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山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリに
2度も輝いた気鋭ワン・ビン監督による初の劇映画
『無言歌』ワン・ビン監督インタビュー

 『鉄西区』と『鳳鳴―中国の記憶』で山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリに2度輝く気鋭のドキュメンタリー作家、ワン・ビン監督が初の劇映画に挑んだ『無言歌』がテアトル梅田にて公開中、1月7日(土)より第七藝術劇場、京都シネマにて上映、その後1月14日(土)より神戸アートビレッジセンターでも公開される。文化大革命前の中国の隠された悲劇である“反右派闘争”にスポットを当て、人間の尊厳について大きな問いを投げかける。世界映画の最先端を行く才人と絶賛される気鋭ワン・ビン監督の手腕に注目が集まる。本作の公開にあたり、ワン・ビン監督が来阪した。

 

 1960年の中国を舞台にした本作は、次々と強制的に砂漠の収容所に送り込まれる反体制の右派とされた人々の姿を映し出す。そこで待ち構えていたのは、食料とも呼べないような代物の粥をすすりながらの、終わりのない強制労働をさせられる日々だった。囚われた男たちは次第に生きる希望を失い、何十人、何百人もの人が亡くなっていく……。1967年生まれで44歳のワン・ビン監督が、なぜ反右派闘争という、自身が生まれる前に起きた事件を題材にした映画を撮ろうと思ったのだろうか。

 

監督:この映画を撮ろうと思った決定的な動機は、ヤン・シエンホイさんが書かれた小説『告別夾辺溝』を読んだことでした。その小説に書かれていた様々な人物の運命、そして物語に大変な感動を覚えました。この映画の準備を始めてからは、収容所の事件についての様々な資料を集めて、数多くの人にインタビューをしました。主に、この収容所で生き残った人たち、その家族、そして収容所で働いていたスタッフの人たち、そういう方たちのインタビューを通じて、より具体的に当時の事件を知ることができました。

 

 そんな数多くの人へのインタビューによって、本作はとてもリアルに、収容所とも言えないような砂漠の中の洞窟での囚われた男たちの日々を映し出している。では、インタビューをすることに思い至った経緯とはどのようなものだったのだろうか。

 

監督:この小説は19の短編からできているので、その19の短編をどのように映画にするかということをまず考えました。様々な角度から考えた末に、収容所に送られた人たちの3年の月日のうち、最後の3ヶ月の物語を描くという結論に達しました。最後というのは、収容所に行った方たちが“明水”というところに移された後、開放されるまでの3ヶ月なんです。そうなると、小説の中のディテイルだけでは足りないことが多かったので、足りない部分を調べてインタビューをする必要性が出てきたんです。そして、インタビューによって様々なことが明るみに出たうえに、新たな資料を手にすることもできました。例えば、“明水”に着いたばかりの頃の写真や、右派の方たちが家族に宛てて書いた手紙などでした。

 

 では、新たな資料をも手にすることとなったそのインタビューが本作にどのような影響を与えたのだろうか。

 

監督:これは50年前の出来事なので、多くの人は鮮明に覚えているわけではありません。インタビューする中で最も注意をはらったことは、何を忘れていないのか、そして何が彼らにとって強い記憶として残っているかを聞き出すことです。彼らから、最も強烈な印象を取り出すことによって、この映画のスタイルが出来上がるんじゃないかと思ったからです。だからこそ、歴史映画にあるような、ひとりの人の人生を語るものではなく、この映画では様々な人の記憶の断片や、たくさんの人の体験を重ね合わせて物語を構成していくスタイルにしました。非常に重要なのはこの映画のラストシーンです。インタビュー中に、ある人が突然自分の感情を制御できないような雰囲気で私に語りはじめて、「初めて死体を埋めた時の感覚が君にわかるか」と言ったんです。当時、死体を埋める役目を担っていたその人が、亡くなった人を裸体のまま谷に運んで埋めようとした時に突如鳥の声が聞こえたそうです。その鳥の声を聞いて、自分たちが運んでいるのは人なんだと強く意識したそうで、今でも残っている強烈な印象だと語ってくれました。

 

 監督は、歴史映画ではないと語っているが、しかし本作は中国のあるひとつの時代の苦難の歴史をリアルに映し出している。今この時代にこのような苦難の時代を描いた映画を製作した監督の意図はどこにあるのだろうか。

 

監督:新中国が建設されてから60年が経ちましたが、この60年間を前期の30年、後期の30年に分けることができると思います。最初の30年は非常に政治的な時代でした。その当時は、物資も欠乏していましたし、人々の生活も楽ではありませんでした。一方、後半の30年は経済の時代だと言えます。人々の生活も政治的な締め付けもなくなり、穏やかになっています。最初の30年の間に小説や映画という様々な芸術作品の中で、当時の状況をリアルに表現することはできませんでした。まだ時代がその最中にあったからです。それに比べると今の時代は、完全な自由ではありませんが、一定の自由が補償されているので、その自由を大いに利用して、当時は描くことができなかった過去のことを描いたんです。しかし、この映画は政治問題を正面から扱った映画でもないですし、政治的な映画でもありません。中国で起きたある政治闘争を扱った映画であって、これは私が自分の観点で歴史を見ただけで、ひとりの人間の観点にすぎません。そして当時の反右派闘争の時代に生きた過去の人たちの、苦難の歴史や苦難に満ちた生活をどのように見つめるかという、歴史的な観点を描いたにすぎないのです。

 

 今までも『鉄西区』に代表されるように、中国ではタブーとされる題材のドキュメンタリー映画を作り、本作でも苦難の歴史を経てきた中国を描ききったワン・ビン監督だが、母国である中国では、本作が描いた反右派闘争はどのように受け止められているのだろうか。

 

監督:原作となった小説が出版される時も多くの苦難があったそうです。この小説は短編を集めた本なんですが、短編集として一挙に発表されたのではなくて、ひとつずつ短編を書いて、文学雑誌に発表していくという方法を取っていたんです。そして、全ての短編を集めて出版したら発禁になりました。この映画に出資してくれているのは、香港とフランスとベルギーという3つの国の会社です。中国の制作会社は入っていませんし、そういう状況から考えても、中国の映画館で公開されることはあり得ません。その反面、中国で公開されることを念頭に置いていないので、自由度がかなり高まりました。制限を受けることなく自由に撮ることができました。反右派闘争について中国政府は、70年代末から80年代初頭にかけて歴史的な結論を出しました。それは、反右派闘争は拡大化されすぎたというものでした。しかし、反右派闘争について全面的な否定はしていません。中国政府は、この反右派闘争を何らかの芸術的な形式で描くことは完全に禁止はしないが、あまり歓迎はしないという態度をとっています。

 

 中国ではそのように反右派闘争が受け止められている背景があり、中国国内では決して上映されることのない本作だが、監督には母国・中国でこそ観てもらいたいという思いがあるのではないだろうか。

 

監督:私の最初の作品である『鉄西区』以降、国内の映画館で私の作品は公式に上映されたことはありません。この『無言歌』も国内の映画館で上映されることはないんですが、そういう状況をどうしても変えなければいけないとは私自身は考えていません。その理由には、インターネットの時代に入ってマスメディアの様々な状況が大きく変わってきていることが上げられます。『鉄西区』にしても、海賊版の売れ行きがよかったそうですし、様々な方法によって、多くの中国人が私の作品を観てくれています。『鉄西区』のDVDにしても、正規のDVDよりもよく売れたと聞いていますし、この『無言歌』もフランスのテレビ局で上映されたものがDVDにコピーされて、海賊版として出回っていて、これも売れ行きがとてもいいと聞いています(笑)。映画にとっては数多くの観客が観てくれているのはいいことだと思います(笑)。

 

 と、屈託なく答えてくれた監督。最後に、この映画では音楽とも思える使い方をされている風の音について、そして一切音楽を使わなかったことについて聞いてみるとー

 

監督:音というのは映画の中でとても重要な要素ですし、音楽を入れるとすごく美しい雰囲気になるんですが、それは必ずしもこの映画の雰囲気に合わないんじゃないかと思いました。そこで、音楽に代わるものとして風の音を入れました。風の音といっても1種類ではなく、かなり高い天空で吹く風、近距離で吹く風など、距離によっても高さによっても風の音は違うので、様々な場所や高さで吹く風を適所で入れました。だから、この映画は風の音の中で始まって風の音で終わっているんです。

 

 淡々と質問に答えてくれる中にも、映画への熱い思いがにじみ出ているように感じられるインタビューだった。歴史に抗うこともできなかった無名の民の姿を映し出し、中国ではタブーとされている反右派闘争による収容所での悲劇を描ききったワン・ビン監督。様々な風の音や自然光の中での撮影など、自然を生かした映像だからこそ、激しい風が鳴く音が涙にむせび泣く人の声に聞こえるように、映し出される映像全てが私たちの胸に迫ってくる秀作だ。




(2011年12月27日更新)


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ワン・ビン監督

Movie Data


(C)2010 WIL PRODUCTIONS LES FILMS DE L’ETRANGER and ENTRE CHIEN ET LOUP

『無言歌』

●テアトル梅田にて上映中
●1月7日(土)より、
第七藝術劇場、京都シネマにて公開
●1月14日(土)より、
神戸アートビレッジセンターにて公開

【公式サイト】
http://www.mugonka.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/157494/