ホーム > インタビュー&レポート > 『マイ・バック・ページ』監督・山下敦弘インタビュー
評論家・川本三郎の自伝エッセイ『マイ・バック・ページ』を原作とした、山下敦弘監督の劇場映画最新作が、5月28日(土)より公開される。これは、1960年代後半から1970年代前半にかけての、全共闘など学生運動が盛んだった時代の物語だ。新聞社で週刊誌編集記者として働く沢田(妻夫木聡)に接触する梅山(松山ケンイチ)と名乗る男。「銃を奪取し武器を揃えて、われわれは4月に行動を起こす」。そう語る梅山に疑念を抱きつつも魅かれていく沢田。そして、“駐屯地で自衛官殺害”という事件が起きるーーー
「撮影中、今までに撮ったことのないものを撮っている、っていう感覚はずっとありましたね。」
そう監督自身が語るように、これまでどこかオフビートな青春やコメディを描いてきた彼の作品イメージとは、本作は少し異なっている。それは、単に全共闘や学生運動といった“あの時代”を描いた作品だからというわけではない。生まれてもいなかった当時の「死」や「挫折」といったテーマを、普遍的な青春映画として、見事に自分たちの世代に引き寄せているのだ。そこには今までの作品にはなかったようなカタルシスの爆発さえある。しかし、決してシリアスな映画にならない山下監督らしさも随所に溢れている作品となった。
「原作を手にした時点から、新しいことをやってみたいという気持はありました。撮影中も、あの時代をきちんと描きたいとは思っていましたが、彼らが生きていた時代や世代に対して、結局最後まで共感は出来なかったような気がします。だからこそ、登場人物のキャラクターはフィクションとして、原作とは異なる目線でも捉えました」。
映画が始まって間もなく、松山ケンイチ演じる梅山が、学内で討論をしているシーンがある。必死に革命を謳いながら、反対意見に答えられなくなった梅山は言葉に詰まって、思わず「……お前は敵か!?」と声を荒げる。そこに映し出される梅山というキャラクターは、どこか笑えて哀しい、アイデンティティのねじれた存在だ。ここでわれわれ観客は、彼を身近なものとして捉えることができる。“ああ、こんなヤツいるよなあ”って感じに。
「そうそう。確かにああいうやついるよなーって感じですよね。梅山って何のために革命家として運動やってるのかよくわかんないんですよ。川本さんの原作以外の本も読んで調べたんですけど、梅山のモデルになった男にはいろんなエピソードがあって。実は、最初はそういった彼のキャラクターをもっと描き込んだシーンもあったんですけど、最終的には使いませんでした。そこを描きすぎるとちょっと行き過ぎてギャグみたいになってしまう。緊張感を保ちながら梅山を映し出すことには意識的でした」。
もうひとりこの映画の軸となるのが、妻夫木聡が演じる雑誌編集記者の沢田という男。この沢田を演じた妻夫木と梅山役の松山は、意外にも今回が初共演。次第に奇妙な絆を結んでいく2人を見事に体現している。特に長回しによる妻夫木の演技が印象的なラストシーンは、本作を象徴する名場面と言えるだろう。「ずっと沢田のキャラクターには迷いがあったんですが、妻夫木くんの演技のおかげで成立した部分はすごく大きいです」と監督も絶賛する熱演だ。ちなみにそのラストシーンは、劇中で倉田眞子(忽那汐里)や梅山が話題にする映画『真夜中のカーボーイ』の話とリンクしている。「実はあのラストシーンは最初から考えていたわけではなかったんです。あと、ほかにもこの映画の中では様々な伏線になるシーンやセリフがあるんですけど、自分でも後から偶然気づいたことがたくさんありました(笑)」。
監督自身思い入れのあるシーンを尋ねると「中盤の自衛官の殺害シーンと、最後の倉田眞子のセリフ」という答が返って来た。体を刺された自衛官が地面を這っていく場面は、当初は3分以上のショットだったという。「結果的には編集で短くしたんですけど、それでもかなりしつこく撮ってます。この時代の物語として、事件に巻き込まれたひとりの自衛官の死を、丁寧に描きたいという思いが最初からありました」。また倉田眞子のセリフとは「この事件はなんだかいやなかんじがする」というもの。「僕にとってこの2つのシーンは、明確に描きたい部分だったし、今の時代を生きる僕たちの感覚にとても近いものがあると思ったんです」。
(2011年5月25日更新)
山下敦弘(やました のぶひろ)
1976年愛知県生れ。高校在学中に自主映画制作を開始し、大阪芸術大学映像学科へ入学。先輩である熊切和嘉監督と出会い、卒業制作作品『鬼畜大宴会』('97)に参加。その後、同級生である向井康介や近藤龍人とともに『どんてん生活』('99)や『リアリズムの宿 』('03)などの作品を監督。女子高生バンドを描いた『リンダ リンダ リンダ』('05)ではロングランヒットを記録。その後『天然コケッコー』('07)で第32回報知映画賞監督賞などを受賞。『マイ・バック・ページ』は、実に約4年ぶりとなる、監督8作目の劇場長編映画。
●5月28日(土)より、大阪ステーションシティシネマほかにて上映
【公式サイト】
http://mbp-movie.com/
【映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/154372/
2人の男を軸に普遍的な物語へ引き寄せた脚本の向井康介、今まで以上に役者のアップを多用し、16ミリフィルムによって質感を映し出した撮影の近藤龍人。『リアリズムの宿』('03)以来、山下監督とともに“真夜中の子供シアター”としても活動した大阪芸術大学時代の盟友が久々に集った作品でもある。それぞれ様々な作品で活躍する彼らにとっても新境地となる部分の多い作品となっている。また大学の先輩である熊切和嘉監督や、漫画家の長尾謙一郎など、芸大繋がりの近しい世代が多数出演している点にも注目。