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チェルノブイリ原発事故の爪跡に苦しむ一家の姿を描く
『カリーナの林檎~チェルノブイリの森~』
今関あきよし監督インタビュー

 チェルノブイリ原発事故の爪痕が残る隣国のベラルーシを舞台に描く家族ドラマ『カリーナの林檎~チェルノブイリの森~』が梅田ガーデンシネマにて公開中、その後神戸アートビレッジセンター、京都みなみ会館でも公開される。綿密な現地取材を基に、ひとりの少女を取り巻く生活を通して、ある家族を突然襲った悲劇が語られる。原発事故後、ベラルーシで実際に起き、今もまだ続いている事実を伝えるとともに、その問題点について深く言及した1本だ。原発事故から25年たった今も悲劇はまだ終わらないことを体感させられる。本作の公開にあたり、今関あきよし監督が来阪した。

 

 今関あきよし監督と言えば、富田靖子主演の『アイコ十六歳』(1983)や、モーニング娘。が出演した『モーニング刑事。抱いてHOLD ON ME』など、女性アイドルが出演する作品を数多く手がけてきた監督だ。しかし本作は、チェルノブイリ原発事故を題材にした人間ドラマで、今までの作品とはカラーが違うように思える。

 

監督:2003年にチェルノブイリのことをたまたまラジオで聞いて、あれだけ大きな事故があったのに、こんなにも早く忘れられることに驚いて調べてみたら、まだ被害が続いていることにショックを受けたんです。その割には日本にその情報は全然伝わってないし、本国はどうなんだろうと思って、だんだん映画が作りたくなっていきました。当時は僕の中に社会派になろうという意識はなくて、日本でアイドル映画を撮ってきた延長線上で、海外のロシアで女の子を追って、その背景に原発の問題が存在しているという感覚で、存在感として原発は2番手だったんです。当時はもう日本でも風化してたんですよね。ましてや本国で取材しても風化しつつあって、日本で戦争のことが終戦記念日にしかニュースにならないのと同じで、チェルノブイリも1年に1回だけ事故があった日に新聞やニュースに出るぐらいなんです。

 

 そのようにして、映画化へ向けて動き出した今関監督。だが、チェルノブイリの原発事故の実態を伝える映画はドキュメントとして既に数多く作られている中で、本作は、あえて家族ドラマとして描かれている。

 

監督:日本でも海外でもチェルノブイリの映像は、ほとんどドキュメンタリーなんです。有名な作品もたくさん存在していますし、ドキュメンタリー畑の方とは視点や捉え方も全く違うし、ドキュメンタリーのプロには敵わないと思ったんです。だから、僕の得意な分野でやることにしました。でも、考えてみれば、異国でドキュメンタリーを作るよりも劇映画を作る方がはるかに大変なんです。それでも、難しそうだと思うと同時にやりたくなるんですよね。それまでの僕は、アイドル映画など、ある程度お膳立てされたものを作っていたんですが、今回はゼロから作ることができるのかという自分へのチャレンジもありました。

 

 しかし、2003年に撮影し、翌2004年には完成していた本作も、その当時は劇場公開にこぎつけることは難しく、今年2011年がチェルノブイリ原発事故から25年を迎えることで、ようやく昨年から公開準備に入り、今年の公開も決まり、ちらしの作成などに入っていたところに3月11日の東日本大震災を迎えた。

 

監督:今年がチェルノブイリの事故から25周年なので、それをきっかけに公開するしかないと思って去年から動いていました。ちらしを作ったりしている矢先に3.11の東日本大震災が起こって、ちらしの裏のコメントを差し替えました。公開することに対して否定的な声もあったんですが、もうやると決めていたので誤解があってもいいと思って、公開を決めました。そのかわり映画の尺を少し短くしたり、映画の出だしとラストには、昨年撮った最新のチェルノブイリ原発の映像を入れたりしています。ただ、僕の気持ちは“チェルノブイリを忘れない”ということがベースだったので、福島には4月1日に取材に行って、撮影もしていますが、嫌がおうにも福島のことをだぶらせて観られると思うので、自分たちで考えてもらいたいと思ったので、福島の映像は入れませんでした。

 

 たしかに、福島の映像は入っていないものの、2003年、2007年、昨年と3度もチェルノブイリを訪れて撮影された、実際のチェルノブイリ原発やその周辺のものものしい警備などの映像からは“今”のチェルノブイリの実態を知ることができる。

 

監督:実際にチェルノブイリの近辺に行って、ガイガーカウンターで計測してみると、30年ぐらいでセシウムは半減すると言われていますが、半減してないんです、現実には。実験室では半減するのかもしれませんが、自然界では半減していないんです。また、カーボンで建物を覆う計画も2003年からやると言っているのに昨年行った時でも骨組みが2本しか立っていないですし、絶望的な気分になりますよね。また、3回とも近辺の病院をまわっているんですが、お医者さんたちは原発事故との因果関係があるとは断定していないものの、甲状腺ガンが増えたというデータはもちろんあります。去年聞いたところでは、消化器系の病気と目の病気が増えてきているとおっしゃっていました。

 

 そして、そんな取材をとおして生まれたのが本作の物語だ。チェルノブイリ事故のあったウクライナの隣国、ベラルーシに住む少女のカリーナは、事故後、放射能汚染の影響で母親が発病し、父親が出稼ぎに出たことから彼女は祖母と暮らし始めることに。ところが少しして祖母もまた発病、さらにカリーナ自身も病魔に襲われてしまう…。

 

監督:ロシアへ取材に行って感じたことは、放射能の問題よりも、家族がバラバラになるという、子どもにとって直接的な被害が続いていることです。放射能は見えないので、言い方は悪いですが、見えなきゃ見えないで仕方ないという諦めがどこかであるんですが、家族がバラバラになっている状態は、一番の弱者である子どもに多大な影響を与えるので、それが一番この映画の核になりました。

 

 そんな本作では、前半部分はベラルーシの小さな村で大好きなおばあちゃんと暮らすカリーナが、元気に森を走り回る姿や、綺麗な湖や森などの美しい風景が描かれ、これがチェルノブイリ原発の影響がある地域だとは思えないほど。しかし、後半は都会ミンスクへと引っ越したカリーナのどんよりした、グレーがかった風景に包まれたような生活が描かれ、全く違う映画になったかのように現実へと引き戻されるのだ。

 

監督:目に見えて走り回って元気なカリーナがいて、カリーナが暮らす村の風景も美しいのに汚染されているということがショックなことなので、おどろおどろしく描くよりは全体的に綺麗に描こうというのは映画の狙いでした。特に前半は、カリーナが犬と遊んだり、おばあちゃんと遊んだり、ということをメインにして、なるべく“動”の動きを取り入れたうえで青い空や湖を映して、後半は“静”で、どんどんグレーになっていくような流れを作って、カリーナに感情移入してもらえるように意識していました。

 

 監督の狙いどおり、この映画を観た後では、キュートなカリーナの演技に魅了され、気がつけば「なぜカリーナが病気になってしまうのか…」という思いを抱いてしまう。そんなカリーナ役を演じたナスチャ・セリョギナは、全く演技経験がなかったそう。

 

監督:この子は、全く演技経験のない普通の子なんです。ベラルーシで何回もオーディションをしたんですが、イメージするような子が見つからなかくて、モスクワでオーディションをして彼女に出会ったんです。最初は、ベラルーシでの撮影なのでロシアの子を起用したくはなかったんですが、この子は順応性が高いというか好奇心旺盛だし、一番ナチュラルで度胸がありました。プロの子役はうまいんだけど、自己PRが強すぎてちょっとうんざりしてしまって。でも、ほんとはこのポスターの写真みたいにセンチメンタルで大人しい子じゃないんですよ。元気はつらつな子なので、このスチール写真を撮るのも大変だったんですから(笑)。

 

 監督が語るように、現実を知らしめるドキュメンタリーではなく、あえてカリーナという可愛い少女を主人公にしたドラマでチェルノブイリ原発事故によってもたらされた悲劇が描かれることで、より一層“チェルノブイリを忘れない”という監督のメッセージが私たちの心に響く人間ドラマとなっている。 




(2011年11月24日更新)


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今関あきよし監督

Movie Data


(C)2011カリーナプロジェクト

『カリーナの林檎~チェルノブイリの森~』

●梅田ガーデンシネマにて上映中
●12月10日(土)より、
神戸アートビレッジセンターにて公開
●12月17日(土)より、京都みなみ会館にて公開

【公式サイト】
http://kalina-movie.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/157442/