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「今目の前に居る人がこの人で良かったと
思えていることが、全てを肯定している」
ベストセラー作家・伊坂幸太郎原作
『アイネクライネナハトムジーク』を映画化した
群像劇の名手・今泉力哉監督インタビュー

ベストセラー作家、伊坂幸太郎による初めてであり唯一の恋愛小説である同名小説集を映画化した『アイネクライネナハトムジーク』が、9月20日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほかにて公開される。“劇的な出会い”を待つ、愛すべき憎めない青年・佐藤を中心に、様々な形の恋と出会いの連鎖が生み出した10年にわたる物語を温かな目線で描き出す。今や群像劇の名手として知られ、今年公開された『愛がなんだ』が大ヒットを記録した今泉力哉がメガホンを取り、三浦春馬が主演を務めるほか、多部未華子や矢本悠馬、貫地谷しほり、原田泰造ら演技派キャストが多数出演。また、登場人物たちにとって大切な歌となる主題歌“小さな夜”を斉藤和義が手がけている。そんな本作の公開を前に、今泉力哉監督が作品について語った。

――原作者である伊坂さんのご指名で、『アイネクライネナハトムジーク』の監督を務めることについて、どのように感じられましたか?
もちろん、伊坂さんの作品を監督することは全く想像していませんでしたし、自分の作品を観て下さって僕の名前を出してくださったことは嬉しかったです。でも、伊坂さんの作品の中でも映画化してうまくいっている作品とうまくいっていない作品があるなというのは、自分が撮ることになる前から、いち映画ファンとして感じていたので、どうやったら映画化がうまくいくのか考えていたことはありました。(監督の)話をいただいた時に、自分の中でこうすれば良くなると思っていたことを意識して映画を作りました。そのひとつは、伊坂さんの台詞が独特なので、そういう決め台詞やちょっとキザっぽい言葉を登場人物の全員が話すと、作り物のような世界観になってしまう可能性があるから、そういう台詞を言う人をひとりに集約するということ。そうすれば、残りの人は普通の言葉を話すことができるので、リアリティが確保できると思ったんです。例えば、(中村義洋監督の)『アヒルと鴨のコインロッカー』では、その役を瑛太さんがやっているなと感じていました。自分が面白いと感じる映画がどういう風に作られているのか考えていたので、今回はそのキザな言葉や決め台詞を言うのは(矢本悠馬演じる)織田一真だと決めていましたし、加えて、織田家の人はそういう言葉を言っていいというルールを自分の中で決めて、(恒松祐里演じる)美緒もそういう言葉を発していい人にしました。全員ではなく、誰かにそういった言葉を集約させることで、普通の人達の世界の物語として見られるんじゃないかと思って、そこは意識しました。

――当初は脚本を監督ご自身がお書きになるつもりだったとお聞きしました。結果的には伊坂幸太郎原作の『アヒルと鴨のコインロッカー』や『ゴールデンスランバー』の脚本を手掛けられた鈴木謙一さんが書かれています。脚本化が難しかった理由をお聞かせください。
群像劇を今まで自分で書いてきて、自分自身が群像劇やサブエピソードなどの小さい話が好きなので、捨てられなかったんです、どの話も。だからまとめようがなくなってしまって。小説や漫画を映画にする時は、省略する作業が主になってくるんですが、今回は全然省略できなかったので、鈴木さんにお願いしました。鈴木さんが一度しっかり書いてくださって、そこから直していったんですが、エピソードの選択の仕方も、ふたりの人物の間で起きていることをひとりに集約させたりするのも本当にお上手だな、と伊坂さんの言葉はすごく独特だと思うんですが、それを脚本にする時にどのぐらい残すのかというバランスや、ともすると、小説では生きてきても映画にするとあまり魅力的にならない言葉はなるべく外すなど、台詞に対してはこだわりがあるので、僕が手を入れましたが、基本的な構成部分は鈴木さんが作ってくださいました。

――中村義洋監督と鈴木謙一さんが手掛けられた『アヒルと鴨のコインロッカー』や『ゴールデンスランバー』は伊坂幸太郎原作の映画の中でも別格だと思います。
中村監督の作品は本当に素晴らしいと思います。中村監督は、僕が初めて短編の映画祭でグランプリを獲った時の審査員だったんです。中村さんが僕を見出してくれた部分もあるので、接点はあるんですが、中村さんと伊坂さんとの組み合わせはすごく面白いですよね。中村さんは群像劇のバランスや温度感が繊細に見えている方だからだと思います。例えば一人称で心情描写がたくさんある、「愛がなんだ」のような小説だと、映画にする時にナレーションが不可欠になってくるので、映像に向いているかと言われればそんなに向いてないんですよね。伊坂さんの小説は、映像に向いていると言われていますが、実はめちゃくちゃ難しいと思っていましたし、それを監督や脚本家、プロデューサーがどう向き合うかということはあると思います。この映画も公開したら原作ファンには、色々言われることもあると思うんですが、伊坂さんの作品を映画化するのは本当に難しいと思います。

――本作は、実際に原作に登場する場所のある仙台で撮影されたそうですね。
例えば、駐輪場のシーンも都内で撮ろうと思えば撮れたと思うんですが、やっぱりその場所に行って撮影することの大切さはあると思うんです。(伊坂さんがイメージされた)その場所で撮影できたのは映画にとってすごく豊かな時間だったと思います。あの仙台駅前の歩道橋、ペデストリアンデッキでの撮影も、大変になることは分かっていたんですが、あそこで撮影できて良かったと思っています。ただ、これは裏話なんですが、駅前の商業施設の看板の照明が撮影中にどんどん消えていったんです。22時を過ぎたらバサッと落ちて、23時になったらさらに消えて。前後のシーンが繋がらないので、もうこれは終わったと思いましたが、照明さんにフォローしてもらって、 CG で復活させているところもあるんです(笑)。現場では、「次々消えるな~、めちゃくちゃ暗くなったなあ」と、落ち込むというよりは冷静に笑っていました。

――監督は福島県出身ですが、元々仙台に土地勘があったんでしょうか?
もちろん行ったことは何度かありましたが、撮影することになって何度も通うようになりました。親戚や姉が住んでいるので、接点はありました。クランクインの日にMEGUMIさんと貫地谷さんがカフェで話しているシーンを撮影したんですが、撮影が休みの日に、姉と一緒にそこのカフェに行ってお昼ご飯を食べました。撮影の時は監督としてお邪魔していても、その日は一般的な姉と弟として行っていたので、その違いは面白かったですね。姉と一緒にいると、映画監督を目指していた、実家にいた頃の感覚に戻るので、「三浦春馬と仕事するようになるなんてすごいね」「ほんとだよ」と、素に戻ってしゃべっていました。

――三浦さんが佐藤を演じたことで、“愛すべき憎めないヤツ”感が原作小説よりも増したように感じました。三浦さんにはどのような演出をされたんでしょうか?
僕は、僕の頭の中に全て構築されていて、指示していくタイプではなく、役者さんと一緒に話をして作っていくタイプなんです。僕もわかっていないことがあるかもしれないと思っているので。終盤のあるシーンで三浦さんが全力の笑顔で(多部さん演じる紗季を)見送るシーンがあるんですが、僕の中では、全てが解決したわけではないのに、なんでこんな100%の笑顔になるんだろう?と思って、自分が思っていた表情ではなかったので、三浦さんに「ここってこんなに笑顔で大丈夫なのかな?」って話したら、「佐藤は笑顔じゃないですか」と言われたんです。それを聞いて、佐藤の満足度的には笑顔でいいのかと思いましたし、僕の方が佐藤をまともな人だと思っていたことに気付かされました。その後、編集でつないでみたら、間違いなくその笑顔で良かったですし、今でも試写などで観た方が、その佐藤の笑顔の話をされるんです。そのくらい象徴的な絵になりました。そういうやり取りが(役者さんと)できると映画は豊かになりますし、僕が全部をコントロールしていない良さはいっぱいあると思います。

――三浦さんと多部さんのカップリングの相性は抜群でした。今回が3度目の共演となる、おふたりのキャスティングは当初から考えられていたんでしょうか?
過去に共演したことがあったとしても、年齢も作品の性質も違いますし、距離感もわかっていなかったんですが、ふたりの相性の良さには助けられました。ふたりの信頼関係もありますし。この映画で取材を受ける中で「多部さんだからやりやすかったところはありましたか?」と三浦さんが聞かれて答えていたのが、「楽だったということではなくて、24歳の時も20歳の時の自分も知られているから、いいプレッシャーというか、どうやって役者として今まで生きてきたのかや、人生も見られているような気もするし、昔の自分も知っている多部さんの前で芝居をすることはいい緊張感がありました」と話していて、すごくいい関係なんだなと感じました。三浦さんも多部さんもすごくお芝居が好きなんだと感じました。だから、今回一緒に仕事ができて楽しかったです。三浦さんは、もちろん最低限のことはできているので、もう細かいことは言われないようになっていると思うんです。だからなのか、僕が芝居のことで何ヵ所か話したことを、今も覚えてくれていて。あるシーンで三浦さんが相手を見なくてもできる芝居になっていたことがあったので、僕が「もっと多部さんを見た方がいいし、多部さんに頼った方が楽ですよ。気持ちも入りやすいし、相手の表情をもっと使ってください」と話をしたんです。もう1度撮影したら全然演技が変わって、OKになったんですが、三浦さんぐらいになると、そういうことをもう言われなくなっていると思うんです。そのエピソードを三浦さんが今も取材を受けている時に話してくれたり、「この作品だけじゃなく、この後の現場でもその言葉をすごく覚えていて、意識しています」言ってくださって。そのシーンの撮影までに関係性が築けていたからこそ、もっといけると思って僕も言いましたし、三浦さんも素直にそれを受けてくれたんですよね。多部さんはもちろん、出てくださったキャストの方全員が自分のために芝居をするのではなく、その役としてそこに居てくださり、全員が当たり前のように作品の方を向いてくれていました。

――メインキャラクターである三浦さんや多部さんだけでなく、(織田家の娘・由美が気になる高校生)久留米くんのお父さん・邦彦など、数シーンしか登場しない登場人物まで、全員に対する監督の愛を感じました。
現場のレベルで出来ることももちろんあると思うんですが、それはやっぱりキャスティングだと思います。キャスティングの段階でプロデューサーときちんとこだわりや好みについての話をすることが大切だと思います。先ほど出た(久留米くんの父親役を演じた)柳憂怜さんは、主演されていた北野武監督の『3-4x10月』が僕の大好きな映画だったので、柳憂怜さんと仕事ができるの? と少しミーハーな気持ちになってしまっていた自分がいました(笑)。元々、群像劇が好きなんですが、それはメインの人たち以外の人の人生も描くことができるからなので、キャスト全員に対する愛情はすごく当たり前なぐらいです。主人公のために周囲の人が存在しているような映画にはしたくないので、そういう意識は持っています。

――原作は、伊坂さんの初めての恋愛小説だと言われていますが、映画ではすごく“家族”を感じました。
今まで家族を避けていたわけではないんですが、同世代の恋愛に逃げていた部分はありましたね。上の年齢の方の演出ができないかも、という不安もありましたし、実際に自分よりも上の年齢のことは経験していませんし。自分の年齢までのことは、経験していることもあるし、自分の感覚としてわかるんですが、家族を描くことになると上の世代もいるので。それでも、自分にも子どもができてわかることも増えてきて、そこに興味はありますし、子どもが親に対して言わないけどムカついていたり、イラついていることや、(劇中のあるシーンのように)親の行動をすることで父親を認めるという表現も理解できますし、魅力的だと感じています。斉藤和義さんに作ってもらった主題歌もそうなんですが、斉藤さんの曲は、正解はこれだと押し付けるのではなく、これもいいよねというか、ベストではなくベターみたいな歌が多いと感じていて。それに繋がるような、 (森絵梨佳演じる)織田由美が言う「最高の家族かどうかわからないけど、この関係がすごく好きなんだよね」という距離感が色んなことを肯定していると思うんです。佐藤が紗季を選んだのも、ベストな相手として選んでいるかもしれませんが、色んなことがある中で、今目の前に居る人がこの人で良かったと思えていることが全てを肯定している。また、主人公の佐藤が不器用なことをしているのを見て、観ている人が上手くいかないことや失敗したことがあっても、後々プラスに働くことがあるかもと思えたり、それぞれの失敗や小さな問題も人生の一部として魅力的に見えてくるといいなと思います。(佐藤の学生時代からの友だちである)織田一真の家庭も、佐藤と紗季の未来のような状況として存在しているので、そういう意味では家族の存在はこの映画にとって大きかったのかな、と思います。

 

取材・文/華崎陽子




(2019年9月13日更新)


Check

Movie Data

(C) 2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

『アイネクライネナハトムジーク』

▼9月20日(金)より、TOHOシネマズ梅田ほかにて公開
出演:三浦春馬、多部未華子、矢本悠馬
森絵梨佳、恒松祐里、萩原利久
成田瑛基、八木優希、こだまたいち
MEGUMI、柳憂怜、濱田マリ
藤原季節、中川翼、祷キララ
伊達みきお、富澤たけし、貫地谷しほり
原田泰造
監督:今泉力哉
主題歌:斉藤和義「小さな夜」

【公式サイト】
https://gaga.ne.jp/EinekleineNachtmusik/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/175529/


Profile

今泉力哉

いまいずみ・りきや●1981年、福島県生まれ。2010年に『たまの映画』で長編映画監督デビュー。2012年、恋愛群像劇『こっぴどい猫』で、ルーマニアで行われたトランシルヴァニア国際映画祭にて最優秀監督賞を受賞。その他の監督作に『サッドティー』、『知らない、ふたり』、『パンとバスと2度目のハツコイ』など。4月に公開された『愛がなんだ』が大ヒットを記録。公開待機作に、男性同士のカップルを描く『his』(2020年1月24日公開予定)。