにいく場所なんですよ。でも、僕らはお客さんを信頼しています。今はその能力を使っていないだけで、それはいつか覚醒するし、その方が絶対に映画を楽しむことができるんですから。
このインタビューの直前である1月末にもロッテルダム国際映画祭で『逆転裁判』が上映されるなど、様々な国の映画祭に参加している監督ならではの話が飛び出した。では、監督は常にそのことを意識して撮影に臨んでいるのだろうか。
三池:意識してしまうとガチガチになってしまうので、もっと単純なルールでくくることにしてるんです。例えば、成歩堂と御剣の面会室のシーンだとカメラは絶対に面会者側には入らないんです。本当だったら成歩堂の顔が見えた方がいいんですが、あっち側は、罪を犯したとされる人たちだけが入る場所であって、我々はそっちに入れないんです。だから、どうしても成歩堂の顔を見せたい時はギリギリまでガラスに寄って撮っていました。御剣と延々話をするシーンもあるんですが、そこも横顔ですし。ただ、唯一回想シーンで向こう側から撮ったカットはありますが。それは回想で、あっち側に入っていた方から思い出しているからなんです。セットだから自由にできるという考え方もあると思いますし、それを強調するつもりもないし、問われればそうだというだけなんですが、その分セットを解体しなくていいので、美術としては完全に作りこめるんですよ。物語に沿った自分たちの立ち位置はすごく重要だと思います。ただ、柔軟性は必要だと思うので、今回であれば法廷の中はどこにでも行けるし、好きなところに入れるようにしていましたね。
そこまでこだわり抜いて作られた本作だが、一方で法廷の中でのやりとりでデジタルデータが飛び出してきたり、様々なトリックはゲームのような演出となっている。トリックの演出には、どのように監督のこだわりが出ているのだろうか。
三池:ゲームをやっている人はだいたいトリックは知っているので、トリックを見せるというよりは、ちょっと都合のいい展開にはなっていますし、成歩堂もそんな顔をしているんですが、彼と一緒に楽しんでもらえればいいと思います。お客さんが、これは何の映画なんだろう? と考える感情をなくしてくれれば、自分で色々と探してくれると思うんです。だから、成歩堂が何かに気づく時もあんまりアップにはしてないんですよ。普通だと、アップにしたり目線を上げたりするんですが、そういうのはなしにしようと思ったんです。ただ、ちゃんと見ると、必ず彼は気づく演技をやってるんです。ものすごく小さくしか映っていない時でも。サイズ的にはアップじゃないと気づかないぐらいでも、何人かは気配に気づくんですよ。お客さんを信用してそういう演出をしています。
やはり、三池監督の中では、“お客さんを信用する”ということが根底にあるようだ。最後に、以前、『一命』の公開前に監督にインタビューさせていただいた時に、直前に公開されていた「『忍たま乱太郎』と『一命』は、全く違う作品だと言う人もいますが、僕の中では一緒なんです」と話していた三池監督。では、本作『逆転裁判』はどのように捉えているのだろうか。
三池:金星に知能を持った生物がいたとして、日本に来て『忍たま乱太郎』と『一命』を観たら、ただ映画だと思いますよね。時代劇と忍者だし、大して差はないですよ(笑)。逆に、蟻の集団を見て、僕らは蟻の個体差を識別できないじゃないですか。でも、彼らの中にはあるはずなんです。それに違いがあるという方がどうかしていて、もっと映画って幅があっていいと思うんですよ。自主制作映画が少なくなってきて、インディーズ映画でもぼこっと出てこないんですよね。暴力性というか力に欠けるんですよ。だから、日本は特殊な状況だと思いますね。色んな人が出てこないと色んな面白い映画が生まれないんですよ。そういう意味では、『逆転裁判』のテーマも、直近の2作とすごく似ているんです。僕が一番この映画で守らなきゃいけないと思ったところは、主人公は普通成長していくんですが、この映画の成歩堂があんまり変わらないところなんです。人間、そう変わるもんじゃないし、僕らは小さい頃から、親や社会から頑張って成長して何かが掴めるんだと、学習して成長することを促されている。それだと窮屈ですよ。頑張ってもダメな奴もいるんだし。ただ、成歩堂は逃げないんです。「俺が守ってみせる」って根拠なく言うし、守れていませんが、彼がそこにいることによって誰かが手助けをしたり、奇跡的なことが起きたりはしても、最後の最後は、彼自身ですよね。だから、映画の中の台詞で言ってはいませんが、変わらなくていいし、息詰まったり苦しくなった時にこの映画を観ると、よくわかんないけど楽になるんだよね、と思ってもらえると思うんです。このキャラクターはかなり特殊なんですよね。普通の映画の主人公は、“頑張って、努力して、何かを見つけ出して、成長して、解決する”ですから(笑)。
最後まで三池節が炸裂した、濃密なインタビューだった。“お客さんを信用する”という信念のもとに、隅々まで考え、こだわり抜いて作られた本作には、まだまだ監督の意思が隠されていそうな印象を受けた。6月には新作『愛と誠』の公開も待たれており、今後もどのような映画を私たちに届けてくれるのか、これからの三池監督の活躍からますます目が離せなくなりそうだ。
(2012年2月16日更新)
みいけ・たかし●1960年、大阪府生まれ。横浜放送映画専門学院を卒業後、今村昌平監督をはじめとする多くの名監督に師事し、1991年に『突風!ミニパト隊』で映画監督デビュー。1998年に、米『TIME』誌でこれから活躍が期待される非英語圏の監督としてジョン・ウーと並び10位に選出され、『殺し屋1』(2001)でクエンティン・タランティーノ監督に影響を与えるなど、国内外から注目を集める日本人監督のひとり。代表作に、『ゼブラーマン』(2004)『クローズZERO』(2007)『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』(2007)『十三人の刺客』(2010)『忍たま乱太郎』(2011)『一命』(2011)など。今年も『愛と誠』(6月18日公開)の公開が待たれるなど、高いクオリティと多作で話題を呼ぶ。
●TOHOシネマズ梅田ほかにて公開中
【公式サイト】
http://www.gyakutensaiban-movie.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/156870/