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「こんなダメな自分と関わってくれる1人1人を大切にしていけば、
 きっともう一度やり直せるんじゃないかって」
坂口喜咲の愛と孤独と再生の物語
『あなたはやさしかった』インタビュー&動画コメント

 ‘15年に2ピースガールズバンドHAPPY BIRTHDAYを解散以降、シンガーソングライターとして活動を続ける坂口喜咲(さかぐちきさ)から、3年ぶりとなる2ndアルバム『あなたはやさしかった』が届いた。クラウドファンディングにより資金を募りインディペンデントで制作された今作は、右も左も分からぬまま手探りでソロ活動を始めて3年、次々とぶち当たった挫折も絶望も、それによってあぶり出された途切れぬ音楽への情熱も愛も血に変えて、個性豊かなミュージシャンたちと共に鳴らした全9曲を収録。昨年はライブ活動を休止し渡米、「とにかく自分が一番いいと思うもの、納得いくもの、後悔しないものを何が何でも作りたかった」と語る最新作に至るまでの紆余曲折はもちろん、解散後は長らく触れられることがなかったHAPPY BIRTHDAYへの想いについて、音楽同様1つ1つ丁寧に、誠実に、言葉を重ねてくれた彼女。そのソングライティングの手腕を買われ、でんぱ組.incの夢眠ねむ初のソロアルバム『夢眠時代』への楽曲提供も行うなど、再び動き出した坂口喜咲の音楽人生の行く末とは? 不器用な彼女の音楽がこうも胸に響くのは、そこに確かな愛と孤独があるからだ――。

 
 
失敗もいっぱいしたし、反省して、学び、新しく始めるような3年間だった
 
 
――ソロとしての音楽人生が始まってからのこの3年は、きいちゃん(=坂口)にとってどういう時間でした?
 
「勉強期間みたいな感じでしたね。学び直しのような。失敗もいっぱいしたし、反省して、学び、新しく始めるような3年間だったと思います。“こういうことはしなくてもいいんだ”とか、“これはもっとやってもよかったんだ”とか」
 
――それは人に任せるんじゃなくて、自分でやってみたからこその学びよね。バンドを終わらせてソロを始めるときは、何かビジョンみたいなものがあったの?
 
「“ずっと音楽をやる”っていうことだけで…あの頃は正直、自信がなくなってたので、本当に自信を持ってやれること、本当にいいなと思えることをやっていきたいなって」
 
――メジャーではそれだけ多くの人が関わるから、みんなの正解を目指そうとすると、なかなかね。
 
「みんなで話し合って進んでいく方法を採ってたのでうまく判断できなかったんですけど…バンドではもう限界がきてました。でも、やるだけやった感覚もあって、これから先も音楽を続けていくのであれば、何か形を変えないとっていうところまではきてましたね」
 
――それもあってか、バンドの解散後早々に1stアルバム『朝が壊れてもあいしてる』('15)を出して。さっきのやらなくていいこと/やるべきことの話じゃないけど、アルバムの紙資料の紙質がやたらよかったのを覚えてます。“きいちゃん! こんなにいい紙じゃなくていいよ!!”っていう(笑)。
 
「もうCDのジャケットみたいな紙質でしたよね? めっちゃお金かかりましたもん!(笑) バンドをやってるときはスタッフの方がいてくれて当たり前の状況に慣れてしまってて、いかに動いてくれてるかが見えてなかったんですよね。1人になってできないことの多さを、しみじみと(笑)。出たいライブに出たいし、やりたい曲をやりたいし、全部自分でやれば全部できるじゃんと思ったんですけど、とんでもなかったです。むしろ何もできなかったです(苦笑)」
 
――1人じゃ何もできないと思ったとき、やっぱり挫折感はあった?
 
「その時期は長かったと思います。こんなにやりたいのにうまくできなくて悔しくて、どうしたらいいか分からず、とにかくライブに出まくって…例えば、女という性を売りにしてステージに立ってる人と一緒にライブすることもあって、ちゃんと音楽がやりたい、音楽を聴いてもらえないライブなら出なくていい、と虚しくなって。活動自体も行き詰まってたから、中途半端にやるくらいなら潔く止めようと、1回ライブ活動を休止しました。でも、ここを乗り越えたらまぁできるだろう、みたいにヘンに楽観的なところもあったと思います(笑)。いいものを作るには時間がかかるんだなと思って、その準備期間だと受け止めてました」
 
――じゃあそこまで悲壮感はないね。俺はもっとどん底まで行ってたのかなとも。
 
「いや、行ってたのかもしれないです。今は元気だから思い出せなくなってるのかも(笑)。私、イヤなことがあっても結構忘れちゃうんですよ。家のこととか、お金のこととか、続けてると音楽から逃げられるタイミングも来るじゃないですか? 音楽をやれない言い訳を見付けてしまっていた時期は辛かったですね」
 
――そして、このままじゃ何も変わらないと思って、一念発起してアメリカに行ったと。
 
「もうちょっと楽しく音楽をやれる環境があるなら行ってみたいなと思って、友達が“アメリカは?”って言うから、じゃあ行こうって(笑)。特に何も考えず、遠そうな場所だから、みたいな(笑)。いろいろと身の回りも落ち着いてきて、行くなら今しかないのかなって。向こうでも友達とか知り合いにちょこちょこ会って助けてもらいつつ」
 
――音楽的にも場所的にも、自分のフィールドじゃない土地に飛び込んで歌ったときはどういう感触だった?
 
「どこで歌っても楽しいし、お客さんの音楽を受け入れる力がすごくて、正直、日本よりやりやすいというか、日本にいるより楽だったんですよ。“うわぁ〜ここで音楽をやったら毎日楽しいな”と思った。何を求められてるかが分かりやすいし、ダメならダメ、いいならいいってすぐに返してくれる。でも、日本でライブをやっても、あんまり反応が返ってこないからこそ、日本でそれができた方がカッコいいなと思って、絶対に頑張ろうと思いました」
 
――日本で盛り上がらないときは凹まないの?
 
「シュールなことをやってシーンとなる空気にもう慣れてるから(笑)。でも、後でちゃんと分かってくれた人の反応は返ってくるんで。ちゃんと伝わる人には伝わってるんですよね」
 
 
誰かを思って、誰かを大切にできてる自分であればいいなって
 
 
――今作の制作に向けたクラウドファンディングの呼びかけでは、“去年あたりからしばらく煮詰まっており、自分のライブや自身から生まれる楽曲や歌に対して迷いが生じていました”と書いてたけど、この迷いとはいったい?
 
「バンドの頃って、“次はこういう曲を作りましょう”ってみんなで話し合ってから制作するのが当たり前になってて。歌詞にも細かく一言一句訂正が入ってたんです。“自分が自然に作る曲は受け入れられないんだ”とか、“そのイメージの曲を作れる人だったらきっと誰でもいいんだ”とか、卑屈に捉えてしまったりして。自分がただただいいと思うものを作ることは、できなくなってたんですよ」
 
――やりたいことをやろうと思ってソロになったのに、案外難しかったんだね。
 
「その癖が抜けなくて、あの頃はまだ、求められてること、ファンの人が聴きたいものを考え過ぎちゃって。で、昔を思い出そうと極端に初期衝動みたいなことをやってみたり、いろいろやりましたね。メジャーだったら絶対にダメだって怒られたこと、NGだったことをわざとやっていくうちに…でも本当はそんなことがやりたいわけじゃなくて」
 
――NGだったことをやることが目的になっちゃって、自分が本来やりたいことじゃない。
 
「そうなんですよ。いいこと悪いこと、やりたいことやりたくないことがグチャグチャになっちゃって」
 
――でも、今こういうアルバムが出せたってことは、何かしら光明が見えたからで。
 
「そもそも売れるために音楽をやるわけじゃなくて、自分の作った音楽が聴いてもらえて、結果として売れるっていう順序じゃないとおかしいと思って。“売れる曲を作ろう、どうにか人が聴いてくれる曲を作らなきゃ”みたいな気持ちが大きくなり過ぎてたんですけど、とにかく自分が一番いいと思うもの、納得いくもの、後悔しないものを何が何でも作りたかった。人の評価はその後だと思えたんです。自分が最高と思えるものを作りさえすれば、あとはもう周りの人たちを信じる、感謝する…今のこんなダメな自分と関わってくれる1人1人を大切にしていけば、きっともう一度やり直せるんじゃないかと思って。もう本当に地道に、野望とかも特になく、“ただただいいものを作りたい”っていうだけで。今もそこでしか動いてないですね」
 
――クラウドファンディングをやろうと思ったきっかけは?
 
「純粋にお金がなかったのもあるんですけど(笑)、その頃には仲間が少しずつ増えるような感覚があって、この人たちとならいいものが作れるかもって。あと、いろんな人が私の周りから呆れて離れていったけど、それでも残ってくれてるファンの人たちを大事にしたかったし、そういう人たちの力を借りて、協力し合ったら絶対に楽しんでもらえる自信があったんですよね」
 
――割と早いタイミングで目標金額にも到達して、ありがたい話よね。
 
「本当にビックリしました。ライブをしてなかったから忘れられて当然だと思ったし、集まらなくても仕方ないというか。それでも支えてくれる人たちがいて、いっぱい助けてくれて…もう本当にファンの人たちの力ってすごいなと思いました。今いるファンの人たちは私のダメなところもきっと全部見てると思うから…それでも離れずにいてくれた人たちや、新しく出会ってくれた人たちが協力してくれたと思うので、すごい信頼してます」
 
――そういう頼もしいサポートがあって、久々アルバムを作ろうとなったとき、何か形にしたい想いはあったの?
 
「今の自分の気持ちを素直に歌いたかったというか、本当に自分がやりたいもの、いいと思えるものを胸を張って作っていれば、絶対に人に届くと思ってたんで」
 
――それって言葉にすると、どういう音楽?
 
「…優しい音楽(笑)。愛を感じるものだといいなと思いますね。誰かを思って、誰かを大切にできてる自分であればいいなっていう気持ちがありました」
 
――それで言うと今回のアルバムは、無謀なほどの愛があるよね。きいちゃんの愛の大きさというか深さを感じます。それできいちゃんが幸せになるかは分からないけど(笑)。
 
「アハハ!(笑) でも、自分の理想像でもあります。実際はこういう人間じゃないからこそ書いたり。もっとクズですから、本当に(笑)。この3年で好きな人がいっぱい増えたんで、そういう大事な人たちのことを思って書きました」
 
――俺がこのアルバムから強く感じたのはやっぱり、“愛”と、“孤独”ですね。
 
「あぁ! それはもうまさにテーマだと思います。人間みんな孤独じゃないですか」
 
――きいちゃんはイヤなことを忘れるくせに、何で孤独感だけは忘れないのかというか、常に曲に出てるのか(笑)。
 
「確かに…いろんな想いがあって曲を作って結果的にこうなってるんで、もうそういう人なんでしょうね(笑)。みんな支え合って生きてるけど、どこまで行ってもそれぞれ“個”だから、やっぱり寂しいなとよく思うんですよ」
 
――このアルバムはいきなり、『あいのうた』(M-1)の“ぼくはいつもひとりよ”から始まるもんね。ある種、高性能な寂しさレーダーがきいちゃんにはあるのかもしれない。
 
 
音楽がやりたくてしょうがない
音楽へのラブソングみたいな曲ばっかり
 
 
――今作の、タイトなベースラインとサイケなファズギターが印象的な『スロープ OVER THE RAINBOW』(M-7)、ポップなシンセが効いてるサマーチューン『夏の姫』(M-8)の流れとかはオシャンやな~。
 
「ありがとうございます。元のコードはだいたいシンプルなので、それをちょっといい感じに変えてくれたりアレンジしてくれた、みんなの力ですね。本っ当に演奏してくれた人たちが曲をよくしてくれたんですよ」
 
――『DECEMBER』(M-6)とか『お花になりたい』(M-9)は、すごく坂口喜咲な感じが。
 
「これは素直に書いた感じがします。でも、どっちもめっちゃ時間がかかりました。全曲に言えるんですけど、歌詞とメロディは何回書き直したか分からないです。同じ曲を1年とか2年とか納得いくまで永遠に書き続けてます(笑)。クソみたいな曲も合体させたらいい曲になったりもするし、バンド時代にボツになった曲もあるし、今回はそういうものも組み合わせて、何十曲もあった曲を合体させた9曲ですね」
 
――『DECEMBER』なんかは、無気力状態な時期からの再生の物語みたいな。
 
「そうですね、しばらく人前に出なかったときのことを(笑)。そうなると、どんどん太っていくし、どんどん身体も頭も動かなくなって、どんどん心も老いていく感じがして。音楽をやってないと具合が悪いです。苦しくてもライブを続けてれば、こうはならなかった(笑)。この曲は音楽がやりたくてしょうがない曲ですね、本当に。今回は音楽へのラブソングみたいな曲ばっかり」
 
――『お花になりたい』も、歌うと素直になれるし、でも悲しくもなるし、それでも歌わざるを得ないっていう。
 
「そうなんですよ。もうしょうがない。歌うしかないんですよね。歌わないと具合が悪くなるんで(笑)。生きていくためにも歌わなきゃいけないことを痛感したというか」
 
――“NO MUSIC, NO LIFE. ”とはよく言うけど、歌わなくても生きていける人がほとんどの世の中で、きいちゃんの場合は生き様というよりマジで生命維持装置として(笑)。
 
「だって、この3〜4年は常に微熱があるような体調だったんですけど、このアルバムを出してからは1回も風邪を引いてないんですよ? そんなことあります!? 体調よ過ぎです(笑)」
 
――ちなみに、アルバムに参加してくれている、ねつのりお(ds)というのは?
 
「ねつのりおは普段は働いてる会社員です(笑)。“のりおはドラムがめっちゃヤバい”みたいに人づてに聞いて」
 
――すごいね、今は会社員なのに(笑)。
 
「バンド活動自体に数年間のブランクがあって、普通、週5で会社に勤めてたらなかなかドラムを叩く時間もないじゃないですか? でも、“1人で個人練に入ってる”って聞いて。普段バンドもやってないのに(笑)。これは相当好きだなと。寝る時間もない中、1人で個人練に入る。そういう音楽大好きな人は信頼できるなと思って。超ストイックだし、めっちゃいいドラマーです!」
 
――『靴下』(M-2)とか『スロープ OVER THE RAINBOW』のギターを弾いているのは?
 
「君島大空(g・高井息吹と眠る星座)くんで、ほぼ全曲のギターを弾いてます。素晴らしいギタリストですね。私、“好き!”って思えるギターの人ってかなり少ないんですけど、ここ数年対バンした中で唯一、“うわ! カッコいい!!”ってなった人です。最初は怖かったけど話しかけてみたら、めっちゃいいヤツだったっていう」
 
――闇日本5000(b・まん腹)は?
 
「この人も紹介なんですけど最高です! いやもう、闇日本はヤバいです。ポケモンカードを本気でやりまくってる人です(笑)。ねつのりおと闇日本と君島くんが、“坂口喜咲とシーパラダイスの皆さん”のメンバーです。私がいつもシュールで人からドン引きされてたようなことにもすぐに乗ってきて、セッションになるんです。空気感が本当に絶妙で、こんなことができる人たちがいるんだと思って。みんな歌えるし」
 
――バンドセットの名前は、何で“坂口喜咲とシーパラダイスの皆さん”なの?
 
「うちにドジョウとかがいる水槽があって、遊びに来た友達がそれを見て、“何ですかこれ? 坂口シーパラダイスじゃないですか!”って(笑)。何かワクワクするバカバカしさと、楽しさと、“皆さん”まで入ることによってくだけた感じも出るなと思って。どこにもつるんでない、孤独・孤独・孤独・孤独みたいな4人が仲良く集まってます(笑)」
 
 
こういう曲が私には必要だと自分が欲してる
 
 
――ちょっと気になったのは『ポークカツ』(M-4)で。ポークカツって曲のモチーフにはなかなかならないし、トンカツだったらまだしも何でポークカツ?
 
「私の大好きな定食屋さんのポークカツが、もう死ぬほど美味くて。食べると泣けてくるんですよ、美味過ぎて。もう大好き過ぎて場所は秘密です(笑)。この店主のおじさんはロックが好きな人で、ライブも観に来てくれるんですけど、無愛想な感じもたまらなく好きで」
 
――本当に思ったより恋愛云々じゃないんだね、このアルバム。
 
「恋愛は自分の中の割合的にそんなに占めてないんですよ。なので、ラブソングにはなってるんですけど、恋愛が元ネタになってるかというとそうでもないんです。割と淡々と生きてますよ(笑)」
 
――『あたしの彼氏の悪口言うやつ全員殺す』(M-5)は、きいちゃんの毒をぶちまけてるね。
 
「でも、地下アイドルが嫌いっていうわけじゃないんですよね。ちゃんとしてる子もいるし、そういう子は逆に共感してくれたりもして。だから、傷付かずに聴いてくれたらいいなって。あなたじゃないよと思いつつ(笑)」
 
――リード曲の『地下鉄』(M-3)はどういう発想から生まれたの?
 


「昔からあった曲で、歌詞ができなくて、書き換えて書き換えて…いつもの歌詞の雰囲気を残しつつ、30歳になって恋愛とかもうどうでもいいみたいな気持ちもありつつ(笑)。こういう曲が私には必要だと自分が欲してるというか」
 
――このMVの舞台はまさかの大阪と。逆に東京だったらできないかもね、こんなゲリラ撮影(笑)。周りの人は、“何やってるんやろこの人たち?”っていう顔で見てた?
 
「はい(笑)。“いろんなヤツがおるなぁ”っておじさんに言われました(笑)」
 
――アハハハハ!(笑) そして、『あなたはやさしかった』というアルバムタイトルはどこから?
 
「いろんな意味に取れるなと思ってふと思い付いたんですよ。好きだった人を思う気持ちもあれば、悔いもあれば、家族とか友達とか、誰に対してもそれぞれが思うことができるタイトルでいいなって。タイトルを決める期限があと3日くらいで、“もうダメ、決められない!”ってなったとき、ちょうど自分の心境にピッタリきたのがこれで」
 
――『あなたはやさしい』じゃなくて『あなたはやさしかった』っていう一抹の寂しさと、確かにあったぬくもりと。ジャケットもきいちゃんの好きな写真家のうつゆみこさんが担当してくれて、充実の制作でしたね。
 
「ジャケットもMVも全部そうなんですけど、本当に好きな人と、“いいものを作りたい”っていう気持ちを分かってくれる人とだけ、やりたいことをやってできたアルバムだと思います。そこだけは貫きたかったんですよ。違う気持ちで入ってくる人を、どうしても入れたくなかった。美しく作りたい気持ちが強かったですね、すごく」
 
――こういった大切な作品を作れたことで、ライブの感覚とか楽しみ方も変わった?
 
「今までは歌いたいばっかりだったんですけど、ギターを弾くのも楽しくなってきて。グルーヴとかも含めて全部観てほしいです。あんまりいないと思います、こんな面白い人たち(笑)。しかも上手いんですよ。優しいし、愉快だし、ユーモアの効いたヤバい人たちです」
 
 
目の前のことを一生懸命やって
目の前にいる人たちをきちんと大切にしていきたい
そうすればきっと伝わると信じてます
 
 
――話を聞いてると、きいちゃんはまさに音楽人生における変革期にいる感じがしますね。
 
「そうですね。あと、すごいことを言うと、ぶりっ子するのをやめたんですよ(笑)。気付きました?」
 
――ぶりっ子はもう、HAPPY BIRTHDAYの終盤にはしんどくなってますっていう印象だった(笑)。
 
「そうです(笑)。でも結局、ソロになってもしてたんですよ、かわいいと思われたい気持ちが大きくて。かわいいものが好きだったし、かわいいものを作りたかったのに、今回でそういう気持ちもなくなっちゃって…。ぶりっ子をやめたことは歌にもかなり影響が出ていて、どの曲もキーをめっちゃ下げて、自分の声に一番合うラインとテンポを探しました。何だか今はキンキン声を聴くのがしんどくなっちゃって。その方が歌うのは得意なんですけどね」
 
――HAPPY BIRTHDAYの話が出たからあえて聞くけど、きいちゃんは今回の作品で改めてソロのスタートラインに立てたと思うけど、あっこはあっこで頑張って、今はラッパーの“あっこゴリラ”として独自の地位を確立してて。それに対して思うところはあったりするのかなと。
 
「私は彼女のドラムがすっごい好きで、最高にカッコいいと思って一緒にバンドを始めたんで、どれだけエネルギッシュな人かをずっと見てたし、出会った頃から“ジャングルみたいな感じが好き”とか言ってて、ずっとやりたかったことを今やってるように見えるので、純粋によかったなって思います。私も人と比べる気持ちがなくなったので、そう思えるんですよね。それはあっこだけじゃなくてみんなに。人の目を気にしなくなったというか、人の評価より自分がどう思うかが今は大事なので」
 
――うんうん。元をたどれば、どちらも表現者のグループだったってことね。
 
「元々“ヤバいヤツ同士で組むんだ”ってHAPPY BIRTHDAYを始めて、2人でダイブするとかそういうことを想像してたんですけど(笑)、組んですぐ事務所が決まってトントン拍子で進んで…そもそもかなり早い段階から2人だけでやってきたものじゃなかったんですよね、HAPPY BIRTHDAYは。だからもう、(レコード会社と事務所の契約が終わっても)2人には戻れなかったです」
 
――幸か不幸か、早くから大人が目を付けてくれたからこそ、HAPPY BIRTHDAY=2人の表現じゃなくてチームの表現っていうのが、相当初期段階からあったんやね。バンド時代にきいちゃんが声帯を壊してライブ活動を休止したとき、あっこに時間ができたのも1つのきっかけだろうし。きいちゃんが休んだこと、きっかけができたこと、元々やってたこと。なるほどね、みたいなところはあるね。
 
「HAPPY BIRTHDAYを始めたっばっかりぐらいのとき、占いに行ったんですよ。霊視できる占い師さんで、その人に相方がいるみたいな話をしたら、“この子はね、数年後はマイクを持って歌ってるよ。別々でやってる”って言われて、“マジかよ!”みたいな(笑)。ちょっとビビりましたね、今その通り過ぎて怖っ!て(笑)」
 
――まぁでもこの辺の話は、お客さんはぶっちゃけ気になるよね(笑)。
 
「ファンの人たちは確実に知りたいところでもありますからね(笑)。多分、お互いにやるべきところに戻っていっただけだと思うんですよ。精一杯やったので全然悔いはないし、本当に一生懸命作ったのでどの曲も大事だし、すごく好き。ex. HAPPY BIRTHDAYという表記がないことで、まるで私が黒歴史かのように思ってるみたいな人もいますけど(笑)、そんなふうに全く思ってないし、なかったことにもしてないし、ただただ私はずっと曲を作って歌うだけで、自分の中では続いてるんですよね」
 
――HAPPY BIRTHDAY時代の曲は、最近はライブでも全然やってないの?
 
「弾き語りのワンマンのアンコールで歌ったりしてたんですけど、最近はやってないかも。作ったときと同じ気持ちで歌える曲はやります。大切な曲がいっぱいあるんで。よくライブで“HAPPY BIRTHDAYの曲はもうやらないんですか!?”とか言われますけど、いやいや、たまにやってるよ!(笑) でも、それをバンド編成でやるのはちょっと違うかなと。ドラムはやっぱりあっこが叩くつもりで作ってたし、今それを他の人に叩いてもらって演奏する気はなくて。それはHAPPY BIRTHDAY以外ではやれないですね。ただ、バンド名をずっと引きずる人もいるじゃないですか? ああはなりたくないんですよ。元いたバンドを利用するみたいな感じがイヤなので、あんまり言ってないだけで」
 
――そうよね。『あなたはやさしかった』には、坂口喜咲の今の表現があるからね。
 
「今をやっぱり歌いたいので。今の方がいいと思ってやってるし、本当に大事なアルバムができたし、こうやっていけば大丈夫っていう自信にもなりました。でも、さらにステップアップが必要だと思ってます。これから音楽を続けていくためにも、もっとちゃんと音楽を作れるように、どんどん試行錯誤していきたいです。目の前のことを一生懸命やって、目の前にいる人たちをきちんと大切にしていきたい。そうすればきっと伝わると信じてます。不器用かもしれないですけど、1つ1つ丁寧に、力を抜かずに、向き合っていきたいと思います」
 
 
Text by 奥“ボウイ”昌史
 




(2018年9月21日更新)


Check

Movie Comment

新譜にライブにカレーにサウナ(笑)
坂口喜咲からの動画コメント!

Release

ジャケットは写真家うつゆみこ作!
3年ぶり充実の2ndソロアルバム

Album
『あなたはやさしかった』
発売中 2200円(税別)
キイチャングループ
KISA-02

<収録曲>
01. あいのうた
02. 靴下
03. 地下鉄
04. ポークカツ
05. あたしの彼氏の悪口言うやつ全員殺す
06. DECEMBER
07. スロープ OVER THE RAINBOW
08. 夏の姫
09. お花になりたい

Profile

さかぐち・きさ…東京都出身のシンガーソングライター。2人組ガールズバンドHAPPY BIRTHDAYの歌とギターとして’11年にメジャーデビュー。’15年4月に解散後、本名の坂口喜咲として活動開始。同年6月には1st アルバム『朝が壊れてもあいしてる』を、8月にはice cream studioにて一夜でレコーディングしたプライベート音源『お花になりたい』を配信限定リリース。’16年3月にはライブ会場限定販売の宅録アルバム『きいちゃんとひまわり』をリリースし、弾き語りで全国5ヵ所のツアーを敢行。’18年6月20日、クラウドファンディングにて制作資金を募った2ndアルバム『あなたはやさしかった』をリリース。趣味は、絵を描くこと、サウナ、食べること。

坂口喜咲 オフィシャルサイト
http://kisaofficial.tumblr.com/

Live

濃厚なバンドメンバーと送る
最幸の大阪公演が間もなく!

 
【大阪公演】
『坂口喜咲 2nd Album
「あなたはやさしかった」Release Party
~ハッピーエンジェル2018~』
チケット発売中 Pコード124-931
▼9月26日(水)19:00
LIVE HOUSE Pangea
オールスタンディング2500円
[共演]テレビーズ/君島大空
LIVE HOUSE Pangea■06(4708)0061

チケット情報はこちら


Comment!!

ライター奥“ボウイ”昌史さんの
オススメコメントはこちら!

「普通インタビュ―って、レーベルや事務所やイベンターがメディアに打診して、メディアがライターに依頼して、みたいな感じなんですけど、今回の事の発端はきいちゃんからの直LINE(笑)。からの周りの大人が動くという流れ。それもこれも彼女がインディペンデントで活動して、自分の作品を自分で発信しようと、ちゃんともがいているからで。HAPPY BIRTHDAY時代から“作家とかもやってみたら?”って言いたくなるような作曲能力の高さを感じさせていた彼女ですが、『あなたはやさしかった』では話を聞いてるだけで一緒に呑みたくなるような個性的なミュージシャンに支えられ(笑)、持ち味と新境地が共存する珠玉のポップソングがズラリ。ある意味イメージ通りだった1stアルバムから進化して、きいちゃんの新たな魅力と可能性を存分に感じる作品に仕上がりました。出会ってそこそこ経ちますが、音楽的にも人間的にも、今のきいちゃんが一番好きですね。他では語られていない元相方で現ラッパーの“あっこゴリラ”についても、お互い酒の力を借りて聞いて語って、載せられるところだけ載せております(笑)。再び音楽を奏でる歓びを取り戻したきいちゃんの今後に大いに期待します!」