ホーム > インタビュー&レポート > 自分の分身のように思える姪・ソナへの思いを込めたメッセージ 『愛しきソナ』ヤン・ヨンヒ監督インタビュー
前作『ディア・ピョンヤン』でベルリン映画祭最優秀アジア映画賞、サンダンス映画祭審査員特別賞、山形ドキュメンタリー映画祭特別賞など多数の賞に輝いた、在日二世の映像作家ヤン・ヨンヒの最新作『愛しきソナ』が大阪・十三の第七藝術劇場で公開されている。自身の家族を10年にわたって追い続けた前作に続いて、本作では帰国事業によって北朝鮮に移り住んだ3人の兄と姪のソナの姿を映し出していく。本作の公開にあたり、ヤン・ヨンヒ監督が来阪した。
70年代に“地上の楽園”とされた祖国・北朝鮮に自分の息子を送り出した父と、選択の機会が与えられないその地で育った姪のソナ。日本で生まれ育ったヤン監督が、近くて遠いふたつの国に暮らす家族の生き様を可笑しくも切なく切り取った前作と本作。まずは前作を作っている時から作ろうと思ったと語る本作の制作のきっかけについて聞いてみるとー
監督:最初から、ピョンヤンにいるソナや兄たちに対する私の思いを作品にしたかったんです。でも兄たちは北朝鮮に住んでいて、モザイクをかける訳じゃないので、北朝鮮にいる人を主人公にすることってすごく心配で、政府の許可を取っていない私の作品に出演して、無断で加担したっていうレッテルを貼られたら困りますし。私も、政府批判の映画を作りたいわけではなくて、あの国に実際に行って感じたことを素直に語りたいだけなので。それで色々悩んでいたら、身近にいた強烈なキャラクターであるうちの父親を主人公にして北朝鮮にいる家族をサイドストーリーのように登場させるだけなら皆のことを守れるかと思って1本作ってみたんですが、その時からソナで1本作るというのは頭の中にありました。今回はもっとプライベートで、もっと叙情的に感じてもらえるものにしたいと思って作りました。
そんな監督の思いが込められた本作は、それだけに監督のソナへの愛にあふれている。ソナが自分の分身のように思えると語るほどの愛情を持っている、監督にとってのソナとはー
監督 :そもそも北朝鮮にビデオカメラを持って行って撮ろうと思ったきっかけがソナだったんです。1歳とか2歳の時のソナの写真が日本に送られてきて、ソナが自分の父親と手をつないでいたり、抱かれたりする写真を見て、子どもの時の自分がお兄ちゃんといるような、デジャブを感じて、自分の分身みたいに思えたんです。自分が6歳で兄たちから離れて、一緒にいれなかった代わりにソナがいてくれているように感じたんです。それから、この子を撮ってみたいと思うようになりました。
そのソナは、日本に祖父母がいて、様々なものを送ってもらえ、生まれた時からずっとメイド・イン・ジャパンのものに囲まれて育った、特殊な環境の少女。ヤン監督とともに過ごすソナは、笑顔の可愛い無邪気な少女に見えるが、13歳になったソナは、カメラを止めてほしいと監督に頼むなど、13歳で自らの環境を判断しながら生きている。
監督:主人公のソナは、ピョンヤン少女にしては特殊なケースなんですよね。学校では北朝鮮が一番素晴らしい国だと教えられているのに、家ではキティちゃん着てますし、日本製の鉛筆を持って、日本製の靴をはいて育ってるんですよね。ソナがどういう環境で育っているのかは見せたいと思ったので、水道が2時間しか出ないとか停電のシーンも入れました。劇中でカメラを止めてってソナが言うシーンがあるんですが、彼女は13歳で既に、こういうことは聞かれちゃいけない、記録されちゃいけないとか判断しながら生きてるんです。私たちが想像できないぐらいの厳しい監視体制の中で生きてるということを感じとっていただいて、恵まれてるとはいえ、それでもピョンヤンで生きてるという厳しさみたいなものを見てもらいたいですね。
本作で映し出される、ソナたち普通の人々が暮らすピョンヤンの町は、私たちがイメージするピョンヤンとは大きく違って見える。そこには、軍隊の行進はなく、コンクリート舗装されていない、同じような建物が並ぶ街並みが映し出されている。
監督:海外でも日本でも、北朝鮮へのイメージって両極端だと思うんです。パレードやマスゲーム、ニュースなどの北朝鮮政府が発表する、政府が見せたい映像と、脱北者やストリートチルドレン、飢餓など政府が見られたくない映像、その両方しかないんですよ。そんな中で多くの普通の生活をしている人たちがいるのに、その情報は完全に抜け落ちてるんです。北朝鮮側からすれば、全国民が将軍様に忠誠を尽くして生きていますという大前提があるので、ひとりひとりのインディビジュアルな生活や声を拾うとそれが崩れてしまうんです。だから、私の作品は困るんでしょうね。私の作品の中で「将軍様ばんざい」なんてピョンヤンにいる家族は誰も言ってないのに、日本にいる私の父親だけが言っている。それがこの作品の最大の皮肉なんです。
今でこそ、このようにあっけらかんと自らについて話してくれるヤン監督だが、若い頃は、朝鮮総連の幹部である父を持つ自らの境遇について悩んだ時期もあったそう。
監督:私は若い時から本名を隠したことがなかったんですが、自分の家族のことを聞かれると面倒くさいな~と思ってたんです。どこからどこまで話していいのかわからないし、「なんでお兄ちゃんは北朝鮮にいるの?」って聞かれても説明できないし。自分のバックグラウンドが重荷だったんです。でも、30歳ぐらいからノンフィクションに興味を持って、ドキュメンタリーを見始めると自分の家族が面白く見えだしたんです。他の家族と違うってことはユニークだってことだし、うちの家族の個性でもあるし。そうすると今までネガティブに思えたことが、逆に面白いと思えるようになってすごく楽になったんです。
前作『ディア・ピョンヤン』を発表した後、北朝鮮から入国禁止を言い渡されたヤン監督。監督は、それでも本作を発表したのは、“家族を守るため”だと話す。「家族を守るためにうちの家族を有名にしようと、考え方を変えたんです。みんなが知ってる家族になれば、うちの家族をほっといてくれるんじゃないかと思って(笑)」と語るヤン監督が、今は会うことがかなわない、愛しい姪・ソナへの思いが込められた作品だ。
(2011年5月 2日更新)
●第七藝術劇場ほかにて公開中
【公式サイト】
http://www.sona-movie.com/
【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/156127/