日本屈指のパン激戦区、神戸で生まれた逸品
老舗パン舗&チーズメーカーが手を組んで生み出す
チーズ好きにはたまらない新作パンとは?
ぴあが発行する「関西パンの店2020」の企画で、神戸の老舗パン店「イスズベーカリー」と、同じく神戸に本社を構えるチーズメーカー「六甲バター(Q・B・B)」の夢のコラボが実現! 今までにないチーズ感たっぷりの商品が登場した。
試作商品完成の日、企画を開始して初めて顔を合わせるという、株式会社イスズベーカリー 常務取締役 井筒大輔氏と、六甲バター株式会社 代表取締役副社長 開発本部長 塚本浩康氏の対談現場を訪問した。
――おふたりがパン・チーズ作りを始めた、その原点とは?
井筒:パン作りに興味を持ったのは、もうほんの小さな子どもの頃です。
イスズベーカリー本社は2階が工場なのですが、実は私の実家も同じビルの4階にあったんです。子どもの頃から、暇があれば2階へ降りて、親の背中を見ながら、お手伝いとも職人の邪魔ともつかないことをしていましたね。それが私のパン作りの原点です。ただ、今でこそパンとチーズの組み合わせが大好きですが、子どもの頃はチーズ独特の酸味が苦手で敬遠していたんですよ。
塚本:私も子どもの頃は、チーズ自体はそれほど好きではなかったかもしれません。
私は、父親が六甲バターで工場長をしていたこともあり、よく工場見学には連れて行ってもらいましたね。成長して就職を考えた時に、父の勧めもあって選んだのが六甲バターでした。私のチーズ作りのキャリアはここからです。
その反面、パンに触れ合っていた時期は長いですよ(笑)。子どもの頃に、母親が三宮に出かけるたびに買ってきたのが、イスズベーカリーさんの山食でした。家にイスズベーカリーの紙袋があると嬉しくて…。あの頃は、チーズよりパンの方が身近でしたね。
六甲バター株式会社の塚本浩康さん。購買、営業、企画から生産まで製品づくりを熟知する。
――イスズベーカリー様、六甲バター様ともに、神戸で70年以上経営を続ける企業ですが、この神戸という街に対して思い入れはありますか?
塚本:企業としてもそうですが、私自身が神戸で育ったので、思い入れは人一倍ありますね。それはこの街のパン文化にしてもそうです。
神戸で暮らしている時間が長いからか、本当にパンが好きですね。ですので、「パンの消費量で神戸が京都に抜かれてしまった」という話は、悔しいですよね。
イスズベーカリーさんは、神戸でも特に名の通ったパン屋さんですが、何か神戸のパンの普及のためにしていることがおありですか?
例えば、店舗を増やしたりとか…。
井筒:これはイスズベーカリーの社長である父の考えでもあるんですが、店舗を広げることは考えていないんです。手を広げるとどうしても、味やサービスに対する濃度が薄くなってしまうんです。当社の特徴は、パンづくりに手間や時間を惜しまないこと。パン作りの機械化は進めていますが、それでも人の手が加わることによってパンがおいしくなる工程は、絶対に手作りのままを貫きます。
幸いなことに、百貨店やスーパーからは「店舗展開をしてほしい」というご依頼を頂いているのですが、イベント出店以外は全てお断りしている状況です。 私も神戸は日本一のパンの町であってほしいと思っています。ただ、そのためには、「神戸らしさ」「イスズらしさ」というものを守り続けていく必要があると思うんです。どこでも食べられるものではなく、神戸に来たから食べられる特別おいしいものを。そうして、差別化を図っていくことが、本当の意味での神戸のパンやイスズベーカリーのパンのブランディングに繋がるんだと思っています。
六甲バターさんはいかがですか?
塚本:パン文化の普及ではありませんが、神戸らしさに焦点を置いた取り組みはしています。例えば、神戸マラソンへの協賛や当社のチーズを使った神戸の洋菓子土産の「エクスフロマージュ KOBE」の開発などがそうでしょうか。
六甲山牧場を利用してイベントも開催していますね。これには、過去イスズベーカリーさんにもコラボ企画の際にご参加いただきましたね。
幼少期からイスズベーカリーの製パン現場を見て育った、株式会社イスズベーカリーの井筒大輔さん
――2社がこれまで関わってきたイベントについて詳しくお教えください。
井筒:私は、2013年あたりから、地域のパン屋さんやシェフと一緒に「KOBEパンプロジェクト」という企画を立ち上げていて、多い時には年間40回を超えるイベントを行っていました。その中で、六甲山牧場で、Q・B・Bさんのチーズを使った商品開発をさせていただきましたね。それから、神戸市主催の産官学プロジェクト、「KOBE“にさんがろく”PROJECT」では学生がQ・B・Bさんのチーズを使った商品を作る際に、私が開発に携わっていたり、兵庫の食の魅力を発信する横丁スタイルの店舗「ひょうご五国ワールド」でも、当社の商品と、Q・B・Bさんのチーズを使った商品を販売しています。
ただ、私はこれまでずっと商品開発を行っていて、表立って六甲バターの担当者さんとお会いすることはなかったんです。今回初めて、塚本さんとお会いしましたが、なんだか感慨深いような不思議な感じですね。
塚本:今回はぴあさんが両社にコラボのお話を持ちかけられたということで、お会い出来る良い機会になりました。もちろん、過去のイベントでもイスズベーカリーさんの名前は常に耳に入ってきていましたから、今回弊社のチーズを使っていただけるということでその出来にも大いに期待しています。
井筒:お話をいただいたのが2019年の9月で試作品の完成が10月の中頃ということでしたので、かなりタイトだったのですが、自分でも納得のいくものができました。私は締め切りに追われた方がエンジンがかかりやすいタイプらしいですね(笑)
――今回のコラボパンはどのようなものですか?
井筒:今回のパンに使用しているのは、チェダーにゴーダ、それからマーブルチーズです。パンにチーズを合わせるとなると、“トッピング”か“練り込む”か“挟む”といったところが相場なんですが、その中でも特に見た目のインパクトを意識したくて、今回はマーブルチーズを大ぶりに切って挟み込み、さらにチーズ感を楽しんでいただくため生地に2種類のチーズを練りこんでいます。ただチーズばかりが主張すると食べ飽きてしまうので、生地にラムレーズンをプラス、さらに焼きあがった後にQ・B・Bさんのミックスナッツを挟み込んで、食感と爽やかな甘さをプラスしています。
塚本:このマーブルチーズは、Q・B・Bが販売する業務用チーズの中でも自慢の一品です。製法は2種類のチェダーチーズをそれぞれ2つの口から同時に出して揺すりながら混ぜ合わせていくんです。実に原始的で、こんな作り方をしているのはおそらく弊社だけでしょう。ただ、大理石のような見た目や複雑な味わいにはその手間をかけるだけの価値があります。今回の商品では、この綺麗な見た目をしっかりと生かされていますね。
井筒:実際に召し上がってみてください。いかがですか?
塚本:はじめはガツンとチーズの味わいが感じられて、噛みしめると徐々にパンの風味が出てきます。特にこのパン、加水率が高いんでしょうか? すごくもちもちしていて新食感です。ナッツの歯ごたえも絶妙で、濃厚なだけでなく軽やかな香ばしさもあってすごくいいですね!
井筒:そうなんです、今回のパンはフランスパンの生地をベースにしているんですが、通常フランスパンの加水率は70%ほどです。今回の新商品は90%。さらに、生地の3割ほどチーズを混ぜ込んでいます。ここまで加水すると、機械では生地がまとわりついてこねられませんから、パンをこねるのは職人の完全手作業。さらに、発酵させた後通常よりも高い温度で焼き上げることで、もちもち、ふっくらとした食感を作り出しました。
塚本さんはインタビュー当日が、初めての試食。チーズの旨味がダイレクトに味わえるパンに満足されたご様子でした。
――もう名前は考えられているんですか?
塚本:それは私も気になっていました。イスズベーカリーさんの店舗に伺うと、いつも面白いネーミングの商品が並んでいるので、今回のパンにも素敵な名前がつくんじゃないかと思ってちょっとワクワクしているんです。
井筒:パンの名前は意外と大事なもので、お客様はパンを購入される際に、パンの次にプライスカードを見られます。パンの味わいだけではなくて、インパクトがありながら作り手の思いや意図が伝わるように、ネーミングにはこだわっていますね。まぁ、ちょっとおかしなネーミングのものも多いんですが。
例えばチーズのパンは「はいちーず」、さつまいもを使ったパンなら、焼き芋売りの声のような「おいもおいもおいもだよ」、ちくわの磯辺揚げが入った「磯辺揚之助」などですね。意外かもしれませんが、どれも人気商品ですよ。
今回、新しく作ったパンの名前として3つの候補を用意しました。
ひとつ目はチーズの味わいを前面に出した「The チーズ」。二つ目は、練りこんだ2種類のチーズと挟み込むチーズの3種類を使っていることから、英・独・仏語でチーズを表す単語を並べた「チーズ・ケーゼ・フロマージュ」。
最後に、Q・B・Bさんの名称を拝借した「QBB」。これは「Quality, Best, Bread 」の略です。いかがでしょうか。
塚本:いいですね! 心ふるわせられるネーミングです。どれもキャッチーで一目でパンの性格がわかるよい名前ですが、Q・B・Bの名前を使っていただいているのがすごく嬉しいです。
大きくカットされたマーブルチーズ、Q・B・Bのミックスナッツなどをふんだんに入れた内容は、コラボ商品ならでは。
――パンとチーズ。お互いに相性の良い組み合わせですが、塚本さん・井筒さんにとって「パンにとってのチーズ」「チーズにとってのパン」とはどのようなものですか?
塚本:それはもちろん、ベストなパートナーです。パンとチーズの関係について語れば話題は尽きません。そもそも弊社の社名は六甲バターですが、実は出発点はマーガリンです。そのため、パンには特別なゆかりを感じています。 今回お作りいただいた商品では、真摯にパンとチーズの相性を考えられていて嬉しくなりました。やっぱりチーズはパンと一緒に食べるのが最高においしい組み合わせですから、それが新しい商品として目の前に現れて感動しています。このコラボのパンを引き合いに出すまでもなく、日本のパン文化は今後も進化していくでしょう。私たちもその進化に合わせて、新しいチーズ作りができればと思っています。
井筒:イスズベーカリーに入る前に修業していたドンクで「bon pain bon vin bon fromage」という言葉を教わりました。「良いパン、良いワイン、良いチーズ」という意味ですね、フランスではこの3つがあれば幸せに暮らせるんです。ただそれはチーズだけではダメ、パンやワインだけでもダメ。それぞれ組み合わさることで、おいしさは何倍にも膨らみます。
実際に、当社のパンにチーズを使ったものは多いですし、お客様の人気も高いんです。今回のコラボ商品でも、素材の相性や、火を通した時の食感の違いなどを生かしたおいしさの相乗効果や、ワクワクするような味の演出ができていたら嬉しいですね。
ただ、実は塚本さんにひとつだけ、お願いがありまして…。今回のパンはすごくおいしくできたんですが、いくつかのチーズを試す中で、焼いた時にとろけるものがあったらいいなって思うことがあったんです。いい商品をご紹介してくれませんか?
塚本:プロセスチーズは、焼いても溶けないと思われがちですが、製造次第で溶けるタイプをはじめ色々な性質を持たせられますよ。これは次の商品コラボのタネが見えてきたかもしれませんね(笑)
対談中は終始和やかな雰囲気で、お二人のパン・チーズに対する想いをお伺いできました。
――お二人が考える、パンとチーズのベストな組み合わせとは?
井筒:イスズベーカリーの人気商品であるハード山食のピザトーストです。子どもの頃に、我が家でおやつとして、出てきたメニューですね。シンプルで味わい深いパンに、焦げたチーズの香り、今でも昔のことを思い出す味です。それから、最近では香りの強いチーズとパンを合わせるのも好きになりましたね。ブルーチーズとパン、それにちょっと蜂蜜を合わせるなんて取り合わせも好きです。
塚本:六甲バターは自宅で簡単に調理できるチーズフォンデュ、「ふぉんじゅ亭」などを通してチーズフォンデュをより身近なものとして、伝えてきました。私が好きなのもやはりチーズをたっぷりと纏わせた、チーズフォンデュの具材です。通常はバゲットやブロッコリー、ソーセージなどが定番ですが、先日イスズベーカリーさんで見かけたトレロン(ソーセージを巻いたパン)を、フォンデュしたら、これがベストマッチ。我が家の定番となりました。
――舌の肥えた神戸っ子に愛されながら、70年以上確かな業績を重ねてきた、イスズベーカリーと六甲バター。これからもイベントや新しい商品開発で、ワクワクするようなシナジーが生まれていきそうですね。
井筒:ええ、当社はまず目指すのは創業100年。これからも地元に根ざして、ワクワクするような、そして召し上がる方が幸せになるような、パンづくりを続けていきたいと思います。
塚本:私たちは、神戸を拠点として、世界へチーズの魅力を広めていきたいと思います。現在見据えているのは、アジア各国へのチーズ文化の普及です。地域と世界と、ステージは違いますがお互い目指すところは同じたと思います。
これからも、新しい企画・イベントでコラボできたらいいですね。
井筒:もちろんです。
株式会社イスズベーカリー
常務取締役
井筒大輔さん(写真左)
幼少期からイスズベーカリーの製パン現場を見て育つ。ドンクで9年の修業を経て同店入社。
六甲バター株式会社
代表取締役副社長 開発本部長
塚本浩康さん(写真右)
2000年六甲バター入社。購買、 営業、企画から生産まで製品づくりを熟知する開発本部長。
取材・文/鷲巣謙介
撮影/久保秀臣
(2019年12月 2日更新)
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