ホーム > インタビュー&レポート > 「映画の中に自分自身がいると思えるほど特別な作品になりました」 『神様のカルテ』深川栄洋監督インタビュー
本屋大賞で史上初の2年連続ノミネートを果たした同名小説を基にした、地方医療の厳しい現実に立ち向かう青年医師が、妻に支えられながら真の医師を目指す姿を描く人間ドラマ『神様のカルテ』が8月27日(土)よりTOHOシネマズ梅田ほかにて公開される。『半分の月がのぼる空』や『白夜行』で叙情的な演出で高く評価される深川栄洋監督が櫻井翔と宮﨑あおいの共演で映画化、生の素晴らしさや死の在り方という切実になりがちなテーマを、若々しく爽やかに映し出している。本作の公開にあたり、深川栄洋監督が来阪した。
深川栄洋監督といえば、今年は『白夜行』『洋菓子店コアンドル』そして本作の『神様のカルテ』と監督作が1年間に3作品も公開され、来年も『ガール』の公開が控える人気監督。そんな監督の特徴は、人物描写の巧みさや叙情的な演出、そして脚本=出演者と製作関係者への設計図=監督からのラブレターだと考える、脚本を大事にする姿勢にある。しかし、今回は脚本に加えてさらにこだわった部分があったようだ。
監督:今回は元々後藤法子さんが書かれた台本があったので、それに基づいて脚本の精度を上げていきました。その後でこの映画は、キャラクターを際立たせると面白くなると思って、キャラクターをどこまで描きこむのかとか、どういうバックボーンなのかというキャラクターに肉付けする作業が多かったですね。
その、監督がこだわったキャラクター描写が最も際立っているのが、夏目漱石風の話し方で妻をこよなく愛する、病院内で変人扱いされるちょっと変わったキャラクターである、櫻井翔演じる主人公の青年医師・栗原一止(いちと)。髪の毛がボサボサでダサい服装に身を包んだ櫻井翔の写真を目にした方も多いはず。そんな外見からも、地方病院で働く医師の忙しさが伝わってくることははもちろんながら、一止が外見に無頓着であるなど様々なことが読み取れる。そして、この映画の大部分を占めている一止の姿は、大学病院の医局からの最先端医療への誘いと、医師が不足する地方病院で大勢の患者を担当する現実、そして今後の人生に悩む姿だ。
監督:どんな姿が30歳ぐらいの医師としてふさわしいのかと考えて、“悩む姿”を映すことが重要だと思いました。だから一止くんは、映画の中の6割~7割ぐらいは悩んでいて、後の3割ぐらいは悩むなよって周りに言われていて、最後の1割で次の1歩を動き出そうとする、という感じになってます(笑)。(一止を演じた)櫻井くんも「撮影中はずっと悩んでいた」と取材で言ってましたが、僕も同じように悩んでました(笑)。もしかしたら、撮影中はふたりでずっと下ばっかり向いていたかもしれないです(笑)。一止くんが、病院では浮いている存在のように見えれば、一止くんのキャラクターもたつだろうし、(彼の住む)御岳荘ではまた別の顔があって。人は、その瞬間瞬間で色んな一面を人に見せていると思うのですが、そういうたくさんの一止くんを見せることで、映画の振れ幅も広がって、振れ幅が広がればより豊かな映画になると思っていました。だから、彼の色んな表情や人物像、彼の考えを揺らす人たちが病院内や御岳荘の人たちなんです。
監督が話すように、一止が務める本庄病院の看護師や先輩医師、患者さんたち、そして御岳荘でともに暮らす住人、学士や男爵、そして一止を大学病院へと誘う信濃医大の高山教授など、彼らは一様に一止を揺らがせる登場人物たちだ。しかし、たったひとりだけ、その揺らいで壊れてしまいそうになる一止の心を支え続けるのが、宮﨑あおい演じる一止の妻・榛名(はるな)だ。そんな榛名の偉大さは映画の中盤でさらに大きくなり、一止の後ろに常に榛名が支えとなって立っているかのように見えるほど。
監督:撮影の前に宮﨑さんと榛名のキャラクターについて話をした時に彼女は、「私は今回は一止を支える役割をしたい」と言っていたので、「(榛名のキャラクターを)もっともっと掘り下げて面白くすることもできるよ」と僕はアイデアを提示したんです。役者としてはその方が面白いと思うんですが、彼女はそっちを選ばずに一止を支える役割をすると貫いていたので、それは女の人としての嗅覚なのかな、と僕は思ってました。榛名さん以外の人物は彼を揺らす役割で、彼女だけがこぼれそうな一止くんをこぼれないように支えようとしているんです。だから、他のキャラクターに揺らされれば揺らされるほど彼女の(支える)シーンが効いてくる。次は、どうやって彼女が彼の心の穴やこぼれそうな感情を支えようとするのか、そういう姿が映画の中盤からよくわかってくるので、だから一止くんが揺れるたびに彼女を感じるのかもしれません。
そんな一止の揺れる姿や、悩む姿に共感できる人も多いのではないだろうか。それは、30歳前後という一止の年齢が、ちょうど今後の人生について、男も女も様々な選択肢が生まれてくる歳だからだろう。若くして多くの作品を手がけている深川監督も、ちょうど34歳という年齢だけに、一止の悩む姿の描写から本作へのただならぬ思いとともに、本作は今までの監督の作品とは少し違うように思える。
監督:撮影中に「あぁ、(一止くんは)僕自身なんだな」と思いました。今までは、僕の断片とか僕の思いを登場人物に委ねてたんですが、今回は一止くんが歩いたり話したりする姿が僕自身とだぶって見えていました。一止くんも医者になりたくてなったと思うし、僕も映画監督になりたくてなったんですけど、毎日辛いし苦しい(笑)。ずっと霧が晴れない道を進んでいるようで、どこまでいけば晴れるのかと思ったり。医者の状況もそういうことなんじゃないかと。毎日毎日患者さんは来るし、患者さんに薬出して終わりではないですし、入院している患者さんとはずっと付き合わないといけない。手は2本しかないのに、ずっとみんなと手を繋いでる状態で毎日が続いていく。そう考えた時に、僕も365日映画のこと考えてますし、僕に似てると思ったんです(笑)。だから、彼が医師として悩み、考え続ける姿をお客さんに観てもらったら、面白いと感じてもらえるんじゃないかと。今までの僕の映画は、AとBという登場人物同士の掛け合いで登場人物が1歩を踏み出していく姿を客観的に捉えていくものが多かった。でも、この映画は一止くんにカメラをすごく近づけて、彼の背中や彼の息づかいをお客さんに感じてもらって、彼とお客さんの距離を少しずつ縮めながら物語を進めていったので、彼の歩む1歩がお客さんにとっても、大きな1歩に見えるといいな、と思って演出していました。
また、本作は一止の成長物語であると同時に、医療現場でのかけがえのない“命”と“死”との向き合い方を映し出す感動の物語でもある。この映画の撮影は昨年の秋に行われたが、本作が多くの方の命が失われた東日本大震災後の今、公開されることにも意味があるように感じる。
監督:日本中誰しもが、今年は悩んだし苦しんだし傷ついてると思うんです。それを日々の生活で流してしまっているというか、蓋をしてしまっているような気がするんです。人も大勢亡くなりましたし。でも、多くの人の命が失われてしまったけれども、この映画で、ひとりの人にこれだけの手がかかっているんだとか、これだけの思いがかけられているんだと改めて感じてもらえるんじゃないかと思うんです。ひとつの命にかけられる“たくさんの手”みたいなものを感じてもらえたら嬉しいです。僕もこの映画には、色んな思いが詰まっているので、色んな角度で色んな切り口で観てもらえるとこの映画を楽しんでもらえると思います。また、男も女も30歳を分岐点にして進むべき道が見えてくるんじゃないかと思うんです。だから、30歳や40歳ぐらいの人に観てもらって、「俺のことだ」とか「自分の通ってきた道だな」とか、自分のことに引き寄せて考えてもらえたら嬉しいですね。
様々なことに思いを巡らせながら、真摯にひとつひとつの質問に答えてくれる深川監督の姿勢に一止の姿が重なって見えるような気がしたのが印象的だった。本作『神様のカルテ』は、妻・榛名の支えによって、厳しい現実に立ち向かいとことん悩んでしまう一止の姿に、悩んでいるのは自分だけじゃないと勇気をもらえるとともに、人と人との繋がりの大切さ、そして命の尊さを実感する、深川監督渾身の感動作に仕上がっている。
(2011年8月26日更新)
ふかがわ・よしひろ●1976年、千葉県生まれ。『ジャイアントナキムシ』(99)と『自転車とハイヒール』(00)が《ぴあフィルムフェスティバル》のPFFアワードに2年連続で入選。『狼少女』(05)で劇場長編映画監督デビューを果たす。その後、西島秀俊主演の『真木栗ノ穴』(08)や中村雅俊主演の『60歳のラブレター』(09)がスマッシュヒットを記録し、注目を集める。昨年公開された『半分の月がのぼる空』(10)を皮切りに、今年公開の『白夜行』(11)、『洋菓子店コアンドル』(11)、そして『神様のカルテ』(11)と監督作が相次ぐ人気、実力を兼ね備える、最注目の若手映画監督。来年も『ガール』(12)の公開が控える
●8月27日(土)より、
TOHOシネマズ梅田ほかにて公開
【公式サイト】
http://www.kamisamanokarute-movie.jp/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/154896/