ホーム > インタビュー&レポート > 特別展「毒」が大盛況、なぜ人は「毒」に興味があるのか? 自ら虫に咬まれる「虫刺されのスペシャリスト」が語る 「本当にヤバい毒」
――「毒」展が大盛況ですし、テレビなどでもよく「毒」を持つ生物の特集が放送されますよね。やはり多くの人が興味を持っているのでしょうか。
確かにテレビでも「最強の有毒生物」というような特集をやると、視聴率がかなり獲れるそうです。「どんな毒性を持つのか、どういう生き物がどういう毒を持ち、どのように使われているのか」などを知りたい方が多いのだと思います。
――もっとも危険な毒を持つ虫はなんでしょうか。
生命の危険という意味で一番注意しなければいけないのはスズメバチなどの蜂毒です。これは年間でも20人前後は亡くなっています。ちなみにキングコブラに咬まれても死ぬことはそんなに多くないんです。いかに猛毒だと言われていても、亡くなっているかと言えばそうではない。でもスズメバチは死に至る場合があります。つまり日常生活で注意するべきなのは蜂毒です。ただ、皮膚がただれたり、痛みがあったりするのは、毒自体の毒性の強さではないんです。
――どういうことなのでしょうか。
その毒がアレルギー反応を起こす元(「アレルゲン」と言います)になり、以降、また同じ虫に刺されることでアナフィラキシーショックという危険な状態に陥る可能性があります。だから毒性が強いから、もしくは弱いからではないんです。たとえば卵や蕎麦を食べてアレルギーを起こす人がいますよね。でもそれってその食品の毒性が強いわけではない。「蜂の毒が危険だ」と言っているのは毒性が強いのではなく、複数回刺されることでその毒に対するアレルギー反応が出て、生命を脅かすということです。
――そんな危険な状況に陥るかもしれないのに、なぜ先生は毒に魅了されているんですか。
いえ、魅了されているわけではありません。「この虫に刺されたらどうなるのか」が知りたいんです。それがどれだけの毒で、どんな風に体に影響を及ぼすのか。なんでこの皮膚炎が起きて、痒くて、痛くて、つらいのか。その一つひとつを解明していきたいからです。僕は皮膚科医になって、様々な皮膚病を見るようになり、過去の経験から「あのとき、ああいう風に腫れたのはこういうメカニズムだったんだ」と理解したかったので、自ら体験するようになりました。
――それでもつらくはないですか。
かなり痒くて、夜も眠れないということは何度もあります。でも、「それくらい痒いんだ」ということが分かった満足感の方が強い。そうしたら相談に来られた方に「今晩は眠れないくらい痒いけど、明日か明後日にはおさまりますよ」と実体験をもとに言ってあげられますから。相談する側は、それが安心感につながる。あと、僕みたいな変わった人間がそういうことを網羅した本を作ったり、記録に残したりすることで、もう誰も同じことをやらなくて済むじゃないですか。「こういうことになるよ」って。
――ただ、それだけ数多くの虫に刺されて、毒を体験しても、長くお仕事ができて、なによりも生きていられるんだという驚きがあります。
アレルギーを専門としている科学者としてどこまでが大丈夫なのか、線引きはしています。「こいつの毒にこの程度やられるのは多分大丈夫」「こいつはやばい」とか。本当にやばい虫には触れていません。ですからやはりスズメバチだけは自分から刺されようとは絶対にしません。ただ、ある虫のケージを交換しているときにそいつが逃げ出して刺されたときは「しまった」と思いました。幸い、死なずに記録を残せたので良かったですけど。でもあれは本当にやばかったです。
――虫などに刺されたときの対処法で、昔から「アロエを塗る」「傷口におしっこをかける」「蛇に噛まれたら誰かに毒を口で吸ってもらう」というものがありますよね。これはどこまで信ぴょう性があるのでしょうか。
「アロエを塗る」はもともとアロエが万能薬とされていたので、民間療法としてよくある話ですが、時にはかぶれることがあります。「おしっこをかける」は間違いがふたつあります。ひとつは、虫が持つ毒はすべて蟻酸(ぎさん)だから、アルカリで中和をしましょうということで、ちょうど良い弱アルカリ性物質として「アンモニアを使う」ということになりました。アンモニアをかけたら虫刺されの腫れが引くんじゃないかって。つまり「中和」という発想からきているのですが、虫の毒は様々な物質のカクテルのようなもので、決して酸ではないんです。蟻酸を中和するのにアンモニアを使うという発想が間違っています。もうひとつは、おしっこはアンモニアではない。放っておくとアンモニアに変化しますが、新鮮なおしっこにアンモニアは入っていません。だから、そもそもそれをかけても何の意味もありません。
――まったくの嘘だったわけですね。
あと「蛇に咬まれたら誰かに毒を口で吸ってもらう」は、今はやってはだめなんです。でもポイズンリムーバーといって咬まれた直後に毒を吸い出して、体内に入る毒の量を少しでも減らす発想自体は間違っていません。実際、そうするしか方法がなかった時代があったのでしょう。ただ、吸う側の口内にキズがあったり、虫歯があったりすると、そこから毒が侵入して危険な状況になるかもしれません。だから現在はやってはいけません。
――先生はこの先もずっと虫に刺され続け、毒を浴びていかれるんですか。
「真理を探究してそれを知っていきたい」というのが自分の考えですから、疑問を解決するためにやれる限りはやっていきます。ただみなさんは、科学的根拠を持たずに安易にやらないようにしてくださいね。
取材・文/田辺ユウキ
(2023年5月15日更新)
チケット発売中 Pコード:993-956
▼5月28日(日)まで開催中
9:30~17:00(5/20(土)、21(日)、27(土)、28(日)は9:00開館)
大阪市立自然史博物館 ネイチャーホール
〈当日〉大人-1800円 高大生-1500円(要学生証) 小中生-700円
※最終入館は閉館30分前まで。休館日:月曜日。
※未就学児童、障がい者手帳等をお持ちの方(介護者1名を含む)は無料(要証明)。※高大生は要学生証。※期間中1回有効。※特別展料金で、大阪市立自然史博物館常設展も入場可能(当日限り)。※最新の情報はHPをご確認下さい。
夏秋優(なつあき・まさる)
幼少期から昆虫の採集や飼育、観察、そして写真撮影などに明け暮れる。そんな虫好きが高じて、虫刺されによるかゆみや痛み、皮膚のアレルギー症状などを専門分野とする皮膚科医に。実際に自らの体を使って、国内にいる50種以上の害虫に刺された体験を積み重ねており、様々な症状や対処法の研究を続けている。モットーは、「真理の探究に心を燃やす!」