ホーム > インタビュー&レポート > 「ドキュメンタリーの神様が降りてきて、 撮らされたような気がしてるんです」 『Peace』想田和弘監督インタビュー
『精神』『選挙』の想田和弘監督が提唱する、台本や事前リサーチ、ナレーション、音楽を用いない独自の手法で撮った“観察映画”の番外編『Peace』が大阪・十三の第七藝術劇場で公開中、8月20日(土)より神戸アートビレッジセンターで公開される。韓国の映画祭から「平和と共存」をテーマにした作品を依頼された同監督が、『精神』と同じ岡山で暮らす人々や猫たちの何気ない日常にカメラを向け、平和と共存のヒントを探っていく。香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した秀作だ。本作の公開にあたり、想田和弘監督が来阪した。
“観察映画”という独自の手法を用いた『精神』や『選挙』で国内外から高い評価を受ける想田和弘監督。まずは、基本的な“観察映画”という手法について聞いてみるとー
監督:僕の中での観察映画というのは、ドキュメンタリーの原点に帰る試みだと思っているんです。そのために僕は、台本を作らない、取材対象に対するリサーチをしない、行き当たりばったりでどんどん回して成り行きに任せて身を委ねる、その過程でできたもの、見えてきたものを映画にしていくようにしています。そんなこと、ドキュメンタリーだったら当たり前だと思われるかもしれませんが、最近のドキュメンタリーはリサーチもするし、構成表という台本を書いて、その台本どおりに撮っていくというのが最近の手法なんです。
実際にテレビ局でドキュメンタリーを撮っていた想田監督は、“台本を書く”ということがドキュメンタリーを撮る上で最も悪いことだと語る。監督自身、過去にはジレンマを抱えながらドキュメンタリーを撮っていたこともあるそうだ。
監督 :台本を用意していても、必ず現実の方がめちゃくちゃ面白いんです(笑)。でも、そこで台本を変更できないので、結局現実を台本に合わせて撮ることになるんです。作り手自身も自分で台本を書いてしまうと、その視点でしか現実を見れなくなってしまう。結論先にありき、予定調和ということがドキュメンタリー界にはびこっている悪弊だと僕は思っているんです。頭をからっぽにして、とにかく撮る。そこから何が見えてくるのか。ドキュメンタリーとは本来そういうものですよね。偶然性に身を委ねると、偶然面白くなるかもしれないし、偶然つまらなくなるかもしれない。そのリスクがなかなか引き受けられないんです。でも、僕はリスクを取りたいし、偶然面白くなることを期待してるんです。だいたい自分で書いた台本なんて陳腐なんです(笑)。頭で考えられることですから。この観察映画の手法でやっていると、自分の想像を上回ることが常に起きていて、自分の能力を越えたものを撮れるんです。そもそもドキュメンタリーの魅力はそこにあるはずなんです。
実際、監督の思惑どおり本作『Peace』では偶然によって引き起こされた、たくさんの奇跡的な出来事が映し出されている。
監督:今回の『Peace』はまさにそうで、元々は泥棒猫と野良猫たちのえさの奪い合いという猫の紛争がきっかけで、この泥棒猫問題を猫社会がどう解決するのか(笑)ということに感心を引かれたんです。そうすると、義父を撮っている過程で橋本さんという91歳のご老人に出会って、橋本さんが突然戦争体験を語り始める、そんなこと予期できないし書けないですよ。そういう奇跡みたいなことって僕らの日常にも起こってるんです。これは、映画だから奇跡のように思えるかもしれませんが、実はそういう奇跡的なことって僕らの日常に毎日のように起きてるんですよ。それをそう認識していないだけだと思うんです。それをカプセルのように閉じ込めておけるのもドキュメンタリーのもうひとつの面白さですね。
台本を書かないことに加えて、もうひとつの“観察映画”の特徴は、音楽とナレーションを用いないこと。そこには、監督による観客の映画の見方へのこだわりが秘められている。
監督 :僕が“観察映画”と呼んでいるのは、僕が観察していることはもちろんなんですが、もうひとつは観客の方に観察してほしいという気持ちがあるんです。能動的に観察眼を立ち上げて映画の中に没入して、自分の目で見てほしい。そうするにはすごく簡単なことで、説明しなければいいんです。見せるだけで説明しなければ、自然にじっくり観てくれるんですよね。新しい登場人物が現れてもナレーションで「誰々さんです」って説明がなければ、その人の言動に注目するようになるんです。そういう意味で、ナレーションはお客さんの観察を邪魔するものなんじゃないかと。音楽も無機質なものであればいいんですが、感情を盛り立てるものって、そっちの方に感情が流されてしまう。そうすると解釈の幅が狭くなってしまうんですよね。
そのように、余計なものをつけずに編集していくことで、この映画はどんどん研ぎ澄まされていったのだろう。それを証明するかのように、今回の編集作業は従来よりもはるかに短く仕上げることができたそうだ。
監督:普段の編集作業には10ヶ月ぐらいかけています。『選挙』も『精神』もそれぐらいでした。でも今回の『Peace』は、実際にカメラを回したのは14日間、32時間だけですし、2ヶ月か3ヶ月ぐらいで編集がすらすらできて、自分で作った気がしないんです。ドキュメンタリーの神様が降りてきて、撮らされたような気がして。僕らは毎日、色々選択していても、選択している時にはそれが何を意味するのかわからずに選択している。後から振り返って初めてわかるんですよね。いかに毎日ぼやぼやして生きていたのかと、特に今回は思い知らされました(笑)。毎日の一瞬一瞬の選択が人生を紡ぎだしている、そのことをドキュメンタリーを撮っているとすごく実感するんです。撮ってきたものを編集の段階で振り返ると、おのずと原因と結果が見えてきて、その時は小さな選択をしたつもりなのに、後からそれが大きな選択だったということを思い知らされるんです。
想田監督の話を聞いていると、映画について語っていたはずが、実際の生活や人生の選択といった自分たちにとっても身近なことについての話になっていることに驚き、自らの人生や生活を振り返ってしまうのではないだろうか。それこそが、この“観察映画”の魅力で、既にその魅力に捕らわれてしまっているのだ。感覚を研ぎ澄ませて、様々なことを考えながら観る新たなドキュメンタリー映画の傑作だ。
(2011年8月 3日更新)
そうだ・かずひろ●’70年栃木県生まれ。東京大学文学部卒。’93年よりニューヨークに在住。NHKなどのドキュメンタリー番組を40本以上手がけた後、台本やナレーション、音楽を排した“観察映画”と呼ぶドキュメンタリーの手法を提唱、実践。その第1弾『選挙』(07)がベルリン国際映画祭へ正式招待されたほか、ベオグラード国際ドキュメンタリー映画祭でグランプリを受賞。第2弾『精神』(08)は、釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、世界中の映画祭で受賞が相次ぐ。第3弾である本作『Peace』も、東京フィルメックスで観客賞を受賞、香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞するなど、高い評価を受けている。
●第七藝術劇場にて公開中
●8月20日(土)より、
神戸アートビレッジセンターにて公開
【公式サイト】
http://peace-movie.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/156487/