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女性ならではの感情を独特の目線で描いた傑作『不惑のアダージョ』
数々の映画祭で絶賛されている新鋭監督、井上都紀監督インタビュー

 ゆうばり国際映画祭2008のオフシアター部門でグランプリを受賞した『大地を叩く女』で高く評価された井上都紀監督の最新作『不惑のアダージョ』が、2月4日(土)よりテアトル梅田、3月3日(土)より神戸アートビレッジセンター、近日京都シネマにて公開される。性や恋愛、母と子、老いなど、女性たちが人生を生きていく中で直面するさまざまな思いを、四十歳の更年期に悩む修道女を主人公にして見つめていくヒューマン・ドラマ。主演を務めたミュージシャンの柴草玲が奏でる音楽にも注目してほしい作品だ。本作の公開にあたり、井上都紀監督が来阪した。

 

 若き日に神へ身を捧げ、静かで穏やかな日々を過ごしていたひとりのシスターが、ある日、バレエ教室のピアノ伴奏を引き受けたことで様々な人と出会い、人よりも早く更年期を迎えようとしていることも加わって変化していく、彼女の心や生活が描かれる本作。本作は、『大地を叩く女』がゆうばりファンタスティック映画祭でグランプリを受賞した副賞として制作されたのだが、このような題材を描こうと思ったきっかけとはどのようなものだったのだろうか。

 

監督:受賞して映画制作の道が開けたと同時に、映画制作の忙しい生活がこのままずっと続いていくのだろうかという思いが沸き上がってきて、自分が今まで後回しにしていた女性性への不安が思いがけず一気に出てきたんです。それで、自分が選択して生きてきたのに矛盾を感じることって、どの人にでも当てはまるんじゃないかと感じて、更年期という題材を描いてみようと思ったんです。この題材は今まで描かれたこともないですし、自分が女性でこれから更年期を迎えるにあたって、敢えて描いておきたかったんです。

 

 監督自ら「敢えて描いておきたかった」という更年期という題材だが、20代なら20代なりの、30代なら30代なり、40代なら40代なり、年代や人それぞれによって感じることも受け止め方も違うこの題材を描くに当たって、監督が意識したことはどのようなことだったのだろう。

 

監督:更年期を描くことは、パンドラの箱を開けるような感覚にもなりました。ただ、誰も触らないようにしている場所だからこそ、女性である私が優しさと厳しさを持って描くことで、救い上げたかったという気持ちはありました。更年期って自分の母性と、どう向かい合って折り合いをつけるかが一番大事なところだと思うんです。たぶん、家族に囲まれていても独身でも既婚者でも、自分の痛みって人には理解されにくいものだし、更年期はひとりで受け入れなきゃいけないことで、誰しもが孤独を感じる瞬間なんじゃないかと思ったんです。だから、主人公が受け入れる瞬間を描くことはすごく大事にしていました。絶対に誰しもがぶちあたることだから、自分も怖いですし、リミットを考えずに後回しにしてごまかしごまかしていたので、そういうことへの戒めや警告の意味も込めていましたし、更年期を迎えることへの不安を感じながら作っているところはありましたね。映画の最初と最後にお赤飯が出てくるのですが、この映画を観た年輩の方に「あれは、もう半分の人生が始まることのお祝いの意味もあるよ」と言われて、そういう見方もあるんだと気づかされました。でも、作っていても辛かったですし、自分にとって痛い作品だし、自分に響く作品を作ってしまいましたね。

 

 そんな深い意味の込められたお赤飯や、季節をあえて秋で描いたこと、そしてお米を研ぐシーンや毎朝鏡を見るシーンなど、日常の些細なことが描かれるちょっとしたシーンにも監督は様々な意味を込めている。また、シーンの合間合間に挟まれる風景描写も、ちょうどいい間となっているように感じるなど、すごく丁寧に物語が紡がれている。

 

監督:日常の動作をきちんと描くことは、私が映画を作る上ですごく大事にしていることです。米を研ぐシーンにしても、(前作での)肉を叩くシーンにしても、同じ日常の繰り返しを表現するために、映画の中に入れています。日常の動作ってすごく大事で、そこから心の移り変わりが見えやすくなると思うんです。基本的にこの2作品とも、主人公が音楽を演奏することに意味があるので、無駄な音楽は入れられなくて、意味のある音楽しか入れられないんです。だから、日常の音が日々のBGMになってくるので、日常の音で表現できることは大切にしていました。また、この映画は主人公のシスターの心の動きの話でもあるので、最初から最後まで彼女しか出ていないに等しいんです。ひとりしか出ないという映画の中で、(主人公のシスターを演じた)柴草さんは透明感があるので、あまり重たくも暑苦しくもなく進んでいくんですが、やはり存在感はあるので日常の間を表現するために風景描写を入れていました。

 

 監督が語るように、主人公のシスターを演じているミュージシャンの柴草玲の持つ透明感と淡い存在感は何者にも変えがたいものがある。監督の前作『大地を叩く女』にも柴草は出演しているのだが、監督は最初から彼女に出演してもらうつもりで本作の脚本を書いたのだろうか。

 

監督:柴草さんには前作にも出ていただいて、音楽にも携わっていただいていたんですが、彼女がちょうど40歳を迎えるので、今の彼女を描いておきたいと思って書きました。彼女は、佇まいに味がある美しい人ですよね。

 

 柴草が演じるシスターは、最初は表情も乏しく、感情も全く表現することはない。しかし、バレエ教室で活き活きと踊るバレリーナの姿を見たり、教会を訪れる人々の話を聞くうちにどんどん表情が変化していく。監督は、表情で感情を表現することにかなりこだわっていたようだがー

 

監督:柴草さんのメイクはすごく緻密にしていましたね。メイクさんには、シーンごとに細かく順序をつけてもらって、だんだんベールから髪の毛が出ていますし、メイクもだんだん艶っぽくなるようにしてもらっていました。映画の中でシスターが白ユリの花粉を取るシーンがあるんですが、白ユリってマリア様の象徴なんです。最初は単純に、服が汚れないように花粉を取っていたんですが、世間の話を耳にして変化しつつある彼女が花粉を取ると意味が変わってきますよね。そして、最後のシーンでは花粉が付いたままになっているんですが、それは彼女なりの心の変化というか、動物は自然であれという私のメッセージでもあるんです。気づかない方も多いとは思いますが、女性だったら観ているだけで自分を重ね合わせながら、自分の想像力でご覧になるだろうなと思っていたので、あえて余計な描写はしませんでした。だから、観る方の想像力で柴草さんの表情が変化して見える部分もあると思います。

 

 監督による、細部にまでわたった繊細な演出に加え、普通のOLや主婦ではなく、シスターの更年期を描いていることによって、主人公の心の襞が、さらに観客の胸に素直に届いてくるのではないだろうか。では、主人公をシスターにした理由とは?

 

監督:この映画は、あえて更年期とシスターというふたつのタブーを描いた作品なんですよね。この映画を作る前に、設定をどうしようかと悩んでいた時に、初めて街中でシスターをお見かけしたんですが、その方が、カラフルな現代の街中にモノクロのコスチュームに身を包んで、清らかに目を見据えて歩いてらっしゃったんです。それが印象に残ったこともありますし、世間とか欲から一線を引いたシスターだからこそ、身体の規律が途切れた時の心のふり幅が大きいんじゃないかと思って、観る方も想像しやすいと思ったんです。後は、普通に生きている女性でも、気づかないうちに自分をがんじがらめにして生きているところはあると思うので、そういう意味でシスターはもっと規律があるので、規律の象徴になるんじゃないかと。それと、最終的に彼女が子どもを授かることはなかったけれども、シスターはみんなの母親でもあるので、そこにも意味があると思ったんです。

 

 そのように、季節や日常生活、そして主人公の表情まで些細なことにまでこだわって演出している井上監督が、一番大事に描いたのが主人公のシスターが教会でオルガンを弾く最初と最後のシーンだ。

 

監督:最初と最後に彼女がオルガンで賛美歌を弾いているんですが、最初は彼女にとって音楽ではなかったんです。でも、外の世界に触れてダンサーの躍動感や、色んな人と触れ合うことで音楽を楽しむことに初めて気づいて、音楽以外のことについても知りたいという欲が出てくることが一番大事なところなんです。自分を知りたいと思って彼女が動いて、そこで音楽を知ることが自分を知ることに繋がっていくんです。だから、オルガンを弾くシーンにしても、最初と最後で全く表情が違って見えるはずなんです。

 

 インタビューをとおして監督が語ってくれたように、本作は細部にわたって緻密に演出されている。それは、注意深く見なければならないのではなく、台詞も少なく日常の音が多いからこそ、主人公の心の動きが自然と私たちに伝わってくる演出なのだ。それが、犬童一心監督をはじめ、想田和弘監督や横浜聡子監督ら、錚々たる映画監督からも高い評価を受ける要因だろう。そして、同じように緻密に演出されながらも、本作とは動と静という対極にあるように感じる前作『大地を叩く女』の併映も予定されているので、ぜひ観比べてみることをおすすめします!




(2012年2月 3日更新)


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井上都紀監督

Profile

いのうえ・つき●1974年、京都府生まれ。ニューシネマワークショップにて映画制作を学び、短編『大地を叩く女』(2007)でゆうばりファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。その後もドバイ国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭ほか数多くの映画祭で上映され、高い評価を受ける。本作『不惑のアダージョ』が2作目の作品となる、次回作が待ち望まれる新鋭女性監督。

Movie Data

(C) 2009 Autumn Adagio Film Committee

『不惑のアダージョ』

●2月4日(土)より、テアトル梅田にて公開
●3月3日(土)より、
神戸アートビレッジセンターにて公開
●近日、京都シネマにて公開

【公式サイト】
http://www.gocinema.jp/autumnadagio/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/25963/


Event Data

テアトル梅田での井上監督によるティーチ・インの情報はコチラ!
http://www.ttcg.jp/theatre_umeda/topics/detail/11643

【日時】2月4日(土)・5日(日) 15:50の回上映後
【劇場】テアトル梅田
【登壇者】井上都紀監督
※料金などの詳細は劇場HPをご確認ください。