インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 『味園ユニバース』を撮っていたとき 「熊切さんも呉さんも頑張ってるなあ」と感じていた… 『オーバー・フェンス』山下敦弘監督インタビュー

『味園ユニバース』を撮っていたとき
「熊切さんも呉さんも頑張ってるなあ」と感じていた…
『オーバー・フェンス』山下敦弘監督インタビュー

『マイ・バック・ページ』(11年)『苦役列車』(12年)『味園ユニバース』(15年)など話題作を発表し続ける山下敦弘監督が、オダギリジョーと蒼井優を主演に撮った新作『オーバー・フェンス』が現在公開中だ。この映画は『海炭市叙景』(10年)『そこのみにて光輝く』(14年)に続く、1990年に41歳で自死した作家・佐藤泰志原作の函館3部作の最終作でもある。プレッシャーよりも使命感の方が強かったと語る山下監督に話を訊いた。

――大阪芸大の1年先輩にあたる熊切和嘉監督の『海炭市叙景』、同期生の呉美保監督の『そこのみにて光輝く』に続く、佐藤泰志原作の函館3部作最終作。引き受けるにはプレッシャーがあったのではないですか?
確かにありましたけど、それよりも3部作の最終作を任せてもらえることの方がうれしかったですし、自分がやらなきゃという使命感のような思いが強かったですね。あと、この作品の前に撮っていたのが乃木坂46のメンバーが主演した『超能力研究部の3人』(14年)とジャニーズの渋谷すばる君主演の『味園ユニバース』(15年)という、やや変則的な感じの作品だったので、こうやって原作があり、しかも3部作の一作ということで、自分のなかで初心に戻って映画に取り組む意欲みたいなものもありました。
 
――なるほど。でも、前の2作も面白い作品でした。
ありがとうございます。アイドルたちを主演にした実験的な企画と、J Stormさんからオファーが来て成立した音楽映画、入り口がやや違っていただけで、僕も楽しんで作っていたのですが、僕自身が楽しみすぎたというか。ぶっちゃけて言うと、『味園ユニバース』を撮っていたとき西成のホテルに泊まって、勝手知った大阪ミナミで仲間たちとワイワイやっていたんですけど、ちょうどそのころ熊切監督が『私の男』(14年)でモスクワ映画祭の最優秀作品賞を獲り、呉さんは『そこのみにて…』がアカデミー賞の日本代表作になり、本人もモントリオール国際映画祭で監督賞を受賞して、二人とも頑張っているなあと思っていたんです。そこへこの話がきたので、これはもうやるしかないと(笑)。
 
――タイミングがよかったわけですね。
タイミングという意味では、『海炭市叙景』『そこのみにて…』の次だったこともよかったです。『海炭市…』は、原作者と同じ北海道出身の熊切監督渾身の一作で、リアリズムに徹して原作者の世界観を見事に映像化しています。そこへ今度は呉さんが女性ならではの感性で、彼女のフィルターを掛けた『そこのみにて…』をつくってくれた。ドラマにしてくれたんですね。だから僕は前2作のフィルターをうまく使わせてもらったと言うか。『海炭市…』の次だったら僕もリアリズムに徹して、今回主演してくれたオダギリジョーさんを『海炭市…』の(竹原)ピストルさんみたいにしていたかもしれません(笑)。
 
――撮影も前の2作を撮った、山下監督にとっては大学の同期生でもある近藤龍人だし、脚本も『そこのみにて…』に続いて高田亮ですね。
そう、この映画は近藤龍人の函館3部作でもあるんです。そうだ、プレッシャーと言えば、プロデューサーの星野さんから変なプレッシャーを掛けられました。「今回は山下、近藤の黄金バッテリーだから、どうしたって傑作にしかならないですよね」なんて言うんですよ。「やめてください!」って何度も言ったんだけど。近藤君も苦笑いしてるし。あれが一番のおかしなプレッシャーでしたね。
 
――『海炭市…』では冬の函館を、『そこのみにて…』では夏の函館を見事に切り取った近藤カメラマンが、今回は夏だけど少しどんよりとした空気の函館を撮っていて、やはりいいですね。脚本を高田さんが書くことも監督が決まる前に決まっていたんですよね。
ええ。僕が参加したときにはすでに第一稿はできていて、佐藤さんの同名原作の「オーバー・フェンス」に、違う短編である「黄金の服」のモチーフを加えたものになってました。キャラクター造形もだいたいできていて、蒼井優さんが演じたヒロインが、鳥が好きで、鳥の求愛ダンスを踊るというのもすでに考えられていました。
 
――監督から見て、高田さんの脚本はどういった特徴があるとお考えですか?
まず面白いし、いい意味でわからないことが多くて、一言で言うと役者さんがノルというか、役者さんがいろいろと考えることのできるホン(脚本)ですよね。僕ももちろん読んで現場に行くわけですけど、そこで役者さんが用意してきた台詞を聴くと「あ、そういうことになるんだ」っていう、こちらの予測を外した結果になることが多くて、ともかく役者さんが(気を)ノセてやってくれてるなというのが感じられるんです。
 
――ただ、蒼井優さんは、この聡(さとし)という男名前のヒロインがつかめなくて困ったと撮影が終わっても言っていらしたようですね。
蒼井さんは不安だったみたいですね、僕も現場で「わかんない」しか言わなかったものだから(笑)。ただ、蒼井さんの撮影初日が実は劇中でも聡の初登場となるシーンで、お弁当を買いに来たオダギリさん扮する主人公の白岩の前で、聡が他の男の車から降りて、鳥の求愛行動を真似るシーンだったんです。どうやるのかなあと思いながら蒼井さん演じる聡を見て、「あ、わかった。こういう感じでやるのだったら…」っていう最初の答えを蒼井さんが出してくれて、それからはシーンごとに二人で探りながらつくっていった感じですね。
 
――聡というキャラクターは面白いですね。自分のことを「ぶっ壊れてる」と言って、確かに精神的に不安定なところもあるのだけど、あまりに真っ直ぐなのでそうなったと思わせるし。
そうなんですよね。現実にあれぐらい不安定な人ならたくさんいると思うんですよ。でも、簡単にこういう人なんですって説明できない。また、もともとバレエをやっていた蒼井さんが演じてくれたことによって、何度か出てくる鳥の求愛行動がダンス的な表現となって聡の造形に加わり、キャラクターがさらに深まったと思います。
 
over_y2.jpg
――監督から見て、主人公の白岩と聡というのはどのような人間なのでしょう?
白岩はある種のダメな男の典型でしょうね。そういう意味で僕自身とも言えますが(笑)。劇中で自分でも言っていますが、聡が壊れているのに対し彼は壊す側の人間で、その原因は男の持っているデリカシーの無さ、鈍感さ、変なプライドみたいなもの。それが積もり積もって、自分でも気づかないうちに周囲の者を傷つけている。脚本を読んで、これ自分にもあるなと僕も思ったのですが、同じ思いをする男性は多いんじゃないでしょうか。聡はそれを気づかせる人間なんですが、彼女もやはりダメな部分を持っていて、つまりダメな男と女が出会って惹かれあっていく、そんな物語だと思います。
 
――聡が白岩に気づかせる、また観客も白岩のことを「なんだこいつ、ただのダメな奴じゃん」と気づくきっかけになる、二人が口論するシーンが印象的です。
あのシーンはこの映画の肝ですから、そういってもらえるとうれしいです。スケジュールの都合で撮影の最終日にあのシーンは撮ったのですが、オダギリさんも蒼井さんも思いっきり演じてくれて、迫力あるシーンになりました。あそこはオダギリさんと話しました。最後、白岩が聡の部屋を出るとき逆切れするじゃないですか、それを冷静な感じでするか、それとも感情的な感じでするかで。結局、いま映画に残っているようにしたんですが、あれで映画を観ている人も「あれ、こいつカッコ悪いな」って思ってくれるようになったと思います。
 
――あのシーンをきっかけに、自分のダメな部分に気づいた白岩が徐々に変わっていくのを、オダギリさんが繊細に演じています。
そうですね。死んだように生きていた男が、最後にソフトボールをするときには、とりあえずフルスイングをして、一塁までは走っていくようになっているという(笑)。プロデューサーとも、3部作の最後はヌケのいい、明るいタッチにしたいと決めていました。
 
――もう一つ、印象的なのが、動物園で白岩と聡の上に空から白い鳥の羽が、まるで雪のように降ってくるシーンです。
あれはメイクの女性スタッフがだしてくれたアイデアなんですよ。あのシーンに、なにかインパクトのある出来事を入れたいと脚本の高田さんと言っていたのですが、なかなかいい案が浮かばなくて、スタッフを集めて無記名投票でアイデアを出してもらったんです。そのなかでこれがいいなって。そうしたら、メイクの女性が心配そうな顔をしてやって来て「あれ私のアイデアなんですけど、ほんとうにいいんですか」って聞いてきて(笑)。「いや、全員一致で決まったよ」って返事しました。
 
――なんだか、スタッフが一丸となって映画づくりしている感じがしていいですね。
一丸といえば、今回も撮影期間中は合宿体制だったのですが、おかげでキャスト間にいい連帯感が生まれていて、白岩が通う職業訓練校の歳も経歴も違う同級生たちを演じてもらった松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠という個性あふれる面々が息ぴったりで、勝間田という年配の同級生を演じた鈴木常吉さんが劇中でもなんやかやとチャチャを入れたりイジられたりする中心にいるのだけれど、それが現場を離れてもそうで、みんな和気藹々としていて楽しかったですね。
 
――鈴木常吉さん、この映画で初めて拝見したのですが、面白いですね。
知っている人もいると思いますが、彼はミュージシャンで、僕も演出として参加していたテレビドラマ、小林薫さんの主演で話題になった『深夜食堂』の主題歌「思ひ出」を歌っている方なんです。僕にとってこのキャスティングには狙いがあったんです。『海炭市叙景』に、立ち退きを迫られているのに頑として家から離れないおばあさんがいたじゃないですか。僕にとって鈴木さんのキャスティングと勝間田という役はあのおばあさんなんですよ。プロの俳優だか函館の素人の人だかわからないけど、すごくいい味を出して印象的な。ああいう人をこの映画にも出したいと思ったんです。
 
――なるほど。あと、北村さん演じる同級生の家に泊まった白岩を交えた朝食のシーン。あそこにすごく面白い描写があったのですが。
あれは高田さんの脚本通りですね。現場で僕が付け足したのは、北村さんの幼い息子に「ジャジャーン!」と言わせたことぐらいです(笑)。
 
――そうでしたか。でも、ほんとうにスタッフ・キャストの息が合っているのが感じられる作品です。
題材としてはわからない部分のある作品だったのですが、映画ってそういう作品の方が面白くなることがあるし、スタッフ・キャストの誰もがわからないということを認識したうえで、面白い映画をつくろうという同じ方向を向いていた結果だと思います。また、さらに言えば、僕が西成のホテルで「熊切さんも呉さんも頑張ってるなあ」と感じていたときにこの映画のオファーがきたように、今回、オダギリさんも蒼井さんも、他の出演者もスタッフも、それぞれの事情のなかでこの映画をつくるんだという強い意欲が感じられて、やりたい時期にやりたい人間が集まり、面白い映画をつくるのに一つになった、そんな気がした現場でした。
 
 
取材・文/春岡勇二



(2016年9月28日更新)


Check

Movie Data

© 2016「オーバー・フェンス」製作委員会

『オーバー・フェンス』

▼テアトル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、シネ・リーブル神戸ほか全国にて大ヒット上映中

出演:オダギリジョー、蒼井 優、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤 匠、鈴木常吉、優香
監督:山下敦弘
脚本:高田 亮

【公式サイト】
http://overfence-movie.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/167832/