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北海道と鹿児島。遠く離れた場所が繋がって産まれたバンド
Ancient Youth Clubが、好きな音楽から出会い結成に至った
経緯から、現在の心境、そして1st EP『FOR,EMMA』に
ついて語り尽くした彼らの入門編インタビュー!!

 北海道を拠点に活動する平均年齢20歳の4人組、Ancient Youth Club。2015年に200枚限定で発売し、見事に完売した5曲入りEP『FOR,EMMA』が同郷のバンドであるFOLKSの岩井郁人によるマスタリングと、OLDE WORLDEの沼田壮平が手がけたハイセンスなジャケットに包まれこの夏に全国発売。高校時代から10代の終わりにかけて作られたという収録曲は、イギリスの4ADレーベル周辺のバンドや同郷のsleepy.abともリンクする凛とした透明感のあるサウンドと、その音に乗ってするりと耳に滑り込んでくる親しみのあるメロディー。情景や心情を丁寧に描きながら、映画のように物語を紡いでみせる日本語表現にもセンスが光る。間違いなく、大注目しておきたいバンドだ。北海道を中心にライブも活発に行っている中、2017年1月14日(土)心斎橋CLAPPERで開催される幾何学模様のジャパンツアー&Klan Aileenのリリースパーティーとなるライブイベント『TONE FLAKES Vol.113』に、Turntable Filmsとともに出演が決定。それまで顔も知らなかったメンバーたちがSNSを介し、好きな音楽を通じて何かに引き寄せられるように出会いバンド結成に至った経緯から、20歳を迎え音楽的な変化も訪れつつある2016年現在の心境までを4人が語ってくれた、これさえ押さえておけばOKのAncient Youth Club入門編インタビュースタート!!

――大野さんと今井さんは鹿児島出身で、樋口さんとK.Jさんは北海道出身。そして現在は4人とも北海道在住。資料に、「2013年に鹿児島、北海道間で結成」とありますが詳しく教えてもらえますか?
 
今井竜成「僕と佑誠(大野)は高校の時にTwitterで知り合ったんですけど、お互いプロフィール覧に好きなバンドを書いてて、たまたま僕が彼を見つけて音楽の趣味が似てたからフォローして。僕らもともとGalileo Galileiが好きで、僕も彼らを入り口に洋楽を聴くようになって、バンドをやり始めて」
 
大野佑誠「僕はその頃は1人で弾き語りをしてました。彼(今井)がライブを観に来てくれて、話してみたら意気投合して“一緒に音楽をやろう”ってことになって」
 
今井「その頃は2人とも実家に住んでたんですけど、話してるうちに家が徒歩3分ぐらいしか離れていないことがわかって。僕は彼より1つ下だったし、通ってた高校も地元じゃなかったから、それまで本当に全然知らなくて」
 
――そんなことがあるんですね。
 
今井「それからは、ほぼ毎日会って遊んでました。ライブを観た時に、彼の声がすごく自分の好きな声だったんで、びっくりして。自分がやってたバンドは置いておいて、彼と一緒に音楽をやろうと」
 
大野「“一緒に部屋を借りようか”って話にもなったよね(笑)」
 
今井「そう。初めて会った次の日に不動産屋に物件を見に行って。“これぐらいの家賃ならいけるかな”とか言って。今思えば16歳、17歳のガキがアホでしたね(笑)」
 
樋口健介「けど、それだけの行動力があったから後に彼らは北海道へ来れたんですよね」
 
――それが2013年の1月頃。大きな出会いだったんですね。
 
大野「音楽をやってる友達は他にもいましたけど、自分の好きなバンドとか洋楽の話をする相手はいなかったんですね。お互いにそれが一気に発散された感じで」
 
今井「ドーターやマーブル・サウンズ、シガー・ロスとかが好きで、洋楽といっても幅広いけど、好きなものが似てたからなおさらで。それまでバンドのメンバーともあまりそういう話はしなかったし、その頃僕自身もまだ全然何もできなかったからバンド自体もなかなかうまくいっていなくて。当時はギター&ボーカルをやってたんですけど、佑誠が同じパートだったから、僕はベースをやろうと。それまでやったことがなかったんですけど、彼と一緒にやるためにベースを買って練習し始めました(笑)」
 
大野「僕はそれまではずっとソロでやってたから、バンドはやったことなくて。遊びで友達とスタジオに入ったりしたことはあったけど、基本はソロでアコギにiPadを使って同期したりして」
 
今井「リズムマシンで打ち込みとかもしてて、それもすごいなって。ちょうどその頃シンセポップみたいなニュアンスが気になってたから、自分がやってみたいと思ってたことを彼がやってたのも刺激になりましたね」
 
――大野さんはソロにこだわりがあったわけではなかった?
 
大野「そうですね。竜成と話してすぐに一緒にやろうと思ったし、鹿児島で2人でライブもしたね。同期してみたはいいけど全然うまくいかなかったり」
 
今井「今となってはいい思い出です(笑)」
 
――北海道にいる樋口さんと知り合ったのは同じ2013年ですか。
 
樋口「はい。その年の6月か7月ぐらいに、僕もTwitterで知り合いました(笑) 。K.J と僕は同級生で6月ぐらいまで一緒にバンドをやってたんですけど、その時高3で受験もあったし、K.Jは部活もあったし、バンドは本腰を入れることもなくやってて飽きてきた頃で(笑)」
 
今井「知り合う前から僕は健介(樋口)をフォローしていて。同世代の10代のバンドがどんなクオリティで音楽をやってるのかすごく興味があって、一時期YouTubeやSoundCloudを掘りまくってた時に健介がSoundCloudにアップしてた音を聴いてました」
 
樋口「2人とフォローし合ってから、遊びというか勉強会みたいな感じで“曲でも作ろうか”ってSkypeでやり始めて。その頃お互いに宅録にハマッてたから、作り始めたら2か月で30曲ぐらいできて。そうやって3人でやりとりしてる時は、自分たちで作ったものを聴いてもらいたいとか発信したいみたいな気持ちはあったけど、“バンドを組もう”って話はなくて。曲を作ってはSoundCloudに上げていくという感じで、完全にインドアな感じでしたね」
 
今井「僕は変わらず、佑誠(大野)とバンドをやろうとは思ってたよ」
 
――2人は鹿児島でメンバーを探そうとは思わなかった?
 
大野「趣味が合う人が鹿児島にいなくて(笑)」
 
今井「北海道にはいたけど、鹿児島にはいなかったんです(笑)」
 
樋口「その年の12月に2人が北海道に遊びに来てくれて、初めて会いました。その頃には曲もいくつか完成していて、Twitterにアップしたらちょこちょこ反応もあったりして。1週間ぐらいの滞在だったんですけど、その時にFOLKSとかame full orchestraとか地元のカッコいいバンドのライブをたくさん観て感動して、“一緒にやりたいね”って話になって」
 
――ようやく(笑)。
 
K.J「高3の時に僕と健介がやってたバンドは、『閃光ライオット』に出ようというだけで始まったバンドだったから、もともと志も低くて。学祭のノリでGalileo Galileiのカバーもやったりしながら“楽しければいいや”って感じだったけど、健介はオリジナルを書いてて彼だけはちゃんと音楽をやってましたね」
 
樋口「K.Jはスタジオミュージシャンになりたかったんだよね。彼は、高校のバンドではボーカルをやったりもしてたけど、基本はジャズドラマーです」
 
K.J「教育大の音楽科に籍を置いています。健介は早い時期に受験が終わったので、高3の時のバンドがなくなってからは顔を合わせる機会もそんなになかったけど、翌年の2月に鹿児島へ3人でライブしに行ったのは聞いてました」
 
樋口「その鹿児島のライブは思うようにうまくいかなくて、4月から僕とK.Jは大学に進学して、5月に札幌でライブをやった時にK.Jにサポートをお願いして。それからずっと一緒にやってるうちにいつのまにか彼が正式メンバーになってました(笑)」
 
――鹿児島でのライブが2014年2月で、その年の秋に大野さんと今井さんが札幌に拠点を移し、本格的にAncient Youth Clubが始まった。
 
樋口「最初、なかなか2人の移住が上手くいかなくて9月から1か月ぐらい僕の家に2人が居候みたいな形で泊まり込んで。好きな音楽の話をしたり、曲を作ったり、長い合宿みたいでしたね。その間に『FOR,EMMA』の『Stay』(M-3) 以外の曲はできてました」
 
今井「札幌に来てからはnever young beachとかYogee New Wavesとか、来札バンドのライブによく出させてもらって、ライブハウスの方もすごく推してくれて嬉しかったですね。札幌のいろんな先輩も紹介してもらって」
 
――それはやっぱり、曲が良かったからでしょうね。
 
今井「ありがとうございます。その頃から『FOR,EMMA』の曲はライブでやってましたね」
 
――『アンドロイド』(M-4)は5曲の中でも特にシューゲイザーっぽい色を感じますが、普段からそういう音楽を聴くことが多いですか?
 
今井「僕はそうですね。ライドは聴くけど、マイ・ブラッディ・バレンタインは通ってなくて、ザ・ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートとか」
 
――ひんやりした透明感や冷たい匂いみたいなものを曲に感じるのは、そういった音楽の影響でしょうか?
 
樋口「冷たい空気みたいなのを感じるっていうのは、よく言われますね」
 
大野「アイスランドとか寒い地域の音楽が好きだからかな。でも一番好きなのは僕はボン・イヴェールですね」
 
――自分の中のどんな感性がそういった音楽を受信したんだと思います?
 
今井「僕は、1人でいても大勢でいても寂しい気持ちになることがすごく多くて。その時の気持ちに寄り添ってくれる音楽というか。映画もすごく好きでよく観るんですけど、“このシーンと自分の気持ちが重なるな”という時に鳴る音楽はそういうタイプの音楽が多くて、気持ちが落ち着くんですね。夜に眠れないことが昔から多くて、そういう時の明け方に聴くと、ハマる。楽しい曲も青春っぽいキラキラしたものも好きなんですけど、その中にある切なさに惹かれるのかなと思います」
 
樋口「わかるわかる」
 
大野「僕の場合は、気が付いたら寒い地域の音楽を選んでたような気がする」
 
今井「僕は佑誠に最初に会って話した時に、多分自分が感じるのと同じものを感じている人なんだろうなとは思いました。“ドーターの『youth』が好き”と言った時に“こいつ、絶対わかってるな”と思いました。健介もちょっと切ないのとか、ポラロイドフィルムの色みたいなのとか好きでしょ?違う部分もたくさんあるんですけど、この3人は近い部分はすごく深く近くて。そういったものが出会わせたのかなと思います」
 
――寒い地域の音楽が好きな3人と、K.Jさんはちょっと好みが違うんですよね。
 
K.J「僕は南米寄りですね。メタリカとかも聴くしヨーロッパなんてヨーロピアンジャズぐらいしか知らないし、3人に比べたらかなりポジティブです(笑)」
 
樋口「彼のキャラクターはすごくプラスに作用してて、サポートでやってくれてる当時からライブでも助けられてたし、頼ってるところが大きいですね」
 
――アルバムの曲はどれも日本語詞ですが、ストーリーを描きながらも言葉がメロディーや音の邪魔になっていなくて、洋楽っぽさを感じる瞬間もありました。
 
樋口「佑誠の声質もあるんでしょうね。結構、複雑な声をしていると思うんですけど、歌い方が柔らかいんですよね」
 
――『Stay』と『アンドロイド』以外は、作曲のクレジットがバンドになっていますね。
 
樋口「『アンドロイド』は高3の時にコーラスだけできていて、ちゃんと完成させたのは結成してからですね。『Cycle』(M-1)と『Milk』(M-2)はスタジオで1回合わせて、そこから佑誠に“1週間後のライブの日までに歌詞つけてね”ってお願いして。“その代わりに僕が『Manhattan』(M-5)を書くから”って、ミスタードーナツでメロディーと歌詞を書きました」
 
大野「僕は札幌駅で歌詞を書きました。1週間で2曲は結構ツラかった(笑)」
 
――ボーカルとして、樋口さんの作るメロディーや歌詞はいかがですか?
 
大野「難しいです。歌詞も長くて言葉も多いし、“雁字搦め”(『Stay』)とか漢字も多いし(笑)」
 
――『Manhattan』に“朝に眠って夜に生きる街”という歌詞がありますが、これは樋口さんの中でマンハッタンのイメージですか?
 
樋口「夜の繁華街をイメージして書いたんですけど、ニューヨークには行ったことがないから、すすき野を想像して書きました(笑)」
 
K.J「すすき野……。途端にダサくなるな(笑)」
 
樋口「言わない方が良かった?(笑)。歌詞は洋画っぽい雰囲気を入れたくて、映画の主人公の男女を考えて書いていって。僕の場合は、そういうふうに頭の中でストーリーをイメージして歌詞を書いていくことが多いですね」
 


――『Stay』にも“踊りをやめた退屈な街”とありますが、この場合の街は自分たちのいる世界になるんでしょうか?
 
樋口「どうなんだろう?“街”とか“退屈”とか“部屋”とか、“気持ち”って言葉はすごくよく歌詞に登場してると思います。デモの段階で入ってたりもするし」
 
今井「確かにそうだ」
 
――リアルですね。自分のいる世界から見えているものというか。
 
樋口「細かいところはいろいろ違うんでしょうけど、その時々の気持ちが出てるのかなぁ。ただ歌詞は、何も考えずに書いてると思います。曲の完成形を早く自分で見たいし聴きたいのもあって、パパッと書いちゃうことが多いですね」
 
大野「確かに、彼は歌詞を書くのがすっごく早いんですよ。3曲一気に書き上げたりもするし」
 
――それは“完成形を見たい”というだけで書けちゃうものですか?
 
樋口「自分でも模索してるんですけど、最初から最後までストーリーが決まっていると飽きちゃうんですけど、何かと何かが偶発するケースは自分でもおもしろいんですよね。僕、宇多田ヒカルが大好きなんですけど、『Stay』はR&Bっぽい宇多田ヒカルの歌を、僕らが大阪まで来日公演を観に来たThe 1975っぽい音に乗せようと思って作ったんですけど、実際にやってみたらそんなに彼らっぽくはならなくて」
 
――宇多田ヒカルの曲は歌詞も素晴らしいですが、そのあたりの影響は感じますか?
 
樋口「うーん。受けてるかもしれない。特にこだわりがあるわけじゃないんだけど、サビだけ英語の歌詞とかはそんなに好きじゃないんですね。それは佑誠も同じで、ライブで洋楽のカバーをやる時も自分で日本語詞に訳してカバーしたり。英語が得意じゃないというのもあるんですけどね」
 
大野「宇多田ヒカルはいいと思うし、発音が良ければいいんだけど、歌詞の途中に英語がパッと入るのはカッコいいと思わない。むしろダサいなって思う時があって。僕ら4人全員曲を作るんですけど、最近は自分が作った曲には自分でメロディーを乗せて歌詞を乗せることもやり始めてますね」
 
樋口「僕と佑誠は共作みたいに一緒にやることも多くて、そういう時はいろいろ話をしながらフレーズから作ったり、どちらかが“こういう感じの曲を作りたい”といったら、もう片方が“じゃあアレンジはこういうのはどう?”ってアイディアを出したり。作業は基本全部、DTMでやってますね」
 
――4人でスタジオに入ってジャーンと鳴らして、という感じではなく。
 
樋口「今のところはまだそれは少ないですね。そうやって作るとみずみずしい感じになるんですけどね」
 
――自分たちの音楽が、聴く人にどんな作用があったらいいなと思います?
 
樋口「どう?『FOR,EMMA』をどんなふうにとらえて欲しいと思う?」
 
今井「僕自身が音楽を聴く時もそうなんですけど、その時々の自分の気持ちに曲の情景を当てはめて聴いてもらえたらいいなと思うんですね。それとか、僕らが遊んでる時に“この曲いいよね”とかってCDをかけたりするみたいに、人に聴かせたくなるものであったり、聴いて楽しんでもらえたらすごく嬉しいですね」
 
樋口「そうだね。歌詞も日本語だし、“~ハイウェイ走るレッカー”(『Cycle』)とか、聴きながら情景を思い浮かべられるものが多いんじゃないかなと思います」
 
大野「僕はあんまり……、そういうのは考えたことなかったです(笑)」
 
――歌を歌うことや、このバンドで音楽を作ることは大野さんにとっては何だろう?
 
大野「何だろう?……当たり前と言ったらおかしいけど、今バンドをやってることも曲を作って詞を書いて、歌ってることも自分では当たり前だと思っていて」
 
樋口「俺もそう。歌も好きだしね」
 
――自分の声で、聴く人にAncient Youth Clubのどんな感じが伝わったらいいなと思います? 
 
大野「切なさ、ですかね。そういう感じはあるかな。僕は、楽しい曲とか明るくハジけた曲は歌えなくて」
 
K.J「どこらへんまでハジけられるか、今度一回試してみようか?(笑)。僕はもともと健介や佑誠の書く曲が好きで、3人の作る音楽のファンだったんですね。ただ自分の性格として、聴いてるよりはやってるほうが楽しいし、人がやってるのを見るよりは自分がステージに立ってないとイヤで。普段は、大学でもオーケストラとかジャズとか吹奏楽とかいろんな音楽をやってますけど、本当に好きだと思うものしかやりたくないんですね。たぶん、このバンドの曲を一番聴いてるのって俺なんじゃないかな。デモも合わせたらiTunesに11曲もAncient Youth Clubの曲が入ってるし。他はビル・エヴァンス、クリスチャン・マクブライド、松田聖子。本当に自分の好きなものしか入ってない(笑)」
 
――『Manhattan』の歌詞に、“夜が明けて街は眠りだして 大人たちは帰路を急いだ”、“僕と君はちがう人間だ”とありますが、この“大人たち”は、自分たちとは違う種類の人間という認識なのかなぁって。それと、“大人になりたくない”という気持ちも含まれているのかなと。
 
樋口「そうなのかもしれないですね。この歌詞を書いたのは18歳の時で、ちょうど自分たちと同じ世代ぐらいの、大人になりかけている頃の男女を描いているんですね。今、もう20歳になって成人しちゃったので、今はまたちょっと違う気持ちなんですけどね」
 
今井「20歳って大人ですか?」
 
――大人ですね。
 
今井「小さい頃は、20歳ぐらいになったら何でもできるんだろうなって思ってたんですけど、実際になってみたら何も変わらないどころか自分なんてまだクソガキじゃないかって」
 
――10年後、30歳ぐらいになったら、また今とは違った新鮮な気持ちで『Manhattan』を歌っているかもしれないですよね。想像ですけど。
 
今井「10年後って僕ら、30歳?怖っ(笑)」
 
K.J「そこを気にする?(笑)。確かに想像がつかないけど」
 
――(笑)リスナーがAncient Youth Clubを知るタイミングはさまざまで、いつ誰がどんな時に『FOR,EMMA』をさかのぼって聴くかはわからないですよね。どんなバンドでも1stアルバムってそれ以降の作品にはないものがあって、このアルバムに封じ込められている繊細さやキラキラした空気もずっとこのまま色あせないんだろうなぁって。
 
今井「そうだといいなぁと思います」
 
――宇多田ヒカルの1stもいまだに聴き返しますよね?
 
樋口「あぁ、そうですね。あのアルバムは神ですね。『FOR,EMMA』に入ってる曲を作ってる頃はシンセポップとかが好きで、その辺のルーツは80年代のものだと思うんですけど、今はWilcoとか音数が少ないバンドが好きで。今年の春にSoundCloudにアップした『迷宮少女』はもともと高校時代に作った曲で、その頃はもっとファンキーな感じだったんですけどオルタナっぽい曲が作りたくてリアレンジして。バンドの音を一回ガラッと変えてみたいなと思ってそういうふうに作ったんですが、ライブでもシンセのサポートメンバーを入れてやることもあったり、今はいろいろ模索中で」
 
K.J「初めてこのバンドに入ってライブで叩かせてもらった時は、ライブ中ずっとヘッドフォンをしてたんですけど、最近は1曲もヘッドフォンしないことも多いし、ライブも変わってきてますね」
 
――『迷宮少女』聴きました。確かに『FOR,EMMA』とは一味違った疾走感と勢いのある曲ですね。
 
樋口「そうですね。SoundCloudに上げているテイクは2016年4月に録ったもので、『FOR,EMMA』は去年までに作ったものなのでまったく違いますね。最近のライブで『迷宮少女』を1曲目にやったら、曲の持ってる勢いみたいなものにつられて自分たちのテンションも上がって。バンドの芯は残しながら、今は『迷宮少女』みたいな表現も模索しているところですね」
 
――今後はそういうライブで映えるタイプの曲も増えていくかもしれないですね。
 
樋口「自分たちのモード的にはそうですね。18歳の時の曲とか、10代の時に作った曲とかはもう歌えないなぁって、時々思っちゃうことがあって(笑)。実際は歌ってるんですけど、違和感でもないんだけど何か変な感じもあって。今後自分たちがどこへ向かうのかとかはまだ全然つかめてないんですけど、次に世に出る作品は『FOR,EMMA』よりもちょっと大人になった思考とベクトルでできたものになるだろうし、最近はそのことばっかり考えてますね。年を取るごとに変化しながら、ずっと音楽をやれたらいいなと思います」
 
K.J「40歳になってもYouth Clubだからね(笑)」
 
今井「Mr.Childrenみたいにね」
 
――その通りですね(笑)。
 
樋口「どちらかというと、“ずーっと背伸びし続けている子供”とかって言いたい気もするけど……」
 
今井「それも徐々に変わっていくんじゃない?」
 
樋口「だね。関西は、FLAKE RECORDSがあるし、街並みも札幌に似てるところもあって、第2のホームみたいな感じで自分たちも思い入れがある土地で。ライブは最近またすごくよくなってきているので、是非1月14日のライブにも遊びに来てもらいたいですね。待っています」
 
 
 
 
text by 梶原有紀子
 



(2016年12月20日更新)


Check

Release

10代の終わりに作った5曲が収録!
進化し続ける彼らの記念すべき1枚

mini ALBUM
『FOR,EMMA』
発売中 1500円(税別)
FLAKE SOUNDS
FLAKES-158

〈収録曲〉
1.Cycle
2.Milk
3.Stay
4.アンドロイド
5.Manhattan

Profile

エンシェントユースクラブ…大野佑誠(vo&g)、樋口健介(g,cho)、今井竜成(b)、K.J(ds)。SNSを通じて知り合った鹿児島に住む今井と大野、高校の同級生だった北海道に住む樋口が’13年に出会い、結成。翌’14年に今井と大野が北海道へ移り、札幌を拠点に本格的にライブ活動を開始。ライブでサポートドラマーを務めていたK.Jが正式に加入し現在の布陣になる。洋楽、邦楽問わず幅広い音楽に影響を受けながらも特に欧米のインディーロック、インディーポップへのシンパシーを昇華した音作りや、日本的な透明感や暖かみを持った曲作りを念頭に置いている。`15年に初の自主制作音源『FOR,EMMA』を200枚限定で発売し、完売。同作をFOLKSの岩井郁人によるマスタリングと、メンバー自身が交渉し実現したOLDE WORLDEこと沼田壮平書き下ろしによるジャケットで翌`16年8月にFLAKE SOUNDSより全国発売。北海道を中心に東京、大阪、京都などでもライブを行い、各地で好評を博している。’17年1月7(土)~9日(月・祝)にかけて札幌moleで開催されるライブイベント『FSR2017』に出演。1月14日(土)大阪・chika-ikkaiでのライブイベント『Saturday Night Special』、CLAPPERでの『TONE FLAKESVol.113』に出演。

Ancient Youth Club オフィシャルサイト
http://ancientyouthclub.tumblr.com/

Live

幾何学模様とKlan Aileenの
Wリリースパーティーに出演!

Pick Up!!

【大阪公演】

『TONE FLAKES Vol.113,』
幾何学模様 Japan Tour 2017 x
Klan Aileen Release Party

チケット発売中 Pコード315-238
▼2017年1月14日(土)18:30
アメリカ村 CLAPPER
スタンディング2500円
[共演]Turntable Films/Klan Aileen/Ancient Youth Club
アメリカ村 CLAPPER■06(6213)6331

チケットの購入はコチラ!
チケット情報はこちら


Comment!!

ライター・梶原有紀子さん
からのオススメ!

「4人とも映画が好きで、『FOR,EMMA』の曲にはどれも背景にいくつかの映画作品があるそうです。ノラ・ジョーンズが主演した『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を背景に持つ1曲目の『Cycle』の歌詞にはブルーベリーパイじゃなくラズベリーパイが登場していて、その理由を尋ねたら、『“ブルーベリーパイ”はメロディーに乗りにくかった(笑)』(大野)というとてもシンプルな理由でした。その『Cycle』の歌詞に“エマは待っているはず”という一節があって、『FOR,EMMA』という作品タイトルともども、インタビューで彼らが好きだと話していたボン・イヴェールのアルバム『For Emma,Forever Ago』につながっていく。メンバー4人が10代の日々に作り上げ、その年頃ならではの青さやきらめきを音や声やそこかしこに刻み付けた『FOR,EMMA』は今後も色あせることなく輝いていくだろうし、インタビューで何度も“まだまだ模索中”と話しているように、この先どんな音楽性が花開いていくのかを楽しみにしながら応援しています」