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父親を亡くした喪失感と
とことん付き合って完成したドキュメンタリーの傑作
『エンディングノート』砂田麻美監督インタビュー

 高度経済成長期に熱血営業マンとして駆け抜けたサラリーマンが、定年退職後間もなくガン宣告を受けるも病と真正面から向き合い、最期の日まで前向きに生きる姿を、実の娘である監督が映したドキュメンタリー『エンディングノート』が10月1日(土)より梅田ガーデンシネマほかにて公開される。「孫と全力で遊ぶ」「葬式のシミュレーション」など、“段取り命”で会社人生を送ってきた父親らしい余命の過ごし方が微笑ましくも感動を誘う本作の公開にあたり、砂田麻美監督が来阪した。

 

 主人公の熱血サラリーマン・砂田知昭は67歳で退職し、第二の人生を歩もうとするも、定期健診で胃ガンが発覚、すでにステージ4という末期の状態だった。そこで彼は、人生最後の“段取り”を課題に、“エンディングノート”なるものの作成に取り掛かかる。そこから最期をむかえるまでの軌跡を映した本作を監督したのが、実の娘であることにまず驚く人は多いだろう。まずはこの映画を作ろう、撮ろうと思った経緯について聞いてみるとー

 

エンディング_監督photo.jpg監督:撮っている段階ではホームビデオの延長という気持ちもありましたし、それまでもずっとポイントポイントで父親のことを追っていたので、癌がわかってからも、最期までカメラを向けるべきなんじゃないかと思っていました。でも、最終的に、亡くなった後に1本の映画にするための1番大きなモチベーションになったのは、あまりに大きい喪失感をどうにかしたい、という気持ちでしたね。

 

  「あまりに大きい喪失感をどうにかしたいと思った」と語る監督だが、この映画を作ったことで、とことんまでその“喪失感”に付き合い、監督の感情が変化したのはもちろん、新たに気づいたこともあったよう。 

 

 

監督 :毎日生活していると、特に希望を掲げて生きているわけではないと思うんです。今週末の予定や来月の旅行など、自分なりに何かモチベーションを設定して前へ進んでるんですよね。私も当然そういう風に生活していたんですが、父親が亡くなってから、ちょっとした楽しみを持つという感情がなくなってしまったんです。そういう感覚がなくなって初めて、人間って希望を持って生きてるんだな、と感じたんです。単純に父親がいなくて寂しいというだけの感情だったら、じたばたしなかったと思うんです。普通に生活できていたし、人前で泣いてしまうこともなかったし、普通に元気なのに、そういう基本的なところがなくなっていたので、そういう状態で自然に編集機の前にいました。だから、自分が失ったものに対して嫌だというほどとことん付き合ったので、時間が解決したところもあると思います。

 

 そのように、監督が“嫌だというほどとことん付き合った”ことのひとつに、監督自身が務めたナレーションがあるのだろう。監督による、父親の目線で語られるナレーションには、オープンニングから惹きつけられてしまうのではないだろうか。 

 

監督 :ナレーションは元々男の人に読んでもらおうと思っていて、そういう前提で話が進んでいたんですが、当初予定していた方が難しくなってしまって。そして、死んだ人間のことを生きている人間が勝手に語るということに対するタブーを、ちゃんと作り手が自覚しているべきだと、(プロデューサーの)是枝さんに言われていましたし、私自身も思っていたので、なんとかそれをナレーションで解決したいとずっと考えていたんです。その時に「砂田が読めばいいんじゃないか」と是枝さんに言われて。そうでなくても家族の話ですから、私としてはセリフドキュメンタリーから少しでも離したいと思って作っていたので、自分が読むと究極(のセルフドキュメンタリー)になってしまうので、本当に嫌でした。でも、一方で責任を取るという意味では、同じ家族の一員である私がちゃんと最後まで下から支えるべきじゃないのかと思いましたし、女の人が読んでいる時点で嘘ですから、その嘘を最初から物語を観ている人と共有するということが、ある種の責任の取り方になるんじゃないかと思って、腹をくくりました。たしかに父親は私にとってはいい父親でしたけど、それを(お客さんと)共有したいと思っているわけじゃないんですよね。父親はただの普通のおじさんなので、そのおじさんをひとりのキャラクターとして作りこんで、みんなのお父さんであるかのように思ってもらわないといけないし、嘘になってはいけないけど、そこをちゃんと見せなきゃいけないと思ったんです。そのために必要なのが、ユーモアや客観性だと思ったので、最初の段階から「その時父は~」のような三人称ではなくて、「私は」という一人称で語ろうというのは決めていました。

 

 そんな絶妙のアドバイスを監督に与えてくれたのが、『誰も知らない』や『歩いても歩いても』で知られる是枝裕和監督だ。砂田監督は、是枝監督のドキュメンタリーに感銘を受け、『歩いても 歩いても』や『空気人形』で是枝監督の監督助手を務めていた。だからこそ、是枝監督に初めて見せる時は、監督もすごく緊張したそうだが… 

 

監督 :最初に見せた後はとても長い沈黙だったんです。ほんとに尋常じゃない沈黙だったので、いたたまれなくなって、1回外に出ちゃいました(笑)。本当は戻りたくなかったんですが、そんなわけにもいかないので、戻ってみたら「面白かった。いいんじゃない」という感じでした。でも、誉めることがまずない方なので、良かったと思いました(笑)。

 

 めったに誉めない是枝監督が遠まわしとはいえ、誉めたように、本作は娘が父親を映したセリフキュメンタリーであるにもかかわらず、徹底的に客観的で、適度にユーモアもある、珠玉のドキュメンタリーに仕上がっている。最後に、そんな本作の主人公であり監督の父親である砂田知昭さんについて、完成した映画を観た後で感じたことを聞いてみた。

 

監督:父親は、エンターテイナーだったんだな、と思いました。カメラを向けた時に、これが映画になるなんてわかってないのに、何かちょっとひと言面白いことを言ったり、人のことを楽しませようとするところが、私とは全く職業は違うんですが、相手に「楽しんで帰ってほしい」と思うところは似ていると感じました。

 

気持ちを込めて、言葉を選びながら語ってくれる監督の姿が印象的だった。砂田監督が、とことんまで父親の喪失感と付き合い、とことんまで客観性を研ぎ澄ませて完成した、セルフドキュメンタリーの傑作だ。




(2011年9月30日更新)


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Movie Data



(C) 2011「エンディングノート」製作委員会

『エンディングノート』

●10月1日(土)より、梅田ガーデンシネマほかにて公開

【公式サイト】
http://www.ending-note.com/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/156387/