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9月の京都公演で幕を開ける鼓童の全国ツアー
『鼓童ワン・アース・ツアー2016~螺旋』について
メンバーの石塚充にインタビュー!

2016年に創立35周年を迎えた太鼓芸能集団・鼓童。新潟県佐渡島を本拠地に、日本はもとより世界でも公演を行っている彼らの最新のツアーは『螺旋』。2006年に結成25周年を記念して歌舞伎俳優の坂東玉三郎との共演による舞台『アマテラス』を開催し、2012年には同氏を鼓童の芸術監督に招聘した。玉三郎の下で取り組んできた改革と芸術の新たな可能性を見せる本公演について、メンバーの石塚充に語ってもらった。

--『鼓童ワン・アース・ツアー2016~螺旋』ですが、どんな舞台になるんでしょう?


昔から演奏している「大太鼓」とか、「モノクローム」も演奏しますが、全く新しい解釈、新しい切り口を加えて、そこから未来へどうやって音楽的にもっと発展していくかということをメインに考えてやっています。「螺旋状に未来へ」という方向性がすごく強くなっていると思います。

--全体を通してみてどうですか?

定番曲と新曲を交互にやって、単純に過去と未来を行ったり来たりするというイメージで作っていて、すごく懐かしい感じになるのかなと思ってやっていたんですけど、できてみたら全然知らないところにたどり着いていたという感じですね。芸術監督とも何年も一緒にお仕事させていただいて、「これができたからその次へ」「これができたからその次へ」と毎年、自然と発展していったんです。音の出し方一つにしても。今回も同じ曲をやっても、新作を作っても、全部新しく聞こえて。見応えのある作品ができたなと思います。

--創立35周年を迎えられましたが、“このタイミングで鼓童の太鼓は変わった”という時期はありますか?

大きくは、玉三郎さんを芸術監督にお迎えしたことだと思います。芸術監督になられる前も『佐渡へ』という作品や『アマテラス』など、節目節目で一緒にお仕事をさせていただき、玉三郎さんは鼓童の元々の音とか、日本の伝統芸能をベースにした鼓童のスタイルを大事にしてくださって、それをベースにアレンジしてくださったんですけど、芸術監督になられてからは『神秘』という作品とその次の『永遠』を作っているあたりからすごく世界が振り切れていったというか。それまでは鼓童の世界観を大事にしつつ新しいものを加えていった部分がありますが、舞台芸術として世界で通用するためには“これではダメだ”というところをどんどん削っていったという感じです。メンバーの中でも「こんな作品ができるんだな」という意識改革があったと思います。

--『神秘』以降、海外公演でも反響や反応も違ってきましたか?

太鼓は世界でもすごく人気がありますし、喜んでいただけていたんですけど、『神秘』から明らかに変わったというか。珍しい外国の楽器を喜んでくださっていたり、一つの作品としてのストーリーを受け入れてくださっていたり。

--今は和太鼓のみならず、世界の楽器を取り入れていらっしゃいますね。

昔から外国の楽器を扱うことがありましたが、コラボレーション的な意味合いで使うことが多かったんです。でも、玉三郎さんは「同じ打楽器なんだから、何の境もなく同じように音楽として取り入れられるようにならなきゃだめだ」とおっしゃっていて。演奏方法も、音の出し方もかなり違うんですけど、どちらもできるようにならないとこれから先は厳しいと。それで太鼓と同じようにドラムセットも叩くようになりました。

--叩き方とか、音の出し方は、和と洋とでは違いますか?

違いますね。日本の太鼓はまっすぐに振り下ろして力がドンとかかるのですが、ドラムやティンパニーなど西洋のものは弾き返す、太鼓の上で撥を転がすような打ち方が多いです。なので、最初はそれをコントロールするのに苦労しましたね。

--使う筋肉や力加減も違うんですか?

結構違いますね。ドラムを叩いている住吉佑太というメンバーは、ずっとドラムだけを練習していると、一瞬太鼓が下手になると言ってました(笑)。使う筋肉が逆なので。

--今ではその辺はもう、馴染まれて?

そうですね。耳も、最初はドラムとかティンパニーと太鼓の音が別々に聞こえていたんですけど、混ざったときの音の気持ちよさとか、別々になったときの特徴とか、だんだん聞き分けられるようになりました。玉三郎さんはそういう成長をずっと求めていらしたんだなと理解できました。和太鼓の方がどうしても音量があるので、西洋楽器を取り入れ始めたころは「和太鼓をもっと繊細に、弱く叩きなさい」とおっしゃっていて、両方が馴染んできたら、今度は「太鼓の音に合わせてティンパニーとかドラムをもっと躍らせなさい」と。毎回、そこのパワーバランスでせめぎ合っています。

--石塚さんは、太鼓叩いているときはどういう精神状態になってますか?

僕、ずっとアドレナリンが出てますね(笑)。特に、すごく静かな場面の方がバーッと出ていたり。アドレナリンが出ると疲れを全然感じなくなるんです。舞台に出て照明を浴びた瞬間、ばっと出る感じが僕はありますね。

--石塚さんが鼓童に入られたきっかけは何だったんですか?

小さい頃から太鼓をやっていて。父も兄も太鼓の仕事をしていて、一家で太鼓をやっていたんです。一番身近な職業が太鼓の演奏家だったので、昔から自分は太鼓を職業に選ぶんじゃないかなと思っていました。でも、地元で家族や仲間とやっているだけでは自分自身が成長しないかもしれないとも思っていて。そして、高校生のときに鼓童を東京で初めて見て、なんか自由だなと思ったんですよね。どこの世界にも行けて、何でも取り入れてっていうグループは他にあんまりないんじゃないかなと思って。それで挑戦してみようと思いました。

--それから佐渡に行かれて、最初のころはどうでしたか?

小さい頃からやっていると有利かなと思っていました。周りもそういう方が多かったですし。でも、いろいろ染み付いていた変な癖を鼓童で徹底的にたたきなおされて。研修生の頃は癖を取るのに苦労しました。メンバーになってからも最初の何年かは「なんか鼓童っぽくないな」と言われていました。

--そう指摘されると、コンプレックスになったりしませんでしたか。

昔の自分を全部ゼロにして、鼓童の修行を一生懸命しようという部分もありつつ、どこかで鼓童っぽくない部分が何かしら役に立つだろうというのもずっとありました。なので、そこを死守しているところもありました。鼓童っぽさって何だろうと思ったときもありましたしね。でも今は、玉三郎さんが芸術監督になられて、柔らかく、丸く、自由にどこででも、どういうふうにも演奏できるようになりました。多分、僕は元々そういう感じが性に合っていたと思うんです。鼓童はストレートというか、硬派な感じがあったんです。とにかく強く、太く、たくましくみたいな。とにかく強く、強くという修行して、その上で今度は玉三郎さんが来られて、強いまま柔らかくなれたので、今はすごく理想的な方向に近づいているなという気がしています。僕個人としても、グループとしても。

--そのしなやかさを鼓童としてはどう受け入れていかれましたか?

鼓童の持つ強さに憧れていた若いメンバーは鼓童らしい太鼓を叩きたいと思って入っていたので、玉三郎さんが芸術監督に就任されて「ティンパニーを叩きなさい」とか、「ダンスを踊りなさい」となったので、戸惑っていましたね。強く、強くという方向で鍛えてきたのを、もっと柔らかく、西洋の楽器を叩いたり、フルートを吹いたり。当初はもっと小さな音でとコントロールされて、舞台上で笑ってはいけないし、歯を食いしばってもいけなくて。いろんな部分を抑制する指示がありました。だから最初はどこに向かっているんだろうかと、特に若いメンバーは思っていたと思うんです。それがだんだんと、この小さい音とか柔らかい音が確かに聞き手の心を揺らしているんだなということがお客様から伝わってきたり、自分たちもこの演奏でこんなに太鼓が良くなるんだと実感することも出てきて、作品を追うごとに玉三郎さんがおっしゃっている意味がわかってきたんです。『神秘』(2013)『永遠』(2014)『混沌』(2015)と辿ってきて、『混沌』ですごくいい方向に行ってるという感じになりました。

--『混沌』というタイトルとは裏腹に。

そうですね。『混沌』というとある意味で何でもありなんですけど、そこでメンバーが「あ、なるほど、こういうことだったんだな」と。西洋も東洋もなく、元々混沌としていたはずなんだからと。だからこれでいいんだなという発見がありました。


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--今、鼓童のメンバーには若い世代もたくさんいらっしゃいますよね。20代などの若い世代から受ける刺激はありますか? 

かなりありますね(笑)。僕達は「少ないものを深く深く、強く強く」という方向が強くて、それはそれですごく鍛えられました、玉三郎さんが芸術監督になられた後に入ってきたメンバーが多いのですが、今の若い子たちは最初から何でもやらされるし、何でもやっていいと言われているので、すごく柔軟というか、何も境がなくて。これもやっていいんだ、あれもやっていいんだって。だから自分達のアンテナの感度もよくて、何でも観に行きますし、誰とでも友達になるし、舞台上で怖がることなく何でもやれるとか、僕らの若手の頃にはなかったような動きがありますね。それと、フレンドリーというか、明るいですね。僕達が暗いというわけじゃないですけど(笑)。太鼓経験者も多いんですが、2000年代になってから太鼓界も中学生、高校生のレベルがものすごく上がっていて。コンテストも増えて、みんなすごくうまいんです。曲を作るのも上手ですし。僕らの頃には太鼓界はそういう感じじゃなかったので、今はいい時代だけど大変だなと思います。

--これからの目標を教えてください。

鼓童全体としては、この数年間で「音楽をもっと深めていくならこういうことが必要」「舞台芸術として深めていくならこういうことが必要」「舞台人として生活の中にこういうことを意識していかなきゃいけない」と、玉三郎さんにとにかくいろんな世界を広げていただきました。この先もずっと、玉三郎さんにそばで指導をしていただけるわけではないと思うので、自分達の感覚としてどうやって養っていけるのかなと考えます。『混沌』『螺旋』と、毎年面白い作品ができているので、自分達だけでもそういう作品をどんどん作っていけたらと思います。

--生活面でどういうご指導があるんですか?

まず食事のことが大きいですね。とにかく体が基本だから、栄養のあるものはもちろん、ある程度いいものを食べなきゃいけないとか。着ているものも、別に高級品じゃなくていいけど、きちんとした良いものを何でも着こなせるようにならなきゃいけない。もちろん謙虚でなきゃいけないともおっしゃっていました。そういう意味で、法被の衣裳じゃなくなったというのも、舞台人としては何でも着て、何でも似合わなきゃいけないということで洋服を着たり、日本の衣裳じゃないものもたくさん着せていただくようになりました。体調に関する意識とか、姿に対する意識とか、メンバーもこの数年ですごく変わった気がします。

--ちなみに、ご飯は何が一番、お好きですか?(笑)

まさかこの質問が来るとは(笑)。僕は、本当はカレーとか、コロッケとか、子供が食べるようなものが好きです。とにかくお米が好きで、下手すると炭水化物ばっかりになるんです。タンパク質、肉を食べなさいということなので、それを意識しています。

--お米が好きでしたら、新潟は米どころで…。

そうなんです! もう、たまらないです(笑)。

--(笑)。では、舞台の話に戻しまして(笑)、9月の京都公演がツアーの初日になりますね。初めて作品を舞台にかけるときはどういうお気持ちですか?

本当に緊張しますね。『混沌』『永遠』のツアーでは、初演が佐渡だったんですけど、本番前になると、楽屋も、楽屋の通路もシーンとしていて、舞台上で自分がどうなっちゃうのか、お客様が作品をどう受け止められるか全く未知数なので、みんな物を言うのもしんどいという感じになっていました。でも、今回の『螺旋』は稽古の段階ですごく気持ちが良くて、音楽的にも「これは楽しいな」という感じがしたので、そういう意味ではすごくリラックスしてできそうな気がします。すごく新しいけど、鼓童らしい世界になると思います。

 

舞台写真 撮影:岡本隆史




(2016年8月30日更新)


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石塚充
いしづかみつる●1979年8月6日生まれ、埼玉県比企郡出身。家族全員が太鼓の演奏家という環境で、幼い頃から太鼓に囲まれて育つ。1999年に研修所入所、2002年よりメンバーに。新人時代より主要演目に抜擢され、舞台では主に太鼓を担当。2007年より演出も手がける他、『焔の火』『Stride』などを作曲も。近年は経験者向けのワークショップを展開中。2013年、2015年に上演した『アマテラス』で音楽監督、スサノオ役を務めた。

鼓童
ワン・アース・ツアー2016
~螺旋

発売中

Pコード:297-624

▼9月3日(土)14:00
▼9月4日(日)13:00

京都芸術劇場 春秋座

一般-6000円(指定)
シニア-5700円(指定、60歳以上)

[演出]坂東玉三郎

[出演]鼓童

※学生&ユースは取り扱いなし。未就学児童は入場不可。シニアは要身分証明書。

[問]京都芸術劇場チケットセンター
[TEL]075-791-8240

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9月23日(金)一般発売

Pコード:308-908

▼12月17日(土)17:30

▼12月18日(日)14:00

NHK大阪ホール

S席-6000円 A席-4000円

※未就学児童は入場不可。

[問]ページ・ワン
[TEL]06-6362-8122

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