指揮者・井上道義インタビュー。
「バーンスタインのメッセージは僕の苦悩のある部分でもある」
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◆『ミサ』を大阪で上演するのはいいことだと思いますー井上
■しかしそれにしてもさきほど「収まりがつかなかった」と表現されたんですが、同時にそれをアメリカの戦争や社会への懐疑に向けた悩みの深さというか、違和感みたいなものは何だったんでしょうか。
井上:例えば彼はホモセクシャルであったわけね。それを娘に知られるとやっぱり恥ずかしかったわけですよ。そういうことも苦悩のひとつで。社会での自分の役目の中に自分をはめて、ゆったりとはしていられなかった…と思いますし、それは誰でもゆったりとはしていられないんじゃないかしら。だからよくお金持ちになった人たちって、すごいね~やりたいこと全部できるでしょう!と言われるけど、自分がその人になったつもりになってくださいよ。大変なことだと思いますよ。それを前に動かさなきゃいけないっていうのは。それだけのお金を持つ責任っていうのがあるわけだし、それは全部ひとりで動かせるわけではないわけだし。簡単な話、「裸の王様」という言葉があるけれども、人間はみんな裸なんだからね、別に王様だって裸でいいわけだけども、周りは王様は裸であってはいけないと思ってるわけだから。
■王様が裸であってはいけない理由はない、ということですね。
井上:そうでしょう。王様が裸で歩いちゃいけないってことになってることがおかしいわけで、別に裸でもいいわけだ。そういうことが「世の中の規範としてある中での自分」ていうのと「自由でありたい自分」というものとのズレとして感じられるのは、誰でも思うことでしょう。誰だって思ってるはずです。
■ではそれを『ミサ』という作品の話に戻しますけれども、バーンスタインがその「苦悩」を抱え込んで描いたものを、マエストロは総監督・指揮・演出という立場で、まさに自分の舞台として表現するわけです。重なる部分はありますか?
井上:オーケストラと仲良くできるかっていうようなこと。そういうような中での闘いっていうのはバーンスタインが描いている内容と非常に近いですね。非常に近いです。
■バーンスタインとニューヨーク・フィルハーモニックとの関係という理解でよろしいですか?
井上:オーケストラとの間に葛藤は常にあるわけです。そういうものを抱えてみんな誰でもやっている。バーンスタインはそれを書き込んでいます。そこにまた「神様」のことが書いてある。その葛藤がどこから生まれるかっていったら、やっぱり「神様」と「人間」との問題から出てくるわけです。人間は本当は自分が信じるものがひとりひとり違う。でもそこは「神様」に代表してもらって、同じってことにしてるんです。ところがそういう「神は唯一の神」と言ってるキリスト教を、バーンスタインは信じられなかった。だから彼は唯一の権威である指揮者の自分と、オーケストラが対話できない様子を『ミサ』の中で描いています。「司祭」という人物をどんどん引きずり下ろす場面に重ねています。「その理由は?」「その理由は?」「その理由は?」ってどんどんどんどん「司祭」の権威を剥いでいく。それは現実の指揮の作業とそっくりなんですよ。
■ジャズバンド、ブルースバンド、ダンサー、が社会のさまざまな要素として出てきますが、彼らは何を表現しているんですか。
井上:現代。ジャズなりブルースなりやっぱり黒人の方の音楽からきたアメリカの現代。「現代のアメリカの音楽はジャズ」って言いたくないトランプ大統領みたいな人もいるけれど。だから、司祭に対していろんなことを文句つけてくる人たちがホームレスのような人だったり「私はいいのよ、なんだっていいの」というセリフをおネェ言葉でしゃべる人が出て来たり、とてもエスタブリッシュメントのギチッとした英語で歌う人とかが出て来たり、とにかくいろんな人が出てくるように書かれている。社会の階層はみんな出てきている。バラバラなまま。人がたくさんいたら、答えはひとつじゃないでしょう。民主主義といっても答えは多数と少数の問題だけじゃないんですよ。自分が信じるものはみんなひとりひとり違う。そういう意味ではわからないことだらけなんです。
■でもそんなわからないことを抱えた中でマエストロは2017年の現在にこれを上演される、演奏されるわけですよ。そこにメッセージは…。
井上:もちろん1994年版との相違点もあるんだけれど、そういうことはあんまり針小棒大に言わずに演りたいと考えています。お客さまもそう思ってくれるとうれしい。バーンスタインが持っていたメッセージは僕の苦悩のある部分でもあるし、大阪の人であれロンドンの人であれ南アフリカの人であれ、人間であれば誰もが持つ悩みじゃないの?っていうことです。だからいつ演ったっていいんです。2017年だから演らなきゃいけないってことはないです。ただ僕は3年前に死にかけてるし、もうちょっと年取ったら本当にできないですから、今のうちに演っとかなきゃっていう気持ちはありますよ。大阪というのはフェスティバルホールがあって、近くに佐渡(裕)君ていうバーンスタインの弟子もいれば大植(英次)君ていうバーンスタインの弟子もいるという街ですから、この作品を大阪で演るっていうのはいいことだと思います。
〔取材・文・写真:逢坂聖也/ぴあ レストランアラスカ フェスティバルタワーにて〕
(2017年6月30日更新)
Check
第55回大阪国際フェスティバル2017
大阪フィルハーモニー交響楽団創立70周年記念
バーンスタイン「ミサ」
〈新制作/原語上演・日本語字幕付き〉
歌手、演奏家、ダンサーのための劇場用作品
記者会見の模様はこちら→
「井上道義が甦らせる現代社会への祈り…」
●7月14日(金)19:00/15日(土)14:00
フェスティバルホール
S席-9500円 A席-8500円 B席-7000円 BOX席-15000円
Pコード 319-516 チケット発売中
【総監督・指揮・演出】井上道義
【照明】足立恒
【美術】倉重光則
【振付】堀内充
【音響】山中洋一
【副指揮】 角田鋼亮
【合唱指揮】福島章恭
【児童合唱指揮】大谷圭介.
【舞台監督】堀井基宏
【バリトン】大山大輔
【ボーイソプラノ】込山直樹
【ソプラノ】小川里美
【ソプラノ】小林沙羅
【ソプラノ】鷲尾麻衣
【メゾソプラノ】野田千恵子
【メゾソプラノ】幣 真千子
【メゾソプラノ】森山京子
【アルト】後藤万有美
【カウンターテナー】藤木大地
【テノール】古橋郷平
【テノール】鈴木俊介
【テノール】又吉秀樹
【テノール】村上公太
【バリトン】加耒 徹
【バリトン】久保和範
【バリトン】与那城 敬
【バス】ジョン・ハオ
【管弦楽】大阪フィルハーモニー交響楽団
【合唱】 大阪フィルハーモニー合唱団
【児童合唱】キッズコールOSAKA
※一般公募のオーディションにより
結成された特設合唱団
【バレエ】堀内充バレエプロジェクト
大阪芸術大学舞台芸術学科舞踊コース
【助演】孫 高宏、三坂賢二郎
(兵庫県立ピッコロ劇団)
【ミュージック・パートナー】 佐渡裕
【問い合わせ】
フェスティバルホール チケットセンター
■06-6231-2221(10:00~18:00)