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僕の仕事の価値を決めるのは僕じゃない。だから、僕の10年間の
仕事が完全に無駄と評価されることはあり得るんだ。 (2/2)

■ブルックナー・ツィクルスと並び、児玉宏が推進したのが「忘れられた作曲家」シリーズだ。他のオーケストラが取り上げることの少ない(あるいはまったく取り上げたことの無い)作曲家と作品の真価に光を当てる作業である。2009年3月(第133回定期)のクット・アッテルベリに始まり、セルゲイ・タニェエフ、ニコライ・ミャスコフスキー、ハンス・プフィッツナーら、数多くの作曲家が取り上げられた。

UKI_2859_300.jpg ミャスコフスキーの交響曲第24番(2011年5月/日本初演)。あれは大変だった。楽譜が揃えられない。それで、はじめに僕のところには、トロンボーンか何かの手書きのパート譜のコピーが来たんだけど、それを見ると「'43年12月」って書いてあった。僕は寒気がした。レニングラード包囲戦の真っ只中だった時に、多分モスクワでロウソクつけて、暖房がないところで初演したんだ。戦争中に何万人て凍死している中で、彼らは演奏していたんだ。ミャスコフスキーの時に僕が一番言いたかったのは、音楽を演奏するということにロシアという国はそこまでこだわったんだ、ということ。

 
■オーケストラのプログラムに観客が何を求めるかは千差万別だろう。だが明らかに人気のある作品というものは存在し、演奏回数の多い作品というものも存在する。そこにあえて背を向けたかのような「忘れられた~」は個性的なプログラムとして高く評価される一方、集客の点で伸び悩んだ。大阪交響楽団は満身創痍となりながらもシリーズを重ね、全国にその名を知られることとなる。2012年11月「日本で馴染みの薄い作品を積極的に取り上げるとともに、意欲的なプログラム編成で充実した演奏活動を展開した」として、児玉宏は第47回大阪市市民表彰 文化功労部門の表彰を受ける。取り上げられた作品は「児玉宏のディスカヴァリー・クラシック」シリーズとして、5タイトルがキングレコードからリリースされている。
 
 オケの人たちは一回も弾いたことがない曲だから、10年いる人も、昨日入ってきた人も、同じスタートラインに立つことになる。これはオーケストラを成長させるために僕が考えた秘策だった。
 
 「忘れられた作曲家」シリーズを始めてしばらくした時に、僕の友達で「このオーケストラをドイツに呼ぼう」って耳打ちをしてくれた人がいた。その人はもうポストが替わって、その話もなくなったんだけど、その時にわれわれが日本のオーケストラとして、ドイツで何を演奏するかということを考えた。ベートーヴェンの7番をやって、モーツァルトをやって…。そういうプログラムなら、日本では喜ぶかも知れない。「素晴らしい!大阪交響楽団がドイツでこんな演奏をやった!」って。でもドイツの観客にしてみたら何でもないこと。大阪交響楽団なんてオーケストラ知らないし。だけどそこで、プフィッツナーだのマルトゥッチだのミャスコフスキーをやったらいっぱいになると思う。僕は、こういう音楽はベルリン・フィルではやってないだろう!というような作品を演奏して、現地をびっくりさせてやろうって魂胆だった。もちろんそれだけじゃない。文化の違いというのは、彼らも当然思うことだから。だけどその中にあって大阪に4つあるオーケストラのうちで一番小さいオーケストラが、こういう風に考えてドイツまで来たというなら、彼らは心底びっくりしたと思う。それが、オーケストラとして発信するということだ。それが僕の考え。
 
■第200回記念定期演奏会で取り上げられるのはジークフリート・ワーグナーとリヒャルト・ワーグナー。「息子と父」というタイトルがつけられているが、このふたりが日本で、こうした形でプログラムに上るのは初めてのことだろう。楽劇『ニーベルングの指環』は児玉宏の編纂版。児玉ならではの切り口が最後まで生かされたプログラムとなった。振り返ってみれば児玉宏は一方でブルックナーというオーストリアの管弦楽の精華を押し出しつつ、もう一方でワーグナーから、リヒャルト・シュトラウスに流れ込む音楽史の周辺を、ヨーロッパ文化の縮図のような歌劇場指揮者の視点で切り取って見せたのだ。タニェエフやミャスコフスキーもまた、そうした視点で選ばれた作曲家と言えるかも知れない。クラシック音楽の本場にあって、日本からは捉えにくい光と影。だが、音楽を豊穣にしているものが確かにそこにはあり、児玉宏がその価値を踏まえながら大阪交響楽団を指揮した10年間は、関西のクラシック全体にとって、ある種の生命力に満ちた時間だったように思われる。
 
 僕の仕事の価値を決めるのは僕じゃない。僕の仕事の価値を決めるのは、周りの社会なりお客さんなりであって、僕には決められない。だから、社会にとって僕の10年間の仕事っていうのは完全に無駄と評価されることはあり得る。僕の中でその10年間に意味を見つけることはできる。だけど社会の中で、ひとりの人間の仕事に価値があるかないかって決めるのは社会の側。僕じゃない。

 ただ僕はそういう意味では30年近くドイツでいろんなことをやっていた経験を、全部ここにぶつけた。だからこれからも表面的な真似はできると思うし、それはそれでいいと思う。次の方たちがそれをやればいいんだから…。でも僕は実をいうと、この5年くらいで大阪交響楽団の名前は音楽好きの人にはかなり伝わったんじゃないかと思ってる。ブルックナーも「忘れられた…」も。


UKI_2833_300.jpg 僕は今、ミュンヘンに住んでいるのだけど、僕の女房に言わせると「あなたは化石化している音楽家よ。あと1年半で年金にたどりつけるから良かったわね」って。僕の道は華々しい道ではなかったけど、音楽と向き合うことができたっていう意味では神様に本当に感謝している。とてもいい道を歩いて来ていると思う。2005年に僕が大阪に来た時に、女房が「大阪はあなたにとって運命の場所よ」って言ったんだ。どういうつもりで言ったのかはわからない(笑)。

〔取材・文:逢坂聖也/ぴあ 写真:田原由紀子〕



(2016年1月22日更新)


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大阪交響楽団
〈第200回記念定期演奏会〉

創立35周年記念シリーズ
≪軌跡②~息子と父~≫

●2月24日(水)19:00
ザ・シンフォニーホール

S席-6000円 A席-5000円 B席-3500円 
C席-2500円 オルガン席-2000円 
チケット発売中 Pコード 279-305

【指揮】児玉宏 (音楽監督・首席指揮者)
【プログラム】
ジークフリート・ワーグナー :
交響詩「憧れ」            
リヒャルト・ワーグナー:
楽劇「ニーベルングの指環」より“抜粋”
〔児玉宏編〕

《大阪交響楽団HP シェフからのメッセージ》

【問い合わせ】
大阪交響楽団■072-226-5522

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大阪交響楽団
〈第90回名曲コンサート〉

珍しい楽器の協奏曲シリーズ
【サクソフォン】

●2月28日(日)13:30/17:00
ザ・シンフォニーホール

S席-3000円 A席-2500円
チケット発売中 Pコード279-564
 
【指揮】児玉宏 (音楽監督・首席指揮者)
【サクソフォン】
須川展也(トルヴェール・カルテット)
【プログラム】
ロッシーニ:歌劇「絹のはしご」序曲 
グラズノフ:サクソフォン協奏曲
変ホ長調 作品109            
ロッシーニ:歌劇「シンデレラ」序曲
ベートーヴェン:
交響曲 第4番 変ロ長調 作品60  

【問い合わせ】
大阪交響楽団■072-226-5522

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