インタビュー&レポート

ホーム > インタビュー&レポート > 「ドキュメンタリーと劇映画で意識はあまり変わらない。ただ テレビに関わることと映画を撮ることは自分の中で大きく違う」 『いしぶみ』是枝裕和監督インタビュー

「ドキュメンタリーと劇映画で意識はあまり変わらない。ただ
テレビに関わることと映画を撮ることは自分の中で大きく違う」
『いしぶみ』是枝裕和監督インタビュー

『海街diary』の是枝裕和監督&女優・綾瀬はるかが再タッグを組み、昨年広島テレビ(日本テレビ系列)にて放送された戦後70周年の記念番組を再編集した劇場版『いしぶみ』が8月6日(土)~9月2日(金)第七藝術劇場、8月13日(土)~26日(金)京都シネマ、神戸アートビレッジセンターにて公開される。昭和20年8月6日、原爆により命を失った広島二中の1年生たちの最後の姿を、綾瀬が語り部となり、克明に伝えていく作品だ。

――もともとは、昭和44年(1969年)に広島テレビで放送された「碑(いしぶみ)」がオリジナル。それが戦後70周年を機に、リメイクされたテレビ番組なんですね。
 
名女優・杉村春子さんが語り部を務めておられるオリジナルのDVDを拝見して、まず「大胆だな」と思いました。本当に杉村さんがスタジオ内で朗読するだけの60分の番組なんです。それで、視聴者の想像力を信頼したものを作ったことに対する敬意を表しながら、今作るのであれば、被害に偏らない作り方を模索できるといいなぁと。
 
――本作もほぼスタジオ内の映像で、とてもシンプルなんですが舞台美術が形を変えるのが面白いですね。
 
今回、舞台美術家の堀尾幸男さんと組めたのが大きいと思います。もともと、三谷幸喜さんの『オケピ!』やNODA・MAPの『キル』『オイル』、劇団☆新感線の『朧の森に棲む鬼』などを手がけられた方で、堀尾さんのお仕事は何を見ても素晴らしいなと以前から思っていたんです。でも映画を撮る上ではなかなか何かを一緒に作る機会がない。それで今回、チャンスだと思って声をかけさせていただいたら承諾いただいて。しかも堀尾さんもたまたま広島ご出身だったんです。
 
――木箱を使うアイデアはどこから?
 
最初の打ち合わせではスタジオを教室に見立てて椅子を並べている設定でした。けど、もっと抽象化してみたくなり、ハコが椅子に見えたり、川に見えたり、棺に見えたり、最後には“いしぶみ”に見えるというのを思いついた。もう、その時点でぼくの仕事は終わったも同然だと思いました(笑)。堀尾さんともいい形で関われて良かったなと思っています。
 
――『海街diary』に続いての綾瀬さんの起用。彼女も広島出身なんですよね。
 
広島出身じゃなくても綾瀬さんにお願いしたと思います。とても素敵な声だし、彼女は役者としてタフでブレがない。朝7時入りで終わったのが24時ごろだったので、収録はたぶん15時間くらいしていたと思うのですが、お芝居や声に疲れが出ないんです。のどが強いというか体幹が強いのが声にも出ているということなんでしょうかね。朝と夜で声が変わらない。普通なかなかいないんですよ。
 
――綾瀬さんには朗読に関してどんなリクエストをされましたか?
 
オリジナルの杉村さんは明らかに子どもを亡くした母親目線の語りで後半になると悲しみが濃くなっていくんです。とても素晴らしいものでした。ただ今回は、綾瀬さんの年齢から考えても広島二中の先生になってほしいと思いました。それで子どもを戦争に巻き込んでしまった大人の責任も含むような読み方をしてほしいという話をしました。なので、悲しみではなく怒りがベースになっています。
 
――そのオーダーに対する綾瀬さんの反応は?
 
台本を渡すとすぐに全部読んで、彼女はとてもまじめな方なので「(役者として)どのくらい演じますか?」と聞かれました。基本的には教師目線。100パーセント被害者ではない綾瀬はるかとして読む。ただ部分的に大事な言葉がいろいろとあるから、そこは演じてほしい。ときには子ども、ときには母親。彼女は少年の演技ができるのが良かった。見事に演じてくれています。
 
――最初に言われた被害に偏らない作りにするという点は?
 
どうやって被害体験ではない広がりを見せるか考えていたときに、担任だった先生の娘さんが生き残っていたのが分かって。生き残った側が、自分が生き残ったことをどう捕らえているか。それで死んでいった側の話を相対化することができるなと思いました。広島二中の生徒さんではないけれど、綾瀬さんの設定を先生にしていたのもあって、先生の話が出てくるのはいいなと。そこで取材を広げました。残された人がどう生きるかは、劇映画でもずっと描いてきたテーマだったから、自然とそこに向かったなと思いましたね。
 
――テレビ番組から劇場版に再編集された際、大きく変えた部分はあるんですか?
 
テレビ的な導入と最後のまとめ部分は大きくカットしています。なるべく“いしぶみ”から離れないように、よりストイックにしてしまいました。でも、劇場で観るのであればストイックでもついて来てくれるはずだと。
 
――より映画的にしたということですかね。
 
映画というより演劇的にという感じですかね。生っぽさを出したかった。もともとはテレビの放送でやるべきものと思っていたから、放送する作品として作ったところでモチベーション的には終わってるんです。でも、再編集できるチャンスってなかなかないし、意外と悪くない。より純度を高める方向で再編集できるのであればその形で残しておく方がいいだろうし、学校教材でも使ってもらえるかなと。文部省特選になっているんですよ。
 
――テレビ、中でもドキュメンタリーは是枝監督にとって原点と言えるのではないかと思いますが、劇映画を撮るのと意識が違う部分はあるんですか?
 
ドキュメンタリーと劇映画の意識はあまり変わらないんですよ。ただテレビに関わることと映画を撮ることは自分の中でだいぶ意識が違います。テレビは育ててもらったところだから恩もあるし愛もありますが、テレビはパブリック(公共)に参加するという意識。社会の中で放送を通して人間が多様性に出会う、成熟していくためのひとつのツールだと思っています。そのために放送は何ができるのかということを放送人としては考えていたい。そういう意味でテレビ番組はこれからも作っていきたいし放送に関わっていきたいですね。映画館で上映することに意味がないとは言わないけど、これを映画館に観に来てくれる人は意識の高い人ですからね。誰が見るかわからないところでやるというのは大事だと思っています。
 
――では是枝監督にとっての映画とは?
 
撮りたいものを撮りたい。作家が撮りたいと思う強さがそのまま映画の強さになると思うんです。誰が作りたいと思ったのか分からない映画を観ることほどフラストレーションが溜まるものはない。誰かが作りたいと思っていたらいいんですよ。監督じゃなくてもいいんです。テレビドラマでも同じだけど、映画はそこがスタート。
 
――『いしぶみ』に関わったことで今後の映画製作に与えた影響はありますか?
 
「日本の映画は社会がない」と、海外の映画祭に行くとよく言われます。自分の映画が今後どうやってそこに向きあえるかを考えていきたいです。『いしぶみ』はその一歩目にはなったような気がします。なんとか商業映画の中できちんとやりたいなとは思うんですが、果敢に攻めた企画は通りづらいので、そこをどう成立させるかが課題です。



(2016年8月 5日更新)


Check

Movie Data

©広島テレビ

『いしぶみ』

▼8月6日(土)より、第七藝術劇場、
 8月13日(土)より、京都シネマ、
 神戸アートビレッジセンター
 にて公開

監督:是枝裕和
製作:橋本佳子/佐藤宏
撮影:山崎裕
美術:堀尾幸男
出演:綾瀬はるか
   池上彰

【公式サイト】
http://ishibumi.jp/

【ぴあ映画生活サイト】
http://cinema.pia.co.jp/title/169955/


是枝裕和監督 Profile(公式より)

これえだ・ひろかず●1962年、東京都生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、2014年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。
主なテレビ作品に、水俣病担当者だった環境庁の高級官僚の自殺を追った「しかし…」(91/フジテレビ/ギャラクシー賞優秀作品賞)、一頭の仔牛とこども達の3年間の成長をみつめた「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(91/フジテレビ/ATP賞優秀賞)、新しい記憶を積み重ねることが出来ない前向性健忘症の男性と、その家族の記録「記憶が失われた時…」(96/NHK/放送文化基金賞)などがある。
95年、初監督した映画『幻の光』が、第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。2作目の『ワンダフルライフ』(98)は、各国で高い評価を受け、世界30ヶ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。04年、監督4作目の『誰も知らない』が第57回カンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞し、話題を呼ぶ。06年、『花よりもなほ』で、"仇討ち"をテーマにした初の時代劇に挑戦。08年には、自身の実体験を反映させたホームドラマ『歩いても 歩いても』を発表、ブルーリボン賞監督賞ほか国内外で高い評価を得る。同年12月には、初のドキュメンタリー映画『大丈夫であるように―Cocco 終わらない旅―』を公開した。09年、『空気人形』が、第62回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され、官能的なラブ・ファンタジーを描いた新境地として絶賛される。10年、NHK BS-hiで放送された「妖しき文豪怪談シリーズ」で、室生犀星の短編小説を映像化した「後の日」を発表。11年、『奇跡』が、第59回サンセバスチャン国際映画祭最優秀脚本賞受賞。12年、初の連続ドラマ「ゴーイング マイ ホーム」(関西テレビ・フジテレビ系)で全話脚本・演出・編集を手掛ける。ドラマに登場する「こびと」をモチーフにした絵本『クーナ』(イースト・プレス/絵:大塚いちお)が刊行。13年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞受賞。15年、『海街diary』が同部門に正式出品された。最新作は『海よりもまだ深く』が今年5月より全国公開された。


関連ページ

『そして父になる』ティーチインレポート
https://kansai.pia.co.jp/news/cinema/2013-12/soshitechichininaru.html

『奇跡』インタビュー
https://kansai.pia.co.jp/interview/cinema/2011-06/kiseki.html