インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > エンディングにシーンを慌てて追加、その優しい理由とは? 大ヒット上映中! 映画『この世界の片隅に』 片渕須直(かたぶち すなお)監督インタビュー

エンディングにシーンを慌てて追加、その優しい理由とは?
大ヒット上映中! 映画『この世界の片隅に』
片渕須直(かたぶち すなお)監督インタビュー

第13回文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞した、こうの史代(ふみよ)の同名漫画を『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直監督が映画化した話題作『この世界の片隅に』がテアトル梅田、シネ・リーブル梅田ほかにて大ヒット上映中。昭和19年から20年の広島を舞台に、呉に嫁ぎ18歳で一家の主婦となったすずが、戦況が悪化し、あらゆるものが欠乏していく中でも前を向き、日々を大切に生きようとする姿を描いた作品だ。そこで、当時の人々や街の様子を徹底的な考証により丁寧に描出した片渕須直監督にインタビューを行った。

――まず原作漫画との出会いから教えていただけますか?
以前から“生活”そのものを丹念に描く映画が作れたら面白くなるんじゃないかなとずっと思っていて、そういう題材を探していたんです。そんなときに読んだ、こうのさんの『この世界の片隅に』は、戦艦大和みたいなのが家から見えるところに停まっていて、戦争がどんどん押し寄せてくる感じと“生活”が同居していた。毎日ご飯を炊くといった普通の生活が意味を持つように描かれているな、ぼくが常々描きたいと思っていたことをこの漫画家さんは書いてらっしゃるなと感じました。それでぜひ、この漫画をぼくの手で映画化したいなと思いました。
 
――漫画に出会ってすぐに映画化したいと思われたんですね。
えぇ。上・中・下とあるんですが4分の3くらいまで読んでいたところですでに思っていましたよ。読み終わる前です。映画化したいなぁと思いながら最後まで読み進めたんです。毎晩、布団の中で読んでは涙が止まらないという日々でした。
 
――こうの先生との出会いはいつごろだったんですか?
『マイマイ新子と千年の魔法』が2009年の11月に公開して、そのすぐ後なんですが、直接お会いしたのは2011年ですね。その前に手紙のやり取りがあって。
 
――プロジェクトが動き出してからクラウドファンディングで資金集めをしたり、公開までいろいろとあったとは思いますが、今回の公開タイミングについて思うことはおありですか?
実は今年の8月16日に朝日新聞の夕刊一面にこの映画の記事を掲載いただいたんです。原爆の日とか終戦記念日である8月15日とかそれより前に掲載するのが普通だとは思うんですが、たまたまオリンピックとかで混み合っていて。でも後から思えばこの日に掲載されて良かったと思っています。原爆が落ちた日、終戦の日以降も日常は続くわけですから。
 
――区切りのいいタイミングではなくて良かったということですか?
この映画は昭和20年から数えて70年目の8月に公開するべきだという意見もありました。でもぼくはそうならなくて良かったなと思っています。そのときだけ語られるものではないはずですから。この映画は日付がとても重要な意味を持っていて、「20年の8月が近づくことをあらわしている」と思われることが多いのですが、そうではなくて21年になっても日付は続いていくということを意味していると思いたいです。なので、終戦から71年目のしかも秋に公開できるのは、願ったり叶ったりだなと僕自身はとらえています。
 
――また『君の名は。』の爆発的なヒットで、アニメーション作品が今まで以上に注目されている状況で公開できることも良かったのではと思ったりしますね。
あぁ、そうかもしれないですね。『君の名は。』も『エヴァンゲリオン』の庵野(秀明)くんが撮った『シン・ゴジラ』も震災を反映していますよね。ぼくらが『この世界の片隅に』を作り始めたのが2010年で、作っている最中に東日本大震災が起きました。そのときに普通の生活が根こそぎひっくり返されてしまう恐ろしさを感じたんですよね。それと、困っている人たちを周りが手助けしようとしましたよね。オムツとか救援物資を送ったり。それと同じようなことが昭和20年の空襲のときにもされていたことを、この映画を作るためのリサーチ中に知ったんです。そういうのを見ていたら、阪神・淡路大震災も東日本大震災も、熊本地震でもそう。こういう光景ってずっと続いていて、そこに大事なものがあるなと感じました。それが今年公開になったもうひとつの意味かもしれません。
 
――実際の町の実在する時代を描くことで大変だったことは?
“この世界”の“片隅”なんですよね。“片隅”を描く前に“この世界”がどんなものなのかを理解しなくてはいけない。映画やテレビでモンペ姿の人がその時代にいたのは見たことがあったけど、戦時中というひとくくりでずっと一緒だったのかまでは分からない。それで調べてみたら全然そうじゃなかったんです。着物やスカートを着ておられる時代もあるんです。モンペがあまり穿かれなかった理由は簡単で、お洒落じゃないから。でも、昭和18年の秋が深まったころ日本国中で燃料配給が滞った時期があって、そのときは足元が寒いからみんなモンペを穿く。その後、19年の春には当時の新聞にも載っているんですがみんなそのモンペを脱ぐんです。でも戦争がどんどん進むとまた穿く。すごく明快ですよね。かっこ悪いから穿きたくないけど、寒かったら穿くし、走らないといけないなら穿く。
 
――当たり前だしものすごく理解できます。
映画の中でそこをクローズアップしてはっきりと見せているわけではありませんが、途中の19年の夏ではすずさんがモンペを穿いていない場面も出てきます。そういうことが大事だなと思って描きました。“日常”というと伝わりにくいかもしれないけど、女の人がお洒落したいと思う気持ちとか、そういうことなんですよね。それが基調になって映画の世界観が出来ました。この時代の人たちはこうだったのかと気づく作業は大変というより僕らと変わらないことに気づけてすごく新鮮に感じました。
 
konosekai_d.jpg
――知らないことを徹底的に調べて描くことでほかにも見えてきたことはありましたか?
前作の『マイマイ新子…』のときは昭和30年の山口県防府が舞台でした。それは昭和35年生まれのぼくから見れば地続きの世界だったんです。自分の家にあった冷蔵庫や、祖父が応接間においていたソファーを描いたり。でも昭和20年になるとあまりに異質で分からないんですよね。でもその時代は僕の父や母が歩んできた道。父や母に見てきたものを聞くのではなく、父や母がどういう時代を生きてきたのかを知ることが、自分が大人になるための道筋で、父や母を理解することかもしれないなと、この歳にして思いました。
 
――原作を読んで泣いたと仰られていましたが、完成した映画もなんでもない場面で泣いてしまう人が多くおられるようですね。
実は自分でも思い出しただけで泣けてきてしまうシーンがあります。主人公のすずさんって毎日の生活を普通に健気に頑張っている。多少おっちょこちょいでボケたところや不器用なところもあるけど普通に生きている。そういうことに意味があるんだなと。今まで自分の映画で泣いたことないのですが、今回は本当に特別なものが仕上がったなと思っています。
 
――シーンを思い出しただけで、というのはどの場面か教えていただけますか?
実はエンディングのクレジットシーンなんです。話をかなり前に戻して説明しますと、映画を作っているときにダビングという作業があります。つまり台詞や音楽、効果音を別々に用意してミックスするんです。それをいったん全部出して映画を観てみたら、戦争が始まった場面でものすごく怖かったんです。
 
――戦争の音が怖かったということですか?
その戦争の音は本物だったからだと思います。本物のB-29の音とか、自衛隊の演習場で録音してきた音なんです。それで、ぼくが作ろうとしていたものはこんなに恐ろしいものだったのかと生々しい感じで受け取ってしまって。でも、実際に体験したすずさんの恐怖心はこんなものではなかっただろうと。物語は昭和21年1月までの彼女の姿を描きますが、それで彼女の心理的なダメージを解消できるのだろうかと考え直して、慌ててエンディングのクレジットにその後のシーンを足しました。戦後のもっと先の話です。そこでぼくの知っている時間、空間まですずさんに歩んできてもらった。そこまで来たすずさんを見たときに泣きました。
 
――すずさんへの気遣いからシーンを足すなんて、優しいエピソードですね。
すずさんのことを“昔の人”とか“昭和の女性”とかって表現するのは間違いで、彼女が今も生きていたとしたら91歳です。うちの大おばは今99歳ですが元気に暮らしていて、すずさんがこの世に今生きていてもまったくおかしくないですよね。昭和も生きてきましたが、平成ももう28年間生きていることになるから平成の女性でもある。これは、遠い昔話とか別世界の話じゃないというところに自分がたどり着いたときにジーンとしました。
 
――すずさんの声を演じられた、のんさんとはこのキャラクターについてたくさんお話されたんですか?
ものすごくたくさん話しましたよ。すずさんって表面上は面白おかしい人なんです。だけど「すずさんの心の底にある傷ってなんですか? そういうところから捉えて役作りをしたい」と、のんちゃんに言われました。それで、「すずさんは自分の中にあるものを表現するのが苦手で、そのために自分は平凡であまり価値がないと思い込んでいるんじゃないか」という話をしました。するとすごく納得してくれて「だとすると、この台詞はこういう意味でしょうか?」とか、すごくたくさん質問をしてくれて。ぼくがなんとなく感じているようなことも彼女に説明することでこの映画はこういう映画なんだと自分で気づきなおすことができました。彼女は単純に声優として演技をしただけではなく、ぼくに改めてこの映画は何なのかを考える機会を与えてくれたんです。
 
――公開前からとても良い評判が広がり、初日には満席の回が立て続けにでておりますが公開を迎えた監督のお気持ちは。
ありがたいですね。アニメーションがテレビで放映され始めてから50年以上経っているわけですから、物心ついたころにアニメーションを見始めた方たちの年齢も50台半ば以上になっているでしょう。アニメーションの表現がせっかくここまで豊かになってきた今、その表現をうまく使って昔からアニメーションを見てきた人たちに満足していただけるような作品を目指して作りました。ぜひ多くの方にご覧いただきたいです。どうぞよろしくお願いします!!



(2016年11月15日更新)


Check

Movie Data

©こうの史代・双葉社/『この世界の片隅に』製作委員会

『この世界の片隅に』

▼テアトル梅田、シネ・リーブル梅田ほかにて大ヒット上映中

【公式サイト】
http://konosekai.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/168582/

★映画『この世界の片隅に』が満足度ランキング第1位
http://cinema.pia.co.jp/news/168582/68910/

★片渕監督も「本当に努力家」と大絶賛! のんが語る『この世界の片隅に』
http://cinema.pia.co.jp/news/168582/68885/


Event Data

トークイベント開催決定!

『この世界の片隅に』公開記念!
ネタバレ爆発とことんトーク!大阪編

日時:11月24日(木)19:30~
会場:ロフトプラスワンウエスト
出演:片渕須直(監督・脚本)/こうの史代(原作)/他
料金:当日1800円(飲食代別) ※要1オーダー500円以上
※前売券は完売、当日券については下記サイトをご確認ください。

ロフトプラスワンウエスト公式サイト
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/west/51937