1回観ても100回観ても楽しいオペラ、それが『フィガロの結婚』!
今夏、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2017が迎える
新たなヒロイン、中村恵理インタビュー
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2009年、イギリス、コヴェントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス。ベッリー二の『カプレーティとモンテッキ』の舞台で、ひとりの日本人研修生が世界的なソプラノ、アンナ・ネトレプコの代役を務めて一躍脚光を浴びる。中村恵理。バイエルン州立歌劇場専属歌手を経て、現在、ウィーン国立歌劇場をはじめとする世界のオペラハウスで活躍する歌姫だ。その彼女が今年7月、兵庫県立芸術文化センターの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2017『フィガロの結婚』でスザンナを歌う。兵庫県川西市出身。内側から輝くような存在感と、溢れるように言葉を紡ぐ知性のひらめき。その中に関西育ちらしい茶目っ気も覗かせる彼女へのインタビューは、ステージへの期待を存分に感じさせる、心の弾むような1時間だった。
■中村さんは記者会見で、ご自分の人生の節目節目に『フィガロの結婚』という作品がある、とおっしゃっていましたが、これまでの舞台にまつわる思い出などを聞かせていただけますか?
忘れられないのがコヴェントガーデンで2年目の研修が終わる頃、本舞台でスザンナを歌った時のことです。2010年の6月だったと思います。その時に指揮をされたサー・コリン・デイヴィスさんの奥様がお亡くなりになるという出来事があったんです。「奥様が亡くなった」という報せは公演中に来て、1幕が終わって2幕が始まるとデイヴィスさんではなく別の指揮者の方が振っていたんです。そして「彼の奥様が亡くなった」ということを私たちは次の休憩の間に知った、という経緯でした。10回公演でしたが、デイヴィスさんはもうすでにお歳を召されていたし、きっとそのあとは降板されるだろうとみんな思ったんです。
それで、もう私はデイヴィスさんにお会いできないんじゃないかと思っていたら、次の公演には戻ってこられたので、もう言葉が出なくて抱きついて…そしたら「ありがとう」って言ってくださいました。実は私は公演の前にデイヴィスさんに「私、ちょっと調子がよくないんです」って言っていたんです。「キャンセルするほどじゃないんですけど、ちょっと調子がよくないので、助けてくださいね」って。そんな風に自分のことばかり言っていたのに、デイヴィスさんは、ご自身のたいへんな時にその話はされないで「君の体調はもうよくなったの?」って言ってくださいました。
指揮の最終日、デイヴィスさんは本当にお疲れのご様子でした。カーテンコールの時に、スザンナは最後に舞台に出るので、指揮者とは舞台袖で会うんですけど、デイヴィスさんはこちらに顔を近づけて「君は多分僕の最後のスザンナだね」っておっしゃったんです。そのあと、しばらくしてデイヴィスさんがまた『フィガロの結婚』を振るという話があって「よかった。まだ元気で振られるんだ」って思っていたら、その公演の前にお亡くなりになりました。だから『フィガロの結婚』は、私が本当に彼の「最後のスザンナ」になってしまったという悲しみや、コヴェントガーデンやバイエルンの思い出、それから日本へ帰って東京や兵庫で歌わせていただくことの喜びなどが物語そのものと相まって、私にとって大切な作品です。ひとつひとつの思い出と共に。
■2010年のシーズンから昨年までの6年間は、バイエルン州立歌劇場の専属歌手。ここでのデビューもスザンナだったとうかがっています。
バイエルンデビューはたいへんでした。これは声を大にして言いたい!私はスザンナ役でコンスタンティノス・カリディスさんという、ミュンヘンでカルロス・クライバー賞をお獲りになった気鋭のマエストロとご一緒したんです。誤解しないでくださいね。大好きな指揮者なんですよ(笑)。
ウィーンやバイエルンの大きな歌劇場で『フィガロ』のような再演ものを上演する時って、とても稽古期間が短いんです。1週間で全幕稽古つけて、次の1週間で4公演!月曜の朝10時から稽古が始まって、週末、土曜日のお昼まで稽古して、1日もお休みなしで日曜日が初日。で、その次の日曜日までに4公演やりました。それが私のバイエルンでのデビューでした。その時の指揮者がカリディスさんだったんです。
ちょっと専門的な話になりますが、アポジャトゥーラっていう歌い方があります。本来は前打音と言って、オペラでは3度音が離れている時に、間に音を入れて表現をやわらかくして言葉を強調したり、あるいは強調しなかったりという装飾的な歌い方です。こんなに稽古期間が短い時は、ある程度歌う側の裁量に任されていることが多いんですが、カリディスさんは全部の音に「この曲はアポジャトゥーラを入れてください」「この曲のここはアポジャトゥーラを入れないでください」という指示をつけたんです!私は最初から最後まで自由に歌えなくなった上に、スザンナは3時間の舞台のうち2時間は歌う役なので、まるまる6時間は立ち稽古に呼ばれるんです。それにプラス、カリディスさん稽古が2時間。契約時間を超えて残業があって、さらにお休みなしで初日!要は洗礼を受けたってことですね。ドイツの大きな劇場で歌うってことはそういうことなんだよっていう洗礼を。あれはひどい目にあったと思いました…ごめんなさい。もう一度強調しておきますね。素晴らしい指揮者です。私が大変だった、っていうお話です(笑)。
(2017年4月20日更新)
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