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もう、昨日までの自分には戻れない!?
“私が目覚める”スリリングな対話劇

正しいって何? 正義って、何―――。登場人物らが発する膨大な台詞量を浴びるうち、いくつかの言葉がフックして、ランダムに記憶の扉を開かせる。先の選挙中、ふと目にした20代女性のつぶやき。「彼氏は選挙に行かないという。彼のことは好きだけど、結婚はないかな」。そんな記憶にまで思いが及んだ。価値観の違い。見解の相違。耳慣れた文言が浮かんでは消え、やがて目の前の出来事は、自分ごとへと置き換わる。「きっかけはこの芝居だった」と後に幾人かは、そう振り返ることになるかもしれない。そんな人生の潮目を変えるような、示唆と可能性に満ちたスリリングな舞台『人形の家Part2』が8月、東京で開幕した。
 
140年前、ノルウェーの世界的作家ヘンリック・イプセンが「女性の自立」を描き、当時の人々を驚嘆させた19世紀の名著『人形の家』。本作はその“続き”を描いた大胆不敵な新作戯曲。アメリカの新進気鋭劇作家ルーカス・ナスのブロードウェイ・デビュー作にして、2017年トニー賞で最優秀主演女優賞受賞、8部門ノミネートに輝いた注目作だ。同時代の観客を熱狂させる「いまの演劇」を、いち早く日本人キャストで観られる絶好の機会だ。

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結婚は永遠に一生、ひとりの人間に縛られる残酷な制度だと“気づいた”ノラは家を出た。あれから15年――。本作は、ノラの突然の帰還に始まる。登場人物は4人。主人公ノラ(永作博美)、ノラとその娘を母親代わりに育てた乳母アンネ・マリー(梅沢昌代)、夫トルヴァル(山崎一)、そして母親の記憶がないまますっかり大人になったノラの娘エミー(那須凜)。組み合わせを替えた2人芝居がノンストップで続く全5場、約100分の対話劇だ。
 
ノラはいう。いつも他人の声ばかり聞いていると、いつか自分の声が聞こえなくなるのだと。夫は嘆く。互いを傷付けることを理由に、対話を避けたことは誤りだったと…。しかし、対話は終わらない。いつしか主語は私から女たち、男たちへと飛躍し、議題は今あるものから過去の不具合へと時系列が入り乱れる。形勢は目まぐるしく移ろい、知恵の輪のように絡まる対話の先に果たして出口は見つかるのかと、行く末を見届けずにはいられなくなる。

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先送りにした問題は概ね事態を悪化させるという苦い感情。人間らしい不完全さ。それでも理想を求める勇敢さ。養うもの養われるもの、雇うもの雇われるもの、産むもの産まれたもの……。あらゆる立場からの見解は出揃った。言葉は出尽くし、思いは吐き出された。誰の言動にも共感と反発の思いがあり、すべての材料を前に途方に暮れる思いだ。だが、選ばなければいけない。この危機的状況を前に「決断を迫られている」という感覚こそが、いまの時代にフィットする最大の理由かもしれない。
 
そしてノラは決断を下す。その答えに、あなたは何を思うだろう。こじらせていると笑うのか、自らも試されていると気づくのか、はたまた「諦めない心」に鼓舞されるのか――。

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4人の役者は適材適所。あるべきトーン、スピード、佇まいで役を全うする。とりわけノラ役の永作博美は出突っ張りで言葉をつなぎ、思考を巡らせる。場面を追うごとに熱く冷静に、深層心理に入り込むような表情に引き込まれた。
 
最後に初日前日の演者の言葉から。「自分のことを分かっている人同士はぶつかり合わない」と、演出を手掛ける栗山民也の言葉を引用した那須凜は「自分の意見があるようで、本当の所は分かっていない4人がぶつかり合って、次のステップに進もうとするお話です」。梅沢昌代は「恋愛、結婚、社会観、女性に対する思いとか、それぞれに焦点を当ててご覧いただくと面白い」。山崎一は「本音の言い合い。見終わった後必ず家族や、大切なひとと会話が生まれる。そこが魅力」。そして、永作博美は「観て損はない」と自信を見せる。「演じていても『ちょっとそんなことを思っていたような気がする……』と、いろんなことに気づかされてドキドキする。演出家を含め、今全員が新しい感覚、新しい演劇を作っている印象がある。心の奥底に眠っている思いや感情を、ぜひ観に来て頂けたらなと思います」

取材・文:石橋法子



(2019年8月23日更新)


Check

『人形の家 Part2』

【東京公演】
▼8月9日(金)~9月1日(日)
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

【福岡公演】
▼9月6日(金)・7日(土)
北九州芸術劇場 中劇場

【富山公演】
▼9月11日(水)富山県民会館 ホール

Pick Up!!

【京都公演】

チケット発売中 Pコード:494-144
▼9月14日(土) 18:00
▼9月15日(日) 13:00
▼9月16日(月・祝) 13:00
ロームシアター京都 サウスホール
全席指定-8500円
[作]ルーカス・ナス
[翻訳]常田景子
[演出]栗山民也
[出演]永作博美/山崎一/那須凜/梅沢昌代
※未就学児童は入場不可。
[問]キョードーインフォメーション■0570-200-888

【宮崎公演】
▼9月20日(金)
メディキット県民文化センター 演劇ホール

【愛知公演】
▼9月23日(月・祝)
穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール

【宮城公演】
▼9月26日(木)電力ホール

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